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【どうなった?ニュースその後】

公害訴訟でぜんそく患者と国が和解(川崎市) 環境に『公害』埋没の10年

2009年3月10日

 「世間の目が、公害問題に向きにくい世の中になってきた」

 裁判の原告団を基に結成された「川崎公害病患者と家族の会」事務局長の大場泉太郎さん(54)は、そう漏らした。

 昨春には、川崎市の部局「公害部」が「環境対策部」に名称変更され、部局名から「公害」の名前が消えた。「地球温暖化などが問題になる中、公害も含めてより深く課題に対応するため」との理由からだ。しかし、大場さんは「一般に広がる『環境』という聞こえのいい言葉に、公害問題が埋没してしまっている」と危惧(きぐ)する。

 和解から十年。同会は被害者の救済制度の充実や、公害のないまちを求めて活動してきた。出発点は、九九年の和解条項だ。国が道路公害対策に取り組むことや、原告と一緒にまちづくり計画を話し合う「連絡協議会」を設けることが盛り込まれていた。大場さんは「(国などの責任を認めた)一審では賠償金も勝ち取った。でも控訴審ではそれを放棄し、公害の根絶に向けた対策を求める方を選んだ」と振り返る。

 同会はこれまで、市の成人ぜんそく患者医療費助成制度の対象地域拡大や、国道の歩道拡幅や緑化、JR川崎駅周辺のバリアフリー化などの後押しをしてきた。現在は、同制度の一割負担の無料化などを訴えるが、最大の課題の一つは依然として、自動車の排ガス問題だ。

 長期に及んだ訴訟の焦点は「工場の排煙」から、プラントを行き来する大型トラックなどの「道路公害」に移っていた。だが、大場さんは「現状は十年前とあまり変わっていない」と話す。

 市によると、同制度の認定患者は約二千二百人(昨年十二月現在)で、月五、六十人ほどのペースで増えている。市は「ぜんそく患者の増加は全国的な傾向。家屋の気密性が高くなったことによるアレルギーの増加や食生活の変化、大気汚染など、さまざまな要因が考えられる」とする。

 同会が問題視するのは、ディーゼル車の排ガスなどに含まれる微小粒子状物質(PM2・5)。ぜんそくや肺がんを引き起こす可能性が指摘されており、米国では十年以上前から環境基準があるが、日本ではまだ設定されていない。

 東京都内のぜんそく患者らが、国や都だけでなく自動車メーカーを訴えた東京大気汚染訴訟の和解(〇七年)で、道路公害対策が盛り込まれたことなど追い風もあり、環境省は昨年、基準について中央環境審議会に諮問した。国も動き始めているが、大場さんはこう強調する。「解決まではまだ遠い。公害問題はまだ終わっていない」 (内田淳二)

あのとき

 川崎市の公害病認定患者と遺族ら約四百人が、自動車の排ガスによる健康被害を受けたとして、道路管理者の国や首都高速道路公団(現・首都高速道路会社)に損害賠償などを求めた訴訟の和解が一九九九年五月、東京高裁で成立した。工場による大気汚染をめぐり、臨海部の企業を相手取った訴訟はその三年前に和解しており、八二年の一次提訴から十七年を経て、「川崎公害訴訟」が全面決着した。

 

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