《SPケーブルの基本的考え方》
スピーカケーブルの構造と音質
古河電気工業株式会社 根岸 邦夫
◎ はじめに
ケーブルを替えると音が変るのは常識として理解されるようになったが,その理由は明確に説明されていない。導体材質,表皮効果,インダクタンスとか,いろいろなCut&Tryがオーディオ雑誌の誌面を賑わしているが,わきまえない議論は,売らんがための方便もあろうが,音を良くしたいと望むオーディオ・ファイルに対しての害でしかない。
今回はスピーカケーブルを例に,音が変わる本質を解明してみたい。
◎ 耳は素晴らしいセンサーだ
私はケーブルを替えればかならず音が変る,と確信している。その技術的理由は以下に述べるとおりであるが,人の耳は,音楽家やオーデイオ・ファイルの皆さんがそうであるように,鍛えることにより感度を上げることができる。試聴会などで,どんなにケーブルを替えてもまったく違いのわからない人が確かにいるが,市販されているケーブルは構造や材質がちがっているので,かなりの差があると考えてまちがいない。ケーブルの設計者がほんの塩かげん程度の差のものでも作らなければ,鍛えられた耳にはかならず見破られてしまう。人の耳の感度は純音に対する等感度曲線（第1図）がよく知られているが,レベルの低い低音域の音に鈍く,2〜6kHzで最も感度が良い。このカーブは第2図の電話用ケーブルの減衰量の周波数特性（以下“ロス・カーブ”と称す）と比較するとたいへん興味深い,すなわち,ケーブルのロス・カーブは低音域では耳の感度のカ一ブとちょうど逆で,ロスが少なくなっているのである。
◎ ケーブルのロス･カーブ
ケーブルのロスとはケーブル内で失われる信号のエネルギーで,当然のことながら小さい方が良いが,周波数に対して変動し,かつ,ケーブルによりカ一ブの形が変ってくる。このことを知らずして,ケーブルの音質傾向は語れない。
1.ロスが生じる理由
第2図は電話回線に使用される通信ケーブルのロス・カーブである。ケーブルのロス・カーブの形状は概略,低周波域,約1kHz程度までは√ｆ（f：周波数）に比例し増える（I）。上記したとおり,幸いなことに耳の感度の悪い低周波ほどケーブルのロスは小さいのである。
さらに1kHz〜10kHzで変曲があり（�供�,数10kHz以上ではふたたび周波数に比例し増加する（�掘法Ｃ羆�部（�供砲諒儷蔑琉茲魯院璽屮襪旅渋ぁ�材質により変化し,一般には細径のケーブルでは高周波寄りに,太径のケーブルでは低周波寄りに移る。このようなロス・カーブの形状の違いがケーブルの音域バランスを決定するものである。では,このロス・カ一ブの形状を決める要素について,さらに突っ込んだ議論をしてみよう。
2.ロスの関係式
ケーブルの電気的等価回路は第3図のとおりで,これら定数によるロスの一般式は式（1）のとおりである。
スピーカ・ケーブルの場合1kHz程度までは次の関係が成り立つので,式（1）は式（2）に近似できる。
ωL《1R, ωC》G, LG《RC
故に,
故に,両対数グラフ上でロス・カーブはCとRに周波数特性がなければ傾き1/2の直線状となる。実際には使用する絶縁材の比誘電率に周波数特性を持つものでは,傾きが1/2より小さくなる。この詳細は EVENCAP Theory として後で検討する。
数10kHz以上では,次の関係が成立する。
ωL》R,ωC》G
RもGも周波数とともに増加するので,ロス・カーブは数10kHz以上の高周波域では直線状に増加する。
この中間,1kHz〜数10kHzの変曲領域ではRとωLがほぼ等しくなり,次に述べる表皮効果の影響が出始めるところでもある。また,前項で述べたとおり耳の特性もこの領域が最も敏感であるので,ロス・カーブの形状変化を聴き分けることができると考えると,おもしろい。
このように見てくると,スピーカ・ケーブルを設計する上で1kHz〜20kHzが最も音色的に敏感で,重要な帯域であることがわかる。
次に,この帯域のロス・カーブを変化させる要因について検討してみよう。
◎ 表皮効果
表皮効果とは,導体を伝わる信号の周波数が高くなると,電流が導体の内部より外側に,寄り集まって流れようとする現象である。表皮効果の説明には「導体の表面に電流が集まって…」と記述されるので,ともすると表面積を大きくすればよい,すなわち細い素線を使った撚線という考えが出てくるが,音声周波数帯域では,これがかならずしも正しくない。
海外ブランドのスピーカ・ケーブルには,表皮効果を悪物として取り扱い,細径の複数の絶縁電線を使用することでこれに対策をした旨の説明を加えているものがある。筆者は個人的には,表皮効果=悪物とはストレートにいえないと考えている。あまり表皮効果対策をしてしまうと,逆に高音域のうるさいケーブルができてしまうからだ。
これについては,以下のケーブル構造と音質傾向を合わせ参照されたい。
いま,考えている導体（外径：d）が表皮効果の影響を受けるか否かは,表皮深さ（δ）を調べてみる必要がある。
表皮の深さの定義式は,
銅線の場合は,
π：角周波数 σ：導電率
μo：真空の透磁率 f：周波数（kHz）
μ:導体の比透磁率
この関係をグラフ化したのが第4図であるが,
d≧2δ…………………（6）
となる周波数帯では表皮効果を考慮する必要がある。たとえば10kHzでの銅導体の表皮深さはδ≒0.6mm,すなわち,外径1.2mm以上の導体では10kHzで表皮効果が顕著になる。
第1表の実際のスピーカ・ケーブルの導体抵抗の変化を第5図に示す。FS-2T35Pは導体径は約2.7mmであるので第4図からδ≒1.35mmとすると,約3kHzから表皮効果の影響が顕著になるはずであるが,第5図でそれがまさに実証されているのがわかる。
表皮効果がスピーカ・ケーブルにとって重要なのは,このように晋声帯域,それも耳の感度が最も敏感な所で導体抵抗が変り始め,その結果ロス・カーブの形状が変り,音のバランスが変ることになるからである。
表皮効果の軽減策としては,中心に介在ひもを入れた導体構成がある。これを実践したのが第6図の古河電工FS-2T55Fスピーカ・ケーブルである。ロープ撚りした中心に介在ひもを入れ,表皮効果対策としている。これにより導体抵抗は導体断面積が5.5ｍｍ2であるにもかかわらず,導体断面積20ｍｍ2のFS-2T20Pと同程度の上昇の割合となっている。
上記説明でわかるように,何の対策も施さないと,導体断面積が大きく太い導体ほど表皮効果の影響を低い周波数で受けるので,高音域の音の出が悪く,逆に低音域が充実した音となる。このことは太いケーブルほど低音が強調されるというわれわれのイメージと合致する。では次に,この低音域をストレートに広げる方策について検討してみよう。
高音域での音質変化の一因が表皮効果であることが前項でおわかりいただけたと思う。では,低音域での音質変化を支配するのは何か?これを検討してみよう。（2）'式を見ると,低周波では導体抵抗Rは一定であるので（第5図参照）,静電容量Cが変動するとロスが変ることがわかる。
往復2線心間の静電容量は,････････…（7）
- A：導体中心間距離
- D：導体外径
- εs：等価比誘電率（絶縁体+シース外部の空気等を合成したもの）
で示され,ケーブル構造が決まると,比誘電率の大小による。比誘電率は,たとえばPVCのように,材料によっては周波数特性を有するものがある。比誘電率は簡単には絶縁材料に電界が加わった時の分極の大小によるもので,周波数が上るにつれて分極が次第に周波数の変化に追従できなくなるので,比誘電率は低下してくる。PE,PP,フッソ樹脂のような良好な電気特性をもった絶縁材では,周波数によらず比誘電率はほとんど一定値となる（第2表）。
第7図に主なスピーカ・ケーブルの静電容量の周波数特性を示す。PVCを絶縁体に使用したVVF,VFFでは,低音域に行くに従い静電容量が比誘電率の上昇に伴い大きくなる。このように低音域に行くに従い静電容量が大きくなるものでは,式（2）'から,低音域でのロスが増加し,音の出が悪くなる。
逆に,静電容量が一定（EVENCAP）のFS-2T55Fのようなケーブルでは,低音域での余分なロス増加がなく,低音域に広がった音質を得ることができる。第8図にFS-2T55Fスピーカ・ケーブルのロス・カ一ブを示す。1kHz以下の低周波では傾き1/2の直線状となるが,VFFのように静電容量が低音域で上昇するものでは,仮に高音域でのロス・カーブが同一であるとすると、第8図の破線のように,傾きは1/2より小さくなる。
このように低周波における静電容量の上昇は,低音域の音を出にくくしている一因である。
以上のごとく,高音域においては表皮効果,低音域においては静電容量の周波数特性を調べることによって,ケーブルがどの程度の音域バランスを持っているか,その音質傾向を知ることができる。
◎ 構造による音質の傾向
前項までの議論で静電容量や表皮効果の周波数特性により低音域〜高音域のロス・カーブの状況が変るために音のバランスが違ってくることを説明した。ケーブルはその断面構造によりこれらの特性に特徴が出るので,共通の音質傾向が出てくる。
現在市販されているスピーカ・ケーブルの断面構造は第3表のいずれかに分類できよう。これらがどのような音質傾向にあるかを分類してみよう。ただし前記したように,ケーブルの音質は導体材質,絶縁材の選定によっても大きく変化するので,以下の説明が万能でないことをいい添えておく。
1.低音域を充実させる構造
低音域の音が強調されるということは,逆をいえば,高音域の出を悪くすることでもある。読者の方々が予想するように,太い導体,少なくとも3.5ｍｍ2以上の断面積のもので導体間隔が近いものを選択すべきだ。さらに,極低音までを素直に出すには,上記 EVENCAP Theory で示したごとく,静電容量が低音域で増加するものはNGである。故に絶繍本はPE,PP,フッ素樹脂等の比誘電率が均一のもので選択すべきである。このような結果,VFFタイプや対撚り型の導体断面積が大のものとなる。
2.高音域を充実させる構造
高音域でのロスが少ない構造としては,フィーダ・タイプと多心ケーブル,タイプが最右翼といえる。フィーダ・タイプはその構造から導体に太いものを使いづらいが,導体間隔が広いので,静電容量が小さい。このため,導体が細いにもかかわらず減衰量は割と小さく,その結果音量はかなり出る特長がある。しかし,減衰量のカーブはどちらかというとフラットなため,音質は高音域にずれる傾向がある。
ケーブル・タイプの代表はカッド・タイプであるので,対撚り型との比較を少し詳しくしてみよう。比較のため,古河電工のFS-2TI5Sと,このスピーカ・ケーブルとまったく同一の絶縁電線,すなわち導体に1.5mmφのSuper PCOCC を,絶縁体にPPを0,3mm被覆した絶縁焔を2.1mmとしたものを4コ撚りしたカッド型スピーカ・ケーブルを試作した。
両ケーブルの特性を第9図に示す。ケーブルの電気的等価回路からわかるように,カッド・タイプは対撚りケーブルの並列接続といえる。このため導体抵抗RとインダクタンスLは,カッド撚りタイプでは対撚りケーブルの半静電容量Cと漏えい量（省略）は倍となるはずである。
また減衰量は式（2）'からRとCの積に比例するが,これは片や半分片や倍の特性であるので,両者同一となるはずである。両ケーブルの評価結果はまったく上記理論と一致していることがわかる。カッド撚りは対撚りタイブの倍の導体を使用しているにもかかわらず,減衰量の特性は同じであり,音量が出るようなことはないし,また銅線を倍使用するので高価となる。しかし,対撚りタイプとの大きな差は特性インピーダンスが半分になっていることにある。特性インピーダンスはその値が合致すると信号の反射現象が少なくなることから,効率的な回路間の信号伝送ができる。
一方,スピーカ・システムの特性インピーダンスは,高周波域では般に上昇し数10Ωとなるので,カッド型スピーカ・ケーブルのそれと合致し,伝送効率はよくなる。また,表皮効果が問題となる周波数は1心の導体外径で決まってくるので,断面積が対撚りタイプの倍あるにもかかわらず,その影響が少ない。以上のことからカッド撚りタイプに代表されるケーブル・タイプは導体がよほど太くないかぎり,高音域充実型といえる。
高音域の出過ぎるケーブルは音楽を聴くに耐えず,最悪といえるが,上記の説明でわかるように,細径導体でフィーダ型の多導体（ケーブル）タイプは,どの条件を取っても高音域が出る構造で,キンキンの音になってしまう危険性がある。
3,構造による分類のまとめ
以上が構造面から見た音質傾向であるが,音質は導体材質,絶縁材質によっても大きく変ることがあるので,上記が万能とはいい難い。
材質についてはその硬さと音質傾向が似ているという経験則がある。たとえばLC-OFCやPCOCC(R)のような硬材は解像度がよく硬目の音,一方,OFC,Super PCOCC,6N材のような軟銅線は柔軟な音質傾向がある。ケーブルの音質設計はこの組合わせの技術ということもできる。
オーデイオ雑誌には各種ケーブルの比較試聴結果をテーマとした報告記事がよくあるが,上記の議論と試聴結果を対比させるのもおもしろい。
第3表に各構造によるバランス傾向をまとめてみた。表皮効果の項で述べたように,導体サイズによりバランスが異なるので,細径のものと太径のものと分けて傾向を示すことにする。
★第3表の見方
- 導体サイズは目安として3.0ｍｍ2以下を細径,これを越えるものを太径とする。
- 絶縁材料はPVC系と電気特性の良好なPE系に分類,PPやフッ素樹脂はPE系に含むこととする。
- 音域バランスは次の記号で示す。
Ｌ： 低音域強調型
Ｍ： 低音〜高音のバランスが取れたもの
Ｗ： Mの中でワイド・レンジが期待できるもの
Ｈ： 高音域強調型
Ｈ・Ｈ：特に高音域が強調される構造のもの
◎ おわりに
上記したように,ケーブルの構造は低音域と高音域のバランスを考える上で重要な要素であることがおわかりいただけたろう。別の見方をすればケーブルは音域バランスを左右する一種のフィルタと考えることもできる。これは筆者の雑感であるが,オーディオ機器の設計者が,機器の開発時に採用するケーブルの音質が片寄ったものであるとすると,出来上がった機器の音質傾向は,ケーブルの音質傾向と逆のものが出来上がる可能性がある。
また,ケーブルの特性は,ここに示したごとく,ある狭い周波数帯にピークがあるようなものではなく,なだらかな変化である。もしケーブルを高解像度のものに替えた時,ある帯域にピークが出ることが起ったら,ケーブルが取付けられている機器側にその主因があると考えるべきである。機器の開発最終段階にはぜひ,色付けのない高解像度,広帯域なケーブルで音質チェックをしていただきたいものである。
（「ラジオ技術」'90年11月号掲載分よリの転戴）