ノルアドレナリン神経系(5)中脳中心灰白質との関係

脳内のアラーム・システムであるノルアドレナリン(NA)神経系は、外部環境からの突発的で不快な刺激や内部環境の危機的変動によって賦活され、覚醒水準を上げたり(前回の解説)、ストレス反応を誘発したり、情動行動を発現させたりする。覚醒系やストレス反応(視床下部・下垂体・副腎皮質系の賦活)との関係については、既に述べてきた。今回は、情動行動との関係を、中脳中心灰白質に焦点を当てて、解説する。

非常に強いストレス刺激(敵対動物の対峙、侵害刺激の負荷など)が与えられると、「闘争もしくは逃走」の緊急防御反応が出現する。これは情動反応の典型的な実験モデルであるが、視床下部の電気刺激で誘発されることがHessらによって古くから明らかにされてきた。しかし、電気刺激はその部位の細胞だけではなく通過線維も賦活するので、必ずしも適切な方法ではない。それを解決するために、Bandlerらは1)、興奮性アミノ酸の微量局所注入法を用いて、神経細胞だけの刺激効果を評価した。その結果、視床下部の化学刺激は情動反応を誘発せず、中脳中心灰白質が情動発現に不可欠な構造であることが確立されてきた。

中脳中心灰白質


中脳中心灰白質(PAG)の内部には、情動行動に関連する二つの柱状構造が長軸方向に沿って存在する。外側PAG神経柱と腹外側PAG神経柱である(図参照)。

外側PAG神経柱は、更に二つの領域に分割される。長軸方向に沿って真ん中の三分の一の神経柱の刺激によって、威嚇/防御行動が誘発される。ネコの実験では、毛を逆立て、背中を丸め、耳を伏せ、うなり声を上げる行動が現れる。この時、血圧や心拍の上昇に伴い、顔面表情筋への血流が増加するが、四肢骨格筋や内臓への血流は減少する。一方、尾側三分の一の神経柱の刺激では逃避行動が誘発される。この時には血圧や心拍の増加に伴い、顔面および四肢の筋への血流が増加する(内臓への血流は減少)。

外側PAG神経柱はストレス刺激に積極的に対処する情動行動に関わるが、腹外側PAG神経柱は全く逆の情動反応に関与する。腹外側PAGが刺激されると、じっと動かなくなり(フリージング)、外部に対して反応しなくなる。血圧も心拍も低下する。これは重症を負った時や慢性疼痛のある時などの反応である。また、腹外側PAGの尾側部を刺激すると、長く続く鎮痛効果(オピオイド性鎮痛)も発現する。

侵害性入力

痛み刺激は情動反応に重要な入力であるが、外側PAGと腹外側PAGでは痛み入力に対する反応においても違いがある。深部痛(筋や関節からの侵害性入力)や内臓痛は主に腹外側PAGニューロンを興奮させ、体表痛は外側PAGニューロンを賦活させる。この違いに対応して、行動や循環反応にも相違が現れる。深部痛は、腹外側PAGの刺激効果と同じく、フリージングや血圧・心拍の低下を起こすが、体表痛は、外側PAG刺激効果と同様に、威嚇/逃避行動や昇圧/頻脈を発現させる。この違いは、臨床観察から得られた所見と極めてよく一致する。Lewis(1939)の臨床報告2)によると、深部痛が生体に加わると、じっと動かなくなり、血圧も下がるが、体表痛の場合には、防御反射と血圧上昇が出現する、とされる。

外部からのストレス刺激だけでなく、内部環境の危機的変動も情動反応を誘発する。突発的な_圧低下や低酸素血症は、腹外側PAGを賦活して、フリージングや循環系の抑制を出現させる。血圧低下が更なる血圧低下を招くことになり、この情動性調節は、下部脳幹に備わるフィードバック制御とは全く異なる性質のものである、といえる。

NA神経系との関係

外側PAGと腹外側PAGは、NAに対する反応性でも違いがある。腹外側PAGニューロンはNAによって脱分極されるが、外側PAGニューロンは逆に過分極される(図)。薬理学的検索によると、前者はα1受容体による興奮で、後者はα2受容体による抑制である。組織学的検討では、腹外側PAGおよび外側PAGの両方で濃密なNA神経終末の分布が認められる。すなわち、両領域ともNA神経の投射がある。その起源となるNA神経細胞は延髄のA1/A2領域が主要なものである。これまでの解説で述べてきたように、A1/A2のNA神経は内部環境の危機的変動によって主に賦活され、視床下部・下垂体・副腎皮質系を介するストレス反応を誘発するが、上記のようにPAG(特に、腹外側PAG)を介する情動反応にも重要な役割を果たすのである。(なお、外側PAGへはC1アドレナリン神経からの入力も重要であるが、別の機会に解説する)。

遠心路

PAGからの下行性投射は、主に延髄腹外側野(VLM)と延髄縫線核群およびその近傍に行き、脊髄への分布は僅かである。PAGから延髄縫線核群のセロトニン神経系への投射については、セロトニン神経系の解説3)で詳しく述べた(循環調節や下行性痛覚抑制系においてセロトニン神経はゲインコントロール機能を発揮する)。したがって、ここではVLMに焦点をあてる。吻側延髄腹外側野には心臓_管運動中枢ニューロンが分布しており、脊髄の交感神経節前ニューロンに投射して、循環調節を司る。また、延髄の疑核領域には副交感神経(迷走神経)の節前ニューロンが分布し、心臓抑制機能を司る。これらのニューロンが腹外側PAGや外側PAGから下行性投射を受け、情動反応時の循環系変化を中継する。ただし、PAGニューロンの免疫組織化学的検索は現時点であまり進展しておらず、伝達物質などの詳細は確定していない。

扁桃体からの入力

上位脳からPAGへの下行性投射では、扁桃体中心核および内側視索前野からの入力が主要なものである。扁桃体は情動中枢として、あらゆる感覚性入力の生物学的意義を評価して情動反応を発現させる機能を営む。その評価は快・不快の対立する内容であるが、その相反する出力がそれぞれ腹外側PAGや外側PAGで中継されて、下部脳幹に送られ、それぞれ個別の情動行動や循環反応を発現させる。しかし、その経路の詳細に関しては現時点では未解明である。






文献

1. Bandler R, Keay KA: Columnar organization in the midbrain periaqueductal gray and the integration of emotinal expression. In: The Emotional Motor System (Holstege G et al. Eds), p285-300, Elsevier, Amsterdam, 1996.
2. Lewis T, Kellgren RD: Observations related to referred pain, viscerosomatic reflexes and other assocated phenomena. Clin Sci 4:47, 1939.
3. 有田秀穂:セロトニン神経系(4)ゲインコントロール Clin Neurosci 16(8):846-847, 1998



東邦大学教授第一生理学 有田 秀穂
以上の文章および図表は, 1999年4月1日発行 中外医学社 CLINICAL NEUROSCIENCE Vol.17 No.4 に掲載されました.


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