対戦車榴弾(成形炸薬弾)


●対戦車榴弾[High Explosive Anti Tank](成形炸薬弾)の構造
 対戦車榴弾の構造概略図を図1に、ラインメタル120mm滑腔砲用対戦車榴弾の外観を図5に示す。対戦車榴弾の構造は、中空の弾体に炸薬を詰め、炸薬の前部に円錐形のライナーを配置している。信管は起爆時間を短くするために感圧部を砲弾の先端に、起爆部を弾底部に配置する信管(弾頭点火弾底起爆信管[PIDB:point igniting base detonating])が主流である。別名として、成形炸薬、指向性爆薬[Shaped Charge,Hollow Charge]とも呼ばれる。砲弾の他、対戦車ミサイルや対戦車地雷の弾頭などに使用されている。

●対戦車榴弾の侵徹メカニズム
 装甲へ侵徹するメタルジェットの挙動(アニメーション)を図2に、メタルジェット生成の瞬間を図3に示す。
 対戦車榴弾が装甲に着弾すると、瞬発信管が作動し、弾底の火管により炸薬に点火する。炸薬は爆轟し、爆轟波の高温・高圧により円錐のライナーは中心から流体化し、流体金属[metal jet]となって砲弾の前方へ飛び出して行く。図3の左図は、点火から30μsec後のライナーの状態で、ライナーの中心から流体金属が生成し始めているのが判る。40μsec後(右図)には、ライナーの中心からライナーの直径分ほど流体金属が前方に進んでいることが判る。先端がきのこ形状をしているが、これは、ライナーの加工精度に起因するもので、収束しきれないメタルスラグの一部が離脱し、雲状になり飛散しているものである。これをメタルクラウド[metal cloud]と呼んでいる。一般的に流体金属の速度は7000[m/sec]と言われ、これは一般的なAPFSDS弾の初速:1600[m/sec]の5〜7.5倍に相当する。この流体金属は、水流のように装甲に次々と衝突し、その高圧(運動エネルギー)で装甲材質に穿孔する。また孔の内部にも次々に衝突して、装甲材質および自身の金属材質を外へ吹飛ばして孔を深くしていく。装甲を貫通すると、装甲の内部に燃焼ガスと流体金属を吹き込み、内部の乗員や器材に被害を与える。なお、対戦車榴弾による被害の主は、燃焼ガスの高温、高圧によるものである。これは、流体金属は、貫通孔から広がらないため、孔の近くの人員および器材にしか被害を与えられないためである。成形炸薬弾の侵徹孔は、装甲表面から離れるにつれて小さくなる傾向があり、侵徹限界付近では、孔径が小さく、主要因たる燃焼ガスの流入が阻害される場合がある。
 流体金属の速度は先端ほど早い。理由は、先に生成した流体金属ほど炸薬の爆轟の圧力が高く、流体金属を生成していく内に圧力が低くなるためである。流体金属は表面張力によりその形を保っているが、一定の距離(時間)を飛んだ流体金属は、その速度差から連続性を失う。これをブレークアップ[break up]と呼ぶ。連続性を失った流体金属は侵徹機構がうまく機能しないために(材質の吹飛ばしがうまくいかない)侵徹効果が大きく低下する。
 ライナーから流体金属が連続性を維持し、穿孔を効率的に行える距離をスタンドオフ[stand off]と呼んでいる。スタンドオフの最適距離は、一般的にライナー直径の1〜3倍と言われているが、ライナーの材質・形状や角度により変化する。なお、中空装甲はスタンドオフ距離をくるわせることによって、流体金属にブレークアップを起こさせ侵徹効果を低下させており、複合装甲はセラミックなどにより侵徹機構を機能させにくく(吹飛ばし効果を低下させる)することにより侵徹効果を低下させている。
 流体金属になれなかった、ライナーの残りかすをスラグ[slug]と呼び、速度は500〜1000m/sec程度である。なお、ライナーの質量の内、メタルジェットになるのは、20〜30%であり、大部分はスラグになる。また、穿孔径が小さいと、このスラグが孔を塞いでしまい、燃焼ガスの流入がストップして、目標内部の破壊効果が低くなる場合もある。
 砲弾の旋動は、侵徹効果に大きく影響する。これは、旋動による遠心力で、メタルジェットの収束が阻害されるためである。例えば、円錐形ライナーを用いた対戦車榴弾では、旋動速度が、200rpmで侵徹効果が50%以上も低下するとの報告もある。一方、半球形ライナーでは、メタルジェットの収束が元からあまり良くないため、旋動による影響は小さいとも言われている。このため、近年の戦車砲では、砲弾の旋動の少ない滑腔砲を採用し、砲弾の安定には、安定翼を利用している。
 対戦車榴弾に対する、傾斜装甲の効果は、角度による見かけ厚さ分だけである。ただし、着弾角度が著しく浅い場合、信管が作動しなくなる場合がある。また、作動しても、メタルジェットが弾かれて、極浅い侵徹深さしか得られない場合がある。なお、傾斜装甲の見かけ厚さについては、「傾斜装甲板の実際の装甲厚と換算装甲厚の関係」を参照のこと。

●対戦車榴弾の各部の設計と特性
[ライナー]
 ライナーの形状、寸法、成形精度は侵徹効果に大きく影響する。ライナーの形状は、円錐形、半球形など多くのパターンがあるが、現代では円錐形が最も一般的である。円錐形ライナーの角度は、(爆薬・ライナー直径およびスタンドオフが一定という条件において)大きくなるほど、侵徹量が減少する傾向にある。現用対戦車榴弾では、42°程度の角度が一般的である。ライナーの材質も、侵徹効果に大きく影響する。材質のパラメーターで、最も重要なのは、比重と衝撃波速度である。ただし、高温、高圧のメタルジェットの状態での比重と衝撃波速度は、融点、沸点などに大きく影響されるため、これらについても考慮する必要がある。また、ライナーの形状精度を出すために、成形性も重要である。現在、最も一般的なライナーの材質は、銅合金であるが、これは、前述の条件を考慮した結果である。なお、近年ではより比重の高いタンタル合金などが使われることもある。
[炸薬]
 炸薬には、高速の平面衝撃波を発生させるために、爆速の速いものが使用される。現用で一般的なものは、コンポジットB(3号爆薬)オクトール(5号爆薬)などである。なお、炸薬の長さは、一般的に、直径の3〜4倍が限度で、これ以上長くしても侵徹効果は、ほとんど増加しない。
[信管]
 信管は起爆時間を短くするために感圧部を砲弾の先端に、起爆部を弾底部に配置する信管(弾頭点火弾底起爆信管[PIDB:point igniting base detonating])が主流である。砲弾の高初速化から、1)起爆時間を出来る限り短くすること、2)着弾時の衝撃に耐える必要があること、からピエゾ素子が使われている。

●対戦車榴弾の侵徹理論式
 対戦車榴弾の流体金属の速度は、7000[m/sec]と充分に早く、完全流体に近似できることから材料強度の影響を受けず、侵徹理論式も非常に単純である。以下に一般的に知られている対戦車榴弾の侵徹理論式を示す。
 侵徹長さ:Tは、流体金属の長さ:Lに比例し、ライナー材質と装甲材質の比重の比の平方根に比例する。
T=L(ρ1/ρ2)^0.5
ただし、
T:侵徹長さ[m]
L:流体金属の長さ[m]
ρ1:ライナー材質の比重[kg/m^2]
ρ2:装甲材質の比重[kg/m^2]
 この式から、対戦車榴弾の侵徹長は、徹甲弾と異なり、砲弾の存速に依存せず一定であることが判る。ただし、この式は、衝撃波速度を考慮していない。
 衝撃波速度を考慮する場合、「完全流体モデルでの侵徹理論式(理論的最大侵徹長計算式)」が、対戦車榴弾の侵徹理論式として、より適切であると考えられる(詳細は、「徹甲弾の侵徹理論」を参照のこと)。

●対戦車榴弾の実用時期と例
 対戦車榴弾の穿孔メカニズムは、1800年代末から1900年代の初めに、ドイツのノイマン[Neumann]やアメリカのモンロー[Munroe]が発見したと言われている。一説によると、ノイマンは装甲板の上に窪みを付けた爆薬を乗せて爆発させると、装甲に深い孔が穿たれることを発見した。一方、モンローは、装甲板の上に金属板を乗せてその上に爆薬を設置し、爆発させると、装甲に深い孔が穿たれる場合があることを発見した。これらの効果を応用し、スイスの発明家が、成形炸薬弾を開発し、特許を取ったらしい。その後、各国で実用化研究が進められた。対戦車榴弾が実戦で初めて使用されたのは、第2次世界大戦初期のドイツ軍によるものである。対戦車榴弾の例として、第二次世界大戦中のものは、ドイツの7.5cm対戦車砲(Pak40など)などで用いられたGr38 HI/Bや、ソ連軍の、76.2mm砲(F34など)で用いられたBR-353Aなどがある。現代では、携帯型対戦車兵器から戦車砲、ミサイルまで、多くの兵器の弾頭として用いられており、貫徹能力はライナーの直径の3〜8倍もあると言われている。

●傾斜装甲に侵徹するメタルジェットについて
 リンク先(こちら)を参照のこと。

●多目的対戦車榴弾[HEAT-MP:High Explosive Anti Tank-Multi Purpose]
 最近では、多目的対戦車榴弾[HEAT-MP:High Explosive Anti Tank-Multi Purpose]と呼ばれるものがある。これは対戦車榴弾の弾体を調整破片化し、歩兵やソフトスキンに対し榴弾的にも使用できるようにしたものである。ただし、爆発の指向性や、近接信管が使えないことから、破片の飛散角度は限定的で、通常榴弾ほどの威力範囲は無い。

●各種砲弾による装甲の破壊状況
 対戦車榴弾による装甲の破壊状況を図4に示す。なお、その他各種砲弾による破壊状況は、リンク先(こちら)を参照のこと。

 

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(1コマ目)
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(43コマ目)
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図2 対戦車榴弾の侵徹概略図

 

 

図4 対戦車榴弾による装甲の破壊状況

 

図5 ラインメタル120mm滑腔砲用対戦車榴弾の外観

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作成:2001/08/16 Ichinohe_Takao
更新:2003/10/29 Ichinohe_Takao