弁護士・永沢徹 企業乱世を読み解く

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【第60回】 2009年03月27日

アニメ業界の「下請いじめ」が明らかに。
夢描く業界で蔓延する制作現場の疲弊

――悪しき商習慣是正のため、経産省がガイドライン策定へ

 ただ、アニメ業界における「下請法違反」の判断には難しい側面もある。たとえば、「1)商品の受領拒否」や「3)返品」「4)不当なやり直し」などである。なぜなら、アニメや映画作品といった成果物は、工業製品などと違って、“質”の判断が非常に難しい商品であるからである。人の感性に依存するという性格上、もし発注者側から返品ややり直しをさせられたとしても、それが不当なものであるかどうかを、第三者がそれを判断することは非常に難しいものがある。

 また、アニメ業界や映画業界というのは、非常に狭い業界。業界のプレイヤーも限られており、継続的に取引をしなければならない状況下にある。下請けのクリエイターとしては作品を発表できる場があることが何よりも優先され、取引条件に関しては二の次になってしまうことも多い。そのためどうしても、発注者側と下請け側に圧倒的な力関係の差が生まれてしまう。

 さらにそこに発注書がない等の悪しき商慣習も加わり、下請けの制作現場では無理を強いられ、疲弊していくのである。業界の8割以上が「下請法」の対象であるにもかかわらず、業界から大きな不満の声が上がってこなかったのも、この業界ならではの環境があるのだろう。

悪しき商慣習を廃し、
疲弊する制作現場を救うべき

 またアニメ業界のようなコンテンツ産業においては、知的財産権(著作権)の問題も解決していかなければならない。特に最近は、アニメ制作の主流が「製作委員会」方式を採用しており、テレビ局や映画配給会社、広告代理店、出版社、音楽著作権会社、玩具メーカーといった企業群が出資し、DVD化、出版化、CD化、キャラクターグッズ化など「コンテンツの二次利用」を前提としたビジネススキームが確立している。

 元請けである大手制作会社はここに参加し、著作権を持つことはあるが、それ以下の下請け制作会社が著作権を持てることはほとんどない。実際に下請け制作会社は分業していることが多く、そのすべてに著作権を与えるというのは現実的に困難である。大元の発注元から見ても、ビジネスとして成り立たなくなってしまうことになる。

 まずはとにかく、著作権の帰属を含めて事前に取引条件を“十分に協議”し、それを発注書や契約書等の“書面で残す”という当たり前の商習慣を定着させることが、疲弊した下請けの制作現場を救うためにも重要である。そのためには、この業界に合わせたガイドラインを策定することが急務である。

 疲弊しきった制作現場からは、夢のある作品は生まれないのである。

関連キーワード:社会問題 格差 構造改革 メディア 産業

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執筆者プロフィル

写真:永沢徹

永沢徹
(弁護士)

1959年栃木県生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験合格。卒業後の84年、弁護士登録。95年、永沢法律事務所(現永沢総合法律事務所)を設立。M&Aのエキスパートとして数多くの案件に関わる。著書は「大買収時代」(光文社)など多数。永沢総合法律事務所ホームページ

この連載について

100年に一度の経済危機に見舞われ、企業を取り巻く環境は大幅に悪化。“企業乱世”ともいえる激動時代の経済ニュースを、弁護士・永沢徹が法的な視点を加えながらわかりやすく解説する。