きょうのコラム「時鐘」 2009年3月26日

 民主党の小沢代表が会見で流した涙は「不覚の涙」だという。が、政治家は自分のことで泣かないでほしい。国民の苦悩を思って陰で流すのが政治家の涙というものではないか

「苦しいこともあるだろう。言いたいこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣きたいこともあるだろう。これらをじっとこらえていくのが、男の修行である」。山本五十六元帥の残したと伝わる言葉を贈りたい

これも古い話で恐縮だが、湾岸戦争開始時、ブッシュ米大統領(父の方)が、戦場の兵士を思って演壇で涙を流したことがある。「私も人前で涙を流すのは好まないが」との釈明に大きな拍手がわいたのだった

小泉元首相が鹿児島県知覧で特攻隊員の遺品を前に涙したこともある。あそこで涙をがまんできる者がいれば不思議なほどだが、権力者に普通の情緒があるのを見て妙に安心したのを覚えている

国民の命を預かる政治家が、己の無念さや同志の支援に感激して涙を流すのは、まだ修行が足りない。もっとも、老化現象で涙腺が緩んだと言うなら分からぬでもないが、さて。