初音ミクをデモテープで使ってみた

――― 川井さんの日記(※1)に初音ミクのことが書かれてましたが、あれはどうしたんでしょうか。

川井 実はファンの方からいただきまして、早速使ってみたら結構面白いなあと。VOCALOID自体は知ってたんですけど、初音ミクという名前は知りませんでした。それで、試しに2曲ほど作ってみたんですが、事務所のスタッフに大笑いされて終わりました(笑)。ホンの2小節ぐらいですよ。本当はそれでデモテープを作ろうとしたんですけど、そこまでの技術がなかった。まだコツがつかめてないので、変にポルタメントがかかっちゃったりとか。

――― デモは何のタイトルだったんですか。

川井 押井(守)さんの『スカイ・クロラ』(※2)です。だけど、英語の歌でしたから、なんかかわいい「イエローサブマリン音頭」みたいになっちゃう(笑)。あと、Macで動けばよかったんですけどWindowsソフトなので自分のシステムでは鳴らせないんですよね。それで、残念ですが諦めました。

――― 『スカイ・クロラ』は予告篇を拝見しましたが、『イノセンス』みたいなオルゴールが再び登場してますね。ちょっと気になりました。

川井 またあの時と同じメーカーに依頼して、特注品のディスクを作っていただきました。いま下の事務所にありますよ。

――― そうですか(笑)。言える範囲で構いませんけど、音楽の方向性はどんな感じなんでしょうか。

川井 最初の特報は、ちょっと実験のつもりで作ってみたんですよ。ただ、そのハープを重ねていくという方式が結局、本編でも採用されました。

――― ハープを何度も重ねるというのは、『ケルベロス 地獄の番犬』のギターの音色のような、ああいう手法的に近いんでしょうか。

川井 そういう感じではないですね。『ケルベロス』のほうは同じフレーズを何度も演奏しましたが、今回のハープは同じことをやらないで、パート毎に違うことをやって重ねています。

――― ハープの多重録音は可能としても、それを中心に何台も使うような演奏形式ってあるんですか。

川井 多分ないと思います。奏者の朝川(朋之)さんも初めてだとおっしゃってました。

――― それは川井さんのアイデアなんですか。

川井 押井さんからは「ハープをメインで」というリクエストが来てまして、それをもとに考えてみたんです。

――― 最初からハープのイメージが?

川井 ええ。それで特報用にとりあえず何か作って、みたいなオーダーでした。実際にはいまの予告篇で流れている方向になったんですけどね。

――― なるほど。ハープが主体の楽曲とはなんとも独特ですね。

川井 自分で思っていたより自然な仕上がりになりましたが、そのへんは8月をお楽しみにということで(笑)。

予想通り大変なことになった

――― さて、昨年のコンサートに話を移したいんですけれども、改めてDVDで見直しても本当に素晴らしいですね。

川井 ありがとうございます。

――― ご自分で振り返ってみていかがですか。

川井 やっぱり、よくあの短期間でここまでできたなあと。ステージもですけど、収録のほうも大変で、カメラなんて結局27台ぐらいあったんですよね。

――― 実際、ステージに乗っている楽器数も多くて、その音をマイクで拾って、観客に聞かせるだけじゃなく、ビデオクルーまで入り乱れて、無数に回線が交差している現場でした。

川井 だから、舞台裏はものすごかったらしいですよ。特に録音チームはパニック寸前というか。

――― 今回、DVDの仕様はDTSの5.1chとリニアPCMのステレオ音声ということなんですけれども、実際にディスクでまとまった音はいかがですか。

川井 良かったと思いますね。自分自身は客席の音は聞いてませんが、実際に音だけ聞くと、なんだかレコーディングしたみたいで(笑)。さすがスタジオミュージシャンですね。

――― 基本的には川井さんのいつものメンバーで演奏されたんですよね。とはいえ、実際のステージは進行も緻密でMCも入って、楽器の入れ替えや立ち位置など、いつもと勝手が違うわけじゃないですか。ご本人としてはどんな感じだったんですか。

川井 やっぱり、いろんな気持ちが交錯してましたね。演奏が始まっちゃうと、それに集中してやってたんですけど、MCの時が大変でした。実はお客さんに話してる最中から次の曲のカウントが始まってたんですね。2小節前からクリックが聞こえてくる。テンポにもよるんですけど、曲の何秒前かにクリックがスタートするタイミングが決められているんですよ。「それでは次の××××をお聴きください」とか言ってる後ろでカウントが始まってるんですよね。だからそのクリックを聞き逃したら、もうアウトという(笑)。

――― 進行上、ピンチだった場面ってあったんでしょうか。

川井 ありましたね。自分が演奏する場所を移動しなきゃいけないんですが、その時に何を持っていくのか、手ぶらなのか、それが覚えられなくて……。譜面に書いておいたんですよ、次はギターとか、次は前でMCとか。にも関わらず1回ギター置いちゃって、そのまま手ぶらでシンセのところに行ったんです。横でヤマちゃん(山口照博、楽器テクニシャン)が「川井さん違う、ギター! ギター!」って言うのに、「え? なんで」って。「ギター! ギター!」「これ、いま弾かないよ」「違う違う川井さん、ギター! ギター!」って、2人で押し問答。でも、もう曲の方が始まってるわけですよ。

――― それは気づきませんでした(笑)。

川井 ちょっと自分のやることが多すぎたんですよね。すべてがギリギリでした。演奏にしてもリハーサルをそんなにやってないじゃないですか。でも間違えちゃいけないし、やっぱりすごく緊張もして。結果的にはその緊張感もいい感じに向いたんですけどね。ただ、こうなることはある程度予想していたんです。だから、(コンサートを)本当にやるとなったら大変だと思ってました。それでできないだろうと。

――― 企画のレベルで言えば、10年以上ずっと断り続けていたわけですけど、昔からこうなるというイメージについては予想通りだったんですか。

川井 予想通りですね。初めからこういう絵が見えてたんで、それで二の足踏んでたんですよ。

映画を知らない人でも楽しめる構成に

――― 川井さんの立場としては、いろいろなものが進行しているから、やってる最中はこういう完成形の音は聞けなかったわけですよね。

川井 いえ、イヤフォンで聞いてましたよ。モニターバランスは、もう少し太鼓上げてくださいとか、ストリングス上げてくださいとか、自分で演奏がしやすいように調整してもらってたんです。だから、全体像みたいなものは把握しながら進めていました。とにかく、コントロールできない、偶発的なものが怖かったんですね。何かトラブルを含めて、偶然性というものがあっていいのは演奏だけで、その他の進行に関して絶対それは許されなかった。映像も絡んでますしね。

――― そういうお話を伺うと、改めてマルチレコーディング的なコントロールを求めるその姿勢の中に、川井憲次らしさを強く感じます。要するにアドリブがいらないというか、アドリブすらも計算して演奏しようという感じでしょうか。

川井 そうですね。演奏中のフィルインとかは自由にやってもらったんですけど、テンポと曲の構成だけは、現場で絶対変えられなかったんです。ロックコンサートではないので、それこそアドリブでつないでいこう、じゃあもう一周みたいなことはできないわけです。あの人数で、そんなことを始めたらもう最悪ですよ。

――― そういうコンサートっていうのはあり得るんですか、川井さんの音楽としては。

川井 MUSE(※3)時代はそうでしたよ、もちろん。あと、例えば『パトレイバー』のコンサートでもメンバー紹介の時は長さを決めないかったし、クリックもなしでやってました。ただ、今回は映像とシンクロするというのが外せない条件になってましたからね。

――― 映画音楽のコンサートだから、演奏以外にスクリーンでの上映があるわけですね。しかし、そこに登場したのが『リング』だったりして、ちょっとビビりました(笑)。

川井 思った以上にみんな怖がってくれましたね。でも、どうやって演奏するか悩んだんですよ。

――― 再現できるものなんですね。

川井 あれだけ人数がいたからですね。


――― 理屈はわかりますけど、あれがライブで実現できるとは信じられませんでした(笑)。全体的にはスクリーンに本編が映写されない時でも、舞台照明の見応えがあって、ムード良くまとまった印象ですが、やっぱりスクリーンとシンクロさせる演出は、川井さんの中にこだわりがあったんですか。

川井 何を見せるかを、ずっと考えてたんですよ。お客さんが何を見たらいいのか、退屈しないようにするという話なんですけどね。ミュージシャンの動きがない演奏に関しては映像で補おうと。それに加えて、知らない映画の曲があっても映像があれば楽しんでもらえるかもしれない、という、その2つの意味がありました。『攻殻機動隊』の時などは、これはミュージシャンたちを見てもらおうと、敢えて映像を外しています。

――― いろいろ見どころの多いコンサートですけど、中でも西田社中のライブが素晴らしかったですね。

川井 ふだんはグループで唄っていないので、ステージでは初お披露目です。

――― 演奏曲は、すべて川井さんが選んで構成されたとお聞きしたんですが、どういう基準で構成されたんですか。

川井 やっぱりステージ映えする曲をなるべく選びたかったのと、あと見てて飽きないように。あと、やっぱり自分が好きな曲ですね。だから、ステージの構成案はいろいろあったんですよ。どうすればテンポよくいけるか、どうすればいろいろな音楽ができるだろうとか。変な言い方なんですけど、何かの劇伴をいきなりポンと置いて、それをやっただけだと知ってる人は喜ぶかもしれないけど、知らない人は何これ? みたいになるわけですよね。それが嫌だったので、流れ的にも気をつけて選曲しました。

――― 振り返ってみると、よくあれだけの曲数を2部構成でできたなと思いますが。

川井 2部構成にするかどうかも決めてなかったんですけどね。当初はぶっ通しだったんですよ。でも、それだと弦の人などはずっと演奏したままで、現実問題として厳しい。ちょっと休憩して、お客さんもトイレ行きたいだろうしと。

――― 聴き応えがすごくあったので、第1部の休憩に入った直後の率直な感想は、「ここで帰ってもOK!」というぐらい満足度の高いものでした。前半戦だけで元を取った気分。それなのにあの第2部ですから、驚きの一言に尽きます。

川井 第2部の方がボリュームは大きかったですね。

――― 確かに。『イノセンス』の曲とか、ものすごい長さであの迫力じゃないですか。

川井 2曲続いてたから13分ぐらい。あそこは和太鼓の茂戸藤(浩司)さんが、おいしかったですね。華があります。

レコーディングと全く同じ感覚

――― 『めざめの方舟』の音楽は、茂戸藤さんの弟のAjoさんが参加されてたんですよね。

川井 そうです。もし和太鼓がステージに乗れば、お二人に出て欲しかった。でも物理的に限界でしたから。チューバも1人になりませんか、とか、ティンパニーが8コになりませんか、と舞台監督から言われていたくらいなので。本当はパーカッションも、もう1人欲しかったんですよね。

――― 総勢120名を超えるミュージシャンが出演しているのに、実態としてはそれでも最小ユニットの編成だから、現場は忙殺されている。川井さんも走りまわってましたね。

川井 もう、あれでギリギリだったんですよ。結局、できないところは全部自分がカバーしなければいけない。それで自分の楽器を並べてったら、なんかえらいことになっちゃった。

――― 川井さんはギタリストだから、ギターソロの時にステージの前にふっと出て演奏してくれるといいかなとか、勝手にそう思ってたんですけど。

川井 それどころじゃなかったですね(笑)。ほかにもペダルの操作もありました。ペダルはワイヤレスといういうわけにはいかないから、常に定位置でやらなきゃいけない。それに譜面も手元に絶対必要だったし。これがツアーで何度もやってるステージだったら、だんだん覚えてくるんでしょうけど、一発ですから……。そう考えると、事故がなくて本当に良かった。もうそれだけ。大きなトラブルもありませんでしたし。

――― 観客の側からすると夢のような最高の一夜でしたけれども、関係者の皆さんに聞くと意外と冷汗モノで、かなりの冒険だったみたいですね。

川井 冷汗モノでしたね、本当に。

――― このDVDはまさに血と汗と涙の結晶ですね(笑)。未見の皆さんにはぜひご覧いただきたいところですが、川井さんが敢えて挙げるなら、このコンサートはどの辺がポイントになりますか。

川井 もちろん西田社中もいいんですけれども……そうですね、例えば菅原(裕紀)さんのパーカッションがどんな楽器使ってたとか、そんな感じで注目すると多分、初めて見る楽器もいっぱいあるんじゃないかなと思います。

――― よく川井さんが話すエピソードの一つに、楽器を正しい奏法で弾かないことで新しい音色を生み出すというようなアプローチがありますけど、今回のコンサートで用意された楽器に対してもそうした試みをしてるんですか。

川井 してますね。そりゃないだろう、みたいな使い方も(笑)。だから、レコーディングを生でお見せしているみたいな、そんな感じだったんです。スタジオと一緒ですよ。クリック聞いて、パーカッション叩いている時なんか、本当にレコーディングと全く同じ感覚でやってました。とにかくリズムを正確に、という。

――― なるほど。言ってみれば、大勢で川井さんのスタジオを見学させていただいたことにもなるんですね(笑)。いやはや、貴重な体験をありがとうございました。

川井 とんでもございません。

川井憲次(かわい・けんじ)

1957年、東京都生まれ。東海大学原子力工学科中退後、ギタリストとして活動。TVCMや企業VPの音楽を手がけ、作曲家の道を歩む。映画『紅い眼鏡』に参加して以降、すべての押井守監督作品の音楽を担当。『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『アヴァロン』『イノセンス』などで、いまや世界中にファンを獲得する。また中田秀夫監督の『リング』では、世界の映画人からも注目された。近年は『DEATH NOTE』というヒット作にも恵まれ、ヨーロッパやアジア各国からのオファーも増えている。

▼川井憲次公式サイト
http://www.kenjikawai.com/
▼川井憲次コンサート2007 Cinema Symphony 公式サイト
http://www.cinema-symphony.jp/

※1 川井さんの日記

川井憲次公式サイト内にある雑記帳のコーナーより、2008年2月1日付の日記のこと。

※2 スカイ・クロラ

完全な平和を実現し、“ショーとしての戦争”を繰り返す世界。そこで戦うのは、キルドレと呼ばれる思春期の姿のまま大人にならない子供たちだった。森博嗣の同名小説を原作に、『攻殻機動隊』『イノセンス』の押井守監督が新境地を拓く劇場アニメ最新作。

『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』

©2008森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

原作:森博嗣 監督:押井守
脚本:伊藤ちひろ 音楽:川井憲次
声の出演:菊地凛子、加瀬亮、谷原章介、栗山千明ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
2008.08.02公開
■公式サイト

※3 MUSE

川井とその仲間が大学在学中にコンテストの賞品目当てで結成したフュージョンバンド。ノリで組んだにも関わらず見事グランプリを受賞し、プロデビューに至る。ところがその後、アーティストのバックバンド以上の進展がなく、活動を停止する。

【DVD】Kenji Kawai Concert 2007 Cinema Symphony

PCBP-51547/¥8,190(税込)/ポニーキャニオン
2008.03.19発売
■ポニーキャニオン

 

【CD-BOX】K-PLEASURES Kenji Kawai BEST OF MOVIES

PCCR-60001/¥10,290(税込)/ポニーキャニオン
2008.03.19発売

 

【CD】K-PLEASURE Kenji Kawai BEST OF MOVIES

PCCR-60002/¥3,465(税込)/ポニーキャニオン
2008.07.02発売

 

【CD】K-PLEASURE 2 Kenji Kawai BEST OF MOVIES

PCCR-60003/¥3,465(税込)/ポニーキャニオン
2008.07.02発売

 

【CD】K-PLEASURE 3 Kenji Kawai BEST OF MOVIES

PCCR-60004/¥3,465(税込)/ポニーキャニオン
2008.07.02発売