ベストアルバムふたたび――― 2000年に川井さんの代表的な映画音楽を集めたベスト盤「K-PLEASURE」がリリースされ、8年ぶりに今度はSACDのハイブリッド版という豪華3枚組のCD-BOXで再登場しました。これはどんな経緯で企画されるに至ったんでしょうか。 川井 前回はワーナー・ミュージックジャパンでしたけど、今回はポニーキャニオンのディレクターの大熊(一成)さんが「出そうよ」と言ってくださったんです。なにより、いつもミュージシャンの手配でお世話になっているマストの大竹(茂)さんの力があったから、というのも大きいですね。こういうコンピレーションものというか、オムニバス盤は結構(企画の実現が)難しいんですよね。そんなにいっぱい売れるわけでもないし、会社を跨って曲を集めるのがとにかく大変。それでも、皆さん快く貸してくださったんです……ちょっと時間がかかった曲もありましたが(笑)。 ――― 新たに加わった2枚の収録曲を見ると、着実に仕事のフィールドがアジアやヨーロッパに広がっていて、名実共に世界のKenji Kawaiになりつつあります。 川井 特に海外でやることを目指しているわけではないので、要望があればどこへでも行く、というだけなんですよ。もう映像すら(国内外を問わず)普通に送って来ますから。80GBぐらいだったらサーバー経由で世界中から送れるんですよね。だから、自分では目の前にあることをまず片付けるのが精一杯で、逆に世界とかそういう考えがないんです。 ――― 今回の選曲も映画音楽に絞っていますが、3枚組になったボリュームを含めて、どういうふうに選ばれたんですか。 川井 基本的に時系列で並べてあります。あと、通して聞いた時に違和感ないよう、多少構成を前後させたりしました。今回に限らず自分で選曲する時は大概、通して聞いた時にちょうどいい具合になるよう考えているつもりです。ただ、映画音楽に限定していても2枚組なら構成できなかったと思います。その時点でもう何を選んでいいのかわからないんですよ。 ――― それにしても全59曲というのは大変な物量ですね。 川井 本当は『Trapped Ashes』というホラー映画を入れて、ちょうど60曲になる予定だったんです。なんですけど、日本では劇場公開前ということで、最終的に候補から外しました。 ――― 川井さんが参加された初のハリウッド映画ですね。ジョー・ダンテ、ケン・ラッセル、ショーン・S・カニンガムなど錚々たる監督によるオムニバス映画ということですが、なかなか公開されません。 川井 どうしてなんでしょう。僕も知りたいです。……いや、知ったところで何も変わりませんが。 ――― (笑)。ベスト盤としては2000年の時点で「MOVIE篇」を一度まとめているので、次は「TV&OVA篇」という企画もあったんじゃないかと思うんですけど、そのあたりはいかがですか。 川井 うーん、確かにそういうリクエストをいただいたこともありますが、そうなると多すぎて選曲の根拠がないんですよね。少なくとも自選では、かなり難しいのではないかと思います。 ――― なるほど。最近のTVアニメだと、『精霊の守り人』の仕事が素晴らしかったですね。 川井 ありがとうございます。僕も番組を毎回楽しみにしていました。音楽はともかく、とても気に入ってます。バルサ、いいですよね(笑)。 ――― ところで、「K-PLEASURE」というタイトルの由来はどこから来たものなんでしょう。これは川井さんご自身のネーミングだとお聞きしましたが。 川井 どうでしたっけ。いろんなタイトル案があって、その中で「意味としてはおかしいかもしれないけど、これがわかりやすいんじゃないか」と言った記憶はあります。ずいぶん前に、オリジナルアルバムを出そうという企画がポニーキャニオンで立ち上がって、それでデモを作った時期があったんですよ。最終的にやめちゃったんですけどね。 ――― えっ、そんな企画があったんですか! 川井 いや、本当に何曲か作っただけなんです(笑)。たぶんその時の企画の名残りが、この「K-PLEASURE」というタイトルだったんじゃなかったかな。……違うかな。 映画にとっての良し悪し――それが重要――― 改めて今回のベスト盤を聞き直していかがですか。大げさかもしれませんが、作曲家生活20周年の集大成になったと思うんですけど。 川井 リマスタリングのおかげで、前回より音が格段に良くなりましたね。SACDになって情報量が増えただけじゃなくて、普通のCDのほうでも鮮度が上がった感じです。それはうれしいんですけど、20周年については正直なところ、実感がありません。いつから数えて20年なのかという問題もあるんですが(笑)、とにかくこの20年は生きるので精一杯というか、忙しくてよくわからなかったです。いつも終わりの手応えがないんですよね。「あー、終わった! 一杯飲みに行こう」という時間すらなくて、そのまま別のプログラムをやることも多かったです。行きたいですよねえ、一杯……。 ――― 封入されているブックレットでは、まさにその仕事の日々が川井さん自らの原稿で赤裸々に綴られていて、最高です。毎度のことながら、文章が面白いですよね。 川井 そうですか? 自分では恥ずかしいだけで、くだらないったらないですよ(笑)。 ――― 収録曲を振り返ってお気に入りの曲とか、あるいは何かエピソードがあれば聞かせてください。 川井 エピソードは……そうですね、つらかったとか(笑)。自分の好きな曲ができた時は楽しいですよ。でも、そこに至るまでが。 ――― できた時というのは、いわゆる作曲を指すんですか、それともミュージシャンの演奏後のことですか。 川井 いえ、作曲してる時です。「書き」ですね。その時に自分の中でイケてるか、イケてないかを判断するわけですよ。で、何をやってもイケてない時というのがあるわけです。それがつらいですね。そこで引っかかって、1日中そればかりやってるとか。 ――― そういう時であっても、締め切りがあるわけじゃないですか。納期が迫ってきたら最終的にはどうしてるんですか。 川井 いや、どうすると言っても、絞り出す。できるまでやるというか。 ――― つまり、締め切りまでにはどうにか納得したものを提出していると。 川井 もちろんそうなんですけど、時間があればいつまでも納得しないでしょうね。妥協することはあまりないです。それでも、監督が自分と同じところで燃えるとか、ポイントが同じかどうかはわかりません。そういうのが同じ人だと、もう1回僕に仕事を依頼してくれたりして、いわゆる相性なんでしょうね。自分的にはすごく気持ちいいけど、普通の人が聞いたら別に気にしないようなところを、監督から「ここ、いいね」なんて言われると、すごくうれしかったりしますよ。 ――― 監督の一言がかなり大事なんですね。 川井 そうですね。基本的には監督の言うことに従うのが、僕の仕事です。 ――― でも、すべての監督が音楽に詳しいというわけではありません。そうしたやりとりの難しい時にはどう対処されているんですか。 川井 まず聞いてもらって、良いか、悪いかを(監督に)言ってもらうことですね。あとは何を足すか、何を引くかという。音楽として面白いか、面白くないかというのは考えたことがないです。むしろその映画にとっての良し悪し、そっちのほうが重要です。 ――― これはちょっと聞きにくい質問なんですけど、そうすると完成した作品が予定とは違った形で音楽を使う場合もあり得ますよね。その結果として、川井さんの中で失望することはないんですか。 川井 ありますよ。「ここはもっとさらっと流して欲しいのにな」とか、そういうのはあります。でも、現場の判断が一番正しいと思っているので、自分の感情は関係ないです。現場のスタッフが「これがいい」と言ったら、やっぱりそれが正しいんですよ。 ――― そういう話を聞くと、川井さんはどこまでも「職人」ですよね。 川井 だから、そういう職人がコンサートなんてしちゃいかんのですよ(笑)。スケジュール的にも厳しいですし……。おまけにフランスまで(※4)行きましたしね。 『L change the WorLd』のアプローチ――― コンサートの前後というのは、中田(秀夫)監督の『L change the WorLd』だったと思うんですが、この作品について少し教えてください。『DEATH NOTE』2部作のスピンオフということで、何か音楽的な違いはあったんでしょうか。 川井 一部の楽器を重複して使うように意識したところはありますけど、曲の作り方自体は全然違う方向に持っていきました。『DEATH NOTE』と後編の『the Last name』は、あえてエモーショナルな音楽にしなかったんですよ。そうしてしまうと、作品の意図しているところとどうも違う気がして。 ――― 原作もそうですけど、クールな作品ですよね。 川井 これがまた音楽の似合わない作品なんですよ。音でフォローする必要がないんです。音楽を入れることで、そこに妙な「色」がついてしまう。カッコよくしようとすればできるんだろうけど、それを求めてくる映画ではなかったんですよね。大して熱くもならないし、ずっと頭脳戦で。だから、わりとメロディを嫌う作品だと感じていました。 ――― しかし、背景に隠れるほど音楽が控えめな印象もありません。やっぱり劇伴がうまくムードを作っていたんじゃないでしょうか。 川井 前2作は難しい作品でしたね。最初のうちは、自分なりにいろいろな曲を試してみたんですよ。だけど、変にドラマっぽくなっちゃうんです。よくあるサスペンスものみたいな雰囲気になる(笑)。それだと絶対ダメだなあと。 ――― そうした試行錯誤が金子(修介)監督の2作品に反映されたわけですけど、一方の中田監督とのやりとりはどんな感じだったんでしょうか。 川井 ここのスタジオに中田さんがいらっしゃって、音楽をつける予定のシーンを一緒に見ながら、ああでもない、こうでもないと細かくミーティングして詰めました。『L』は映像がギリギリまで上がらなくて、制作そのものが結構大変だったみたいです。 ――― それだから川井さんのコンサートも、中田組としては微妙な空気が漂うわけですね(笑)。 川井 なんとか間に合ってよかったです。 ――― 本作は海外ロケもあってスケールが大きいですし、クライマックスの空港を使ったシーンもなかなかダイナミックで驚きました。 川井 お金かかってますよね。 ――― でも一番の見どころは、Lこと松山ケンイチさんをはじめとする役者陣だったと思います。Lがママチャリに乗って活躍するところとか、実にキュートですよね。それが中田監督らしくていいなあと。 川井 今回はだから、前2作よりもっとキャラクター寄りの方向に持っていった感じですよね。音楽も必然的にエモーショナルで行こうと。 ――― そうは言っても、音楽が感情や状況を説明するようなハリウッド風味でもない。 川井 そうですね。まあ、そこはやりすぎないように気をつけました。ただ、中田監督はご存知のようにハリウッド映画の経験もありますので、そのやり方を意識したところはあったと思います。というのも、当初の音楽プランはわりと曲数が多くて、心理描写や物語の緩急に合わせてずっと鳴らすような設計でしたから。後から監督と相談して、ずいぶん切りました。 ――― それはつまり、幻の未発表音源があるということでしょうか? 川井 ええ(笑)。使わなかった曲、結構ありますよ。 ヌードモデルとくもり空――― 余談になりますが、今回のベスト盤のパッケージデザインについてはいかがですか。音楽とは関係ないかもしれませんが、これも言わばセルフプロデュースですよね。 川井 デザインのほうは引き続きTHESEDAYSの田島(照久)さんにお願いしました。前回の時にアイデアを出して話し合ったので、今回はほとんどお任せしてしまった感じなんですけど、さすがですよね。素晴らしいと思います。 ――― 以前は確か、川井さんのほうからいくつかイメージを提案されたとか。 川井 そうです。田島さんと打ち合わせをするのに何もないというのも失礼なので、ヘタクソな絵を一生懸命描きました。でも、その時の絵は結局見せなかったんですよ、あまりにも酷すぎて(笑)。ポイントは「雲」だったんです。漠然とくもり空にして欲しいとなあと思って、それを田島さんにお伝えしました。山もあって、いまにも雨が降り出しそうな天気がいいですねと。海は田島さんのアイデアなんですけど、そんな話をしていたらああいうジャケットが上がってきた。 ――― 巨大なヌードモデルがインパクトありますよね(笑)。くもり空のイメージはどこから湧き上がったんでしょうか。 川井 それは、自分自身があまりいい天気のイメージが似合わないと思ったからです。どちらかと言えば、暗い感じのほうがしっくりくる。だから、すごくいいジャケットになったなあと思いました。 ――― 暗さの中に華があって、力強さや色気もある。今回のCD-BOXもその延長でいいですよね。 川井 ですね(笑)。 ――― いきなり話が脱線するんですけど、コンサートの最後の曲って『めざめの方舟』の「百禽」で締めるじゃないですか。あれは『紅い眼鏡』のテーマで締めくくるべきだと思いました。カルトムービーとはいえ、あそこからすべてが始まったわけですから。 川井 それはわかります。 ――― だけど、実際に本番を見ると、川井さんを囲んで西田社中の15人の女性たちが歌い上げるあの様子がですね、いかにも川井憲次的であると、とても納得したんですよ。 川井 なんというか、しんみり終わりたくなかったんですよね。 ――― うまく言えないんですけど、「川井の影に女あり」という感じが凄いなあと(笑)。 川井 いきなり、なんてこと言うんですか。 ――― 変な意味じゃないんですよ。例えば、事務所のスタッフも皆さん女性だったりしますよね。川井さんには、常に女性の力に支えられているという、不思議とそんな印象があるんです。だから、西田社中の皆さんと一緒に終わったあの幕切れが、本当に自然で、川井さんらしいなあと。 川井 ていうか、楽しいからいいかなと思って。 ――― 話を戻すと、田島さんのデザインされたジャケットでも、やっぱりキーになるのが「女性」じゃないですか。ポイントはそこなのかと、最近、腑に落ちたんですよ。 川井 どういうオチですか(笑)。 ――― 20年以上、映画音楽の世界を走り続けてきた川井さんですが、振り返っていかがですか。 川井 あっという間ですよね。気持ち的にはずっと30歳ぐらいで、『パトレイバー』をやってた頃から変わらないんです。ただ、使う楽器が変わったり、システムが変わったりと、楽器に向かい合う瞬間のイメージは昔とは違いますけどね。 ――― 初音ミクには驚きましたが、新しい楽器に触発されることもあるんでしょうか。 川井 ありますね。いい音を聞いたら何かに使えないかなって。 ――― 職人ですね。 川井 一応、遊び人ではないつもりです(笑)。 【2008年2月13日/AUBE STUDIOにて】 川井憲次(かわい・けんじ)1957年、東京都生まれ。東海大学原子力工学科中退後、ギタリストとして活動。TVCMや企業VPの音楽を手がけ、作曲家の道を歩む。映画『紅い眼鏡』に参加して以降、すべての押井守監督作品の音楽を担当。『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『アヴァロン』『イノセンス』などで、いまや世界中にファンを獲得する。また中田秀夫監督の『リング』では、世界の映画人からも注目された。近年は『DEATH NOTE』というヒット作にも恵まれ、ヨーロッパやアジア各国からのオファーも増えている。 ▼川井憲次公式サイト 【DVD】Kenji Kawai Concert 2007 Cinema SymphonyPCBP-51547/¥8,190(税込)/ポニーキャニオン
【CD-BOX】K-PLEASURES Kenji Kawai BEST OF MOVIESPCCR-60001/¥10,290(税込)/ポニーキャニオン
【CD】K-PLEASURE Kenji Kawai BEST OF MOVIESPCCR-60002/¥3,465(税込)/ポニーキャニオン
【CD】K-PLEASURE 2 Kenji Kawai BEST OF MOVIESPCCR-60003/¥3,465(税込)/ポニーキャニオン
【CD】K-PLEASURE 3 Kenji Kawai BEST OF MOVIESPCCR-60004/¥3,465(税込)/ポニーキャニオン ※4 フランスまでコンサート開催の直前でありながら、川井はフランスで行われた「MANGA EXPO 2」にゲストとして参加し、現地に一泊という強行軍で帰ってくる。この模様は、本サイト内のムービー「川井憲次スペシャル」としてレポートされた。 |