日が落ちた平野川 (撮影者:あんどうけいこ) その昔、大阪湾は、姫島、都島、福島というようないくつかの島を縫うように生駒山の麓まで入りこんでいました。猪飼野は上町台地に続く平野で、津は港。朝鮮半島から猪、つまり豚と、その飼育に携わる人たちが上陸した港でもあったでしょう。 1000数百年も続いてきた「猪飼野」という地名が、1973年の町名変更で、なくなりました。だけど地元では由緒ある名を惜しんで「猪飼野保存会」が生まれました。「猪飼野新橋」には、上記の『日本書紀』の一文が欄干に示されています。 猪飼野新橋の欄干には、音符のように「為橋於猪甘津即号其処日小橋也」の文字が飾られている。 (撮影者:あんどうけいこ) 『日本書紀』の昔から、明治以降の近代まで、朝鮮半島と縁の深い川です。「日本国猪飼野何番地誰それ」と書けば郵便が届いたという笑い話があるくらい、猪飼野は有名な地名でもありました。 【解説】 為橋於猪甘津即号其処日小橋也:猪甘津に橋を為(わた)す。即ち、そのところを号(なづ)けて小橋(おばせ)という。
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