雑誌記事原監督「涙目の新リーダー」AERA3月30日(月) 13時 7分配信 / スポーツ - スポーツ総合サムライジャパンをWBC優勝に導いた。 雰囲気は明るく、選手を立ててのびのびと。 チャンスに弱かった「涙目」監督が大切にしたのは、 そんな新世代のリーダーシップだった。 フリーライター 赤坂英一 編集部 伊東武彦、斉藤真紀子、福井洋平―― 侍ジャパン。 「長嶋ジャパン」以降必ず監督名を冠されてきた野球日本代表チームの名からあえて自分の名前を外した思いを、原辰徳監督はアエラ「現代の肖像」のインタビュー(昨年11月)でこう語っていた。 「長嶋さん、王さん、星野さんもそれだけの実績があるけれど、私はそこまでは名乗れない」 結果は前回WBCよりも高勝率での2連覇達成。だが、原監督はなお謙虚だった。優勝直後の胴上げでは3回宙に舞った末に落ちても笑顔。15安打で5点、2度追いつかれるという試合展開を、 「うまい監督さんならたくさん点を取らせてあげてると思いますけど」 と振り返り、帰国後の記者会見でも、 「私は何もしていない」 ■「よろしく頼む」だけ 一方、優勝会見では、 「このメンバーは未来永劫、えー、すばらしい時をきざみ……」 と言葉につまる原監督に、横に座っていたイチロー選手は思わず笑みをこぼした。2次ラウンドでは、 「2勝することが大事」 と当たり前のことを連呼したり、「ゴーアヘッド」と、なぜか英語を口走るなどツッコミどころ満載の監督に、選手も笑顔で応える。 名将と言われてきた星野仙一北京五輪代表監督や野村克也楽天監督は典型的なトップダウン型。威圧感や理屈で選手を「統制」した。原流は、選手を立て自主性を伸ばし、長所を引き出し、劇的な結果を生んだ。 イチローと並んでチーム最多安打を記録した青木宣親外野手が振り返る。 「原監督は一番最初に『プロの集団だから、基本的に思ったとおり動いていい。最高の選手、能力のある選手を集めたのだから』と言ってくれました。チームでは自発的に選手たちが思ったことをやっていて、指示待ちではなかった。原監督は、方向性を示してくれました」 また、ある選手はこう語る。 「結果を出しているプロ選手なのだから厳しく言われるとつらいと思ったけど、そんな雰囲気はなかった」 監督経験者2人を含むコーチ陣に対しても上からの指示ではなく、強い信頼をもって接した。守備走塁コーチだった高代延博氏は、こう強調する。 「コーチとして、非常にやりやすい環境を整えてくれました」 9試合でチーム防御率1・71と卓越した投手力を支えた投手コーチの一人に抜擢された与田剛氏は、プロの指導歴がない。 「普通はそんなコーチを相手にするときは不安で話し合おうとするんでしょうが、それが一切なかったんです」 試合前にブルペンに投手陣を引き連れて行くときに、 「じゃあ監督、行ってきます」 「おお、よろしく頼むよ」 だけ。だが、不思議なことにコミュニケーションが取れていないと感じることはなかった。 「細かいことを何も言われないことが、かえって信頼の表れだったと感じました」 ■「他動的」野球人生 東京ラウンドから5、6回食事会をし、決勝戦前にも焼き肉を食べに行ったが、監督は最後に一言、 「明日もがんばろう」 と檄を飛ばしただけだった。 そして、ここぞという場面では全幅の信頼を置いた。 準決勝のアメリカ戦3回表、松坂大輔投手が連打を浴びて勝ち越された。球数もかなり投げていた。原はかたわらの山田久志投手コーチに声をかけた。 「代えなくていいんですか」 「代えなくていいです」 投手の交代権限は監督にある。それでも、原監督はこらえた。 「わかりました」 松坂投手は後続を抑えた。WBCを取材したスポーツライターの石田雄太氏が語る。 「山田コーチは投手起用にぶれがなかった。その山田さんにすべてを任せたことで、侍ジャパンはうまくいった」 自我を前面に出す肉食系リーダーとは違う、「草食系リーダー」像を示した原監督。その人格を作り上げたのは、自ら「他動的人生」と語る野球遍歴だ。 他動的とは、人の力、指示で自分の人生を動かしていくという意味だ。 父が監督の東海大相模高から東海大、さらにドラフト1位で巨人入団とエリート街道を歩んだ。巨人入団後はライバルの故障でサードの定位置を確保。4番の座にもついた。2006年の巨人監督復帰も今回のWBC監督就任も、自ら求めたものではなく、周りから要請されてのものだったと、原監督は語っている。 「自分で進んで行ってるというよりも、与えられてきたと。それに幸せを感じている。自分がやりたくてやれるポジションじゃないわけですから」(昨年11月のインタビューより) ポジションを与えられれば、その場で全力を尽くす。変なこだわりもしがらみもそこにはない。それは、ONという強烈なスター世代と野茂、イチローといったメジャーで活躍する新世代にはさまった「中二階」世代ならではの生き方なのかもしれない。ちなみに「他動的」とは名将・三原脩氏の考え方を参考にしたもの。人生哲学も他人から借りてくる柔軟さ。 ■先輩ぶらずあったかい 現役時代から親交が深く、今も巨人の1軍コーチとして原監督を支える吉村禎章氏は、「こんなにあったかい人間っているのかなっていうくらい」と話す。 吉村氏が現役中に左ヒザに大けがを負ったときも医者を紹介してくれたりと、先輩ぶることがなかった。父親から常に人の3〜5倍は鉄拳制裁を受けて育ち、それを反面教師としているのではないかという。 威圧感を与えず、自主性を伸ばして結果を取る――『原辰徳・伊原春樹に学ぶ「勝者のリーダー学」』などの著書がある児玉光雄・鹿屋体育大教授(臨床スポーツ心理学)は組織論におけるリーダーシップを(1)民主型(2)専制型(3)放任型に分け、今回の原采配を(1)と規定する。星野、野村両氏は(2)の要素が強い。 昨夏、北京五輪に出場する星野ジャパンのキャンプ中、キャプテンだった宮本慎也内野手は星野氏に部屋まで呼ばれ、こう言われた。 「こう見えても、我々(チームスタッフ)は聞く耳は持ってるんやで」 またそのキャンプ中、外野手の守備練習を見た星野氏が、「しっかり送球しろと言っておけ」と宮本選手を通じて伝えたところ、選手はかえって硬くなり、送球は大きく乱れた。星野ジャパンはメダルさえ取れずに終わった。 サムライジャパンのメンバーだった城島健司捕手はキューバ戦後、彼に対する批判を繰り返していた野村氏に対して強烈な皮肉を返した。 「野村さんだったら現役時代は1点も取られないんだろうから。『野村ノート』(野村氏の著書)の配球のおかげで勝てたからお礼を言いたい」 メジャーリーガー5人をはじめ、日本野球界を代表するプライドの高い選手たちを「動かす」には、原の「民主型」が最も適したスタイルだったのだ。 リンクアンドモチベーションのコンサルタント、山谷拓志氏が、その理由を分析する。 「熱くなりすぎず、選手のプライドを損なわないように重要なメッセージは言葉で伝える。これは今回のように選手の実力が十分ある場合に効果的です」 民主的スタイルは不況期の職場でも、威力を発揮するという。新入社員を育成する余裕がないとき、社員の潜在力や長所を引き出さなくてはならないからだ。 ■イラついても出さない だからといって、つねに民主的で優しいだけではない。 「基本的には頑固。怒ったら物も飛んでくる。だけどそのあと部屋に呼ばれて、なんで怒ったのかというのを全部説明されるんです」(吉村氏) 評論家時代も必ずスーツ姿で取材をしていたほど身だしなみには厳しく、サムライジャパンでも茶髪、長髪は禁止した。その頑固さが今回は采配面にも表れ、結果に結びついたと評価する関係者は少なくない。 「韓国戦で延長に入った時も笑顔を見せるなど、終始表情は一定し、顔色が変わらなかったのが印象的でした」(スポーツライター・小西慶三氏) 前回WBCのように審判が妙な判定をしても動揺しないようにと、コーチ陣にも徹底した。 「イラついてもプラスになることは何もない。思うことがあっても顔には出さないでいこう。その態度を最後まで一貫させていましたね」(与田氏) 時には涙目で柔らかく、しかし時には頑固に。現役時代、チャンスに弱く「ガラスの四番」とも称されたイメージはない。 巨人の第1次政権時代には追いこまれると決断が遅れて得点機を逸してしまうこともあった。だが、昨年13ゲーム差をひっくり返す「メークレジェンド」を達成し、精神的にも余裕がでた。昨年11月のインタビューで、原監督はこう笑って語っていた。 「リスクという言葉は自分の中にはない。リターンっていうものしかないんだよ」 (4月6日号)
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