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きょうのコラム「時鐘」 2009年3月29日
相撲好きの画家がいた。何でも相撲に例えた。日々の制作は「ぶつかりげいこ」、不出来な作品は「うっちゃりを食った」
大きなカンバスを2つ立て、そびえる山を描いたこともある。力士が闘うように「2つの絵を競わせるんだよ」と、手間の掛かる描き方を好んだ。けしからぬことに、「たまに片方が八百長を持ち掛ける」。絵がモノを言うはずがない。画家の心の中で感動が薄れ、集中力が途切れて怠りの気持ちが頭をもたげることを、そう言い表した 週刊誌の八百長相撲報道をめぐる争いで、力士側勝訴の判決が出た。八百長の有無に白黒つけたわけでなく、記事には信頼が置けないという判断、と報じられた。無気力相撲は観客に分かるが、もしあったとしても八百長を見破るには相当の眼力がいるのだろう 画家が競わせた2枚の絵は、八百長をささやいた方が大概負け、「かわいそうだが焼却」となったという。苦闘に満ちた絵の制作話は門外漢には分からないが、八百長の末路はそんなところか 力士側勝訴で、土俵に注ぐファンの目は逆に厳しくなる。勝ってまわしを締め直す時である。 |