国際原子力機関(IAEA)の次期事務局長を選ぶ選挙で日本の天野之弥(ゆきや)ウィーン国際機関代表部大使は当選に必要な票を獲得できず、選出作業は振り出しに戻った。
政府あげての支援体制を敷いたにもかかわらずのこの結果は残念だ。再立候補に意欲を示す天野氏の健闘を願うが、政府もなぜ日本の候補への支持が広がらなかったかを謙虚に省みる必要がある。
IAEAは原子力の平和利用と軍事転用防止を図るための国際機関だ。05年には、現在のエルバラダイ事務局長とともにノーベル平和賞を受賞した。知名度のある機関のトップに初めて日本人が就けば日本の存在感が高まるのは確かだろう。
日本は4年前、国連安保理の常任理事国入り問題で挫折を経験した。政府開発援助(ODA)や国連平和維持活動(PKO)などでは貢献不足との指摘もある。国際的影響力の低下が危ぶまれている中で政府が今回の選挙に力を入れたのは無理からぬことだろう。
日本は非核国の中で最大規模の原子力利用国で、政府は「平和利用のモデル国」とアピールしている。原子力発電などの安全に関しては技術協力、資金分担で貢献している。IAEAとの間で保障措置協定や追加議定書を結び、04年からは核物質の軍事転用や未申告の原子力活動の兆候がない国と認定されてもいる。
150カ国近い加盟国があるIAEAには、核不拡散を重視する既存の核保有国を中心とする先進国と、原子力の平和利用拡大を求める途上国との間で対立がある。今回の投票にもそれが反映されたようだが、日本の立ち位置のあいまいさも「天野氏落選」と無縁ではないだろう。
天野氏は立候補にあたっての所信表明で「広島、長崎の経験を有する国から来ており、核兵器の拡散に断固立ち向かう」と、唯一の被爆国・日本の代表としての立場を強調した。だが、日本は昨秋の原子力供給グループ(NSG)の総会で、核拡散防止条約(NPT)非加盟のインドを核燃料、原子力技術の提供対象国として例外扱いすることを事実上容認している。米国の意向に配慮してのことだが、言動に一貫性を欠いているのは否めない。
イラク戦争前、イラクを査察したIAEAは「核兵器開発の証拠はなかった」との報告をまとめた。米ブッシュ政権の意に反したものだったが、のちに正しさが証明された。
「核の番人」と言われるIAEAのトップには、国際的な核軍縮の流れを確かなものにするという強い意志と指導力が必要である。天野氏が再挑戦するなら、そのことを深く認識してもらいたい。
毎日新聞 2009年3月30日 東京朝刊