「特殊映像ラボラトリー」
第3回 2008年特殊映像総決算!(1)
【2008年の邦画アニメ映画】(1)
斉藤守彦
年末を迎え、各種メディアでは2008年の総括やら総決算が花盛り。そこで、アニメ、特撮映画といった、いわゆる特殊映像を扱う当ラボラトリーでも、2008年の成果を検証しようという試みである。
【2008年の邦画アニメ映画】(1)
この年は「ハウルの動く城」以来の宮崎駿監督作品が公開されるとあって、周囲の期待は、すこぶる大きかった。その“宮崎アニメ”最新作「崖の上のポニョ」は、現時点で興行収入154億円。正月も引き続き上映されることから、さらにこの数値は伸びるだろうが、160億円を上回ることはないだろう。(「ポニョ」についての興行推移や詳細については、本連載1=「『崖の上のポニョ』早すぎる検証」を参照されたし)
正月、春、ゴールデン・ウィーク、夏休みの、いわゆるレギュラー・アニメ番組は、いずれも前年並みの成績を維持し、総じて好調であった。このあたりは昨今の観客に見られる“タイトルを知らない作品を敬遠する”保守的な姿勢が良い方向に作用したと言える。とりわけファミリー層をターゲットとした作品は、その保守性に拍車がかかる傾向が強く見られる。
[特筆すべき「ワンピース」の、観客満足度]
正月に公開された「劇場版BLEACH ザ・ダイヤモンドダスト・リベリオン/もう一つの氷輪丸」(東宝配給)は、興行収入7.3億円をあげ、前作「劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY」の6.6億円を上回った。
3月1日から東映系で公開された、東映配給「ワンピース THE MOVIE/エピソード・オブ・チョッパー+冬に咲く、奇跡の桜」、興行収入9.2億円と、前年の9億円をわずかに上回った。
〈過去3作品の興行成績〉
●「ワンピース THE MOVIE/エピソード・オブ・チョッパー+冬に咲く、奇跡の桜」(2008年3月公開)=9.2億円
●「ワンピース エピソード・オブ・アラバスタ/砂漠の王女と海賊たち」(2007年3月公開)=9億円
●「ワンピース THE MOVIE/カラクリ城のメカ巨兵」(2006年3月)=9億円
「ドラえもん」シリーズが、藤子プロ=小学館中心の製作体制であることに対し、「ワンピース」の場合は東映と東映アニメーションが、製作のイニシアティヴを握っている。そのため、プロモーション面でのパワーアップより、知名度のある原作をより魅力的にするための、いわば内容面でのテコ入れが、ここ数年試みられている。2008年の「ワンピース」は、原作者・尾田英一郎が企画協力として参加。題材もTVシリーズで最高視聴率を記録した「冬島・ドラム王国篇」を、一部のキャラクターなどの設定を改めて映画化した。上映時間1時間50分、ゲスト声優にみのもんた、主題歌にドリームズ・カム・トゥルーを招いたが、それらが興行的に大きなプラスになったとは、残念ながら言い難い。
しかしながら作品的な評価はすこぶる高く、2008年に公開されたアニメ映画の中でも、そのクォリティはトップレベルと言えるだろう。志水淳児監督の演出は、まさに「泣いて、笑って、手に汗握って」のそろい踏み。たたみ掛けるような展開でありながら、最後には感動の涙を流させ、深い余韻を残す、その手腕はまさに名人芸の域だ。
この作品が観客の心をしっかり捉えたことは、データにも現れている。東映がオープニング時に行った観客調査での「作品満足度」は、なんと99.9%!!女性比率52.3%、20歳以上の観客は全体の58.9%を占めたという。
確かに9.2億円という興行収入は「大ヒット」とは形容出来ないし、例年と変わらないじゃないかという指摘が出来る。だがしかし、この9.2億円は、10億円、20億円にと膨らむ可能性がある、いわば“値打ちのある9.2億円”だと言えなくはないだろうか。「ワンピース THE MOVIE/エピソード・オブ・チョッパー+冬に咲く、奇跡の桜」を心から楽しんだ観客は、必ずや次の「ワンピース」の観客となるだろう。2009年春の新作が製作・公開されないことが残念でならない。
[岐路に立つ「クレヨンしんちゃん」と「名探偵コナン」]
これがシリーズ3作目となる、角川映画配給の「ケロロ軍曹」シリーズの新作「超劇場版ケロロ軍曹3/ケロロ対ケロロ・天空大決戦」は、前年を1億円上回る、興行収入5.8億円をあげた。
●「超劇場版ケロロ軍曹3/ケロロ対ケロロ・天空大決戦」(2008年3月公開)=5.8億円
●「超劇場版ケロロ軍曹2/深海のプリンセスであります!」(2007年3月公開)=4.8億円
●「超劇場版ケロロ軍曹」「まじめにふまじめ かいけつゾロリ/なぞのお宝大さくせん」(2006年3月公開)=6.02億円
興収5億円を下回った前作を挽回。「超劇場版ケロロ軍曹3」の、オープニング成績は163スクリーン計10万2567名と初めて10万名を突破。興収1億697万7300円は、シリーズ新記録にあたる。「ドラえもん」「ワンピース」ほどの大規模なマーケット展開は行っていない同シリーズだが、映画館にとっては1スクリーンあたりの興収が高いことに加え、ショップで扱うキャラクター商品の売り上げなどで、オイシイ番組なのである。
「ドラえもん」シリーズの新作「のび太と緑の巨人伝」は、初めてオリジナル・ストーリーに挑戦した作品であり、その完成度も高い。興行収入33.7億円は、前作より1.7億円の減収だが、コンスタントに30億円以上の興収をあげるこのシリーズは、スタート以来28年を経た現在でも、東宝の大きなマネーメイキング・ピクチャーである。
●「ドラえもん・のび太と緑の巨人伝」(2008年3月公開)=33.7億円
●「ドラえもん・のび太の新魔界大冒険 ~7人の魔法使い~」(2007年3月公開)=35.4億円
●「ドラえもん・のび太の恐竜2006」(2006年3月公開)=32.8億円
2005年の大規模リニューアルを経た「ドラえもん」シリーズは、完全に復調したと言えるだろう。また作品内容も、子供向けではなく、むしろ同伴者である父親、母親たちを感動させることで、視聴習慣ならぬ“鑑賞習慣”をつけさせようとの狙いが、「のび太の恐竜2006」以降の作品から感じられる。「のび太と緑の巨人伝」では、そこに環境保護というメッセージ性が加わった。
ゴールデン・ウィーク作品では、恒例「クレヨンしんちゃん」シリーズ(東宝配給)が今年も登場。新作「ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」は、シリーズ初期作品を手がけた本郷みつる監督が16年ぶりに登板し、ファンの話題を呼んだ。
●「クレヨンしんちゃん・ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」(2008年4月公開)=12.3億円
●「クレヨンしんちゃん・嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」(2007年4月公開)=15.5億円
●「クレヨンしんちゃん・伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ!」(2006年4月公開)=13.8億円
「クレヨンしんちゃん」シリーズは、1999年4月公開の「爆発!温泉わくわく大決戦」が興行収入10億円を下回ったことで、関係各社によるリニューアルが検討され、その結果、「しんちゃんのキャラクターを以前より強く押し出す」(「ゲスト・キャラの描写に比重がかかりがち」との指摘を反映して)ことや、興行的な観点から、それまでの5~6週間興行を、G.W.の休日3週間に絞ったデイトに改めるという対策が、2000年からとられるようになった。2001年に公開された原恵一監督の「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」のクォリティの高さが評判となり、翌2002年の同監督作品「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」は、文化庁メディア芸術祭アニメ部門大賞などを受賞したことにより、いちやく注目を集めることになる(山崎貴監督が「BALLAD -名もなき恋のうた-」として実写リメイクするというおまけまでついた)。
しかしながら、そうした質的な評価が興行成績に反映されたかといえば、これまたイエスとは言えない。ここ数年の「クレヨンしんちゃん」シリーズの興収は12~16億円前後のペースで推移しているものの、08年の「金矛の勇者」は12.3億円と必ずしも良好な成績とは言えず、個人的な感想になるが、久々の本郷監督作品なけど、作品的に高く評価することは出来ない。様々な意味で、「クレヨンしんちゃん」シリーズは、曲がり角に来ているのだろう。邦画系(ブロック・ブッキング)での3週間興行で、これだけの興収をあげれば良しとするか、さらなるヒットを望むか。
同じくG.W.に公開された、これも東宝配給の「名探偵コナン・戦慄の系譜〈フルスコア〉」もまた、岐路に立つシリーズと言えるだろう。
●「名探偵コナン・戦慄の系譜〈フルスコア〉」(2008年4月公開)=24.2億円
●「名探偵コナン・紺碧の棺〈ジョリー・ロジャー〉」(2007年4月公開)=25.3億円
●「名探偵コナン・探偵たちの鎮魂歌」(2006年4月公開)=30.3億円
2002年の「ベイカー街の亡霊」の興収34億円、03年の「迷宮の十字路」の32億円をピークに、同シリーズの成績は徐々に下降線を辿りはじめるが、シリーズ開始第10作を記念し、人気キャラが勢揃いした2006年の「探偵たちの鎮魂歌」が30.3億円を計上した。しかしこれ以降、興収は再び緩やかな右肩下がりの曲線をき始める。
この種のファミリー・ターゲットのシリーズは、キーを握る年少の観客が成長し、嗜好の変化が現れることとの追いかけ合いを余儀なくされる。観客層の新陳代謝を迫られる時期が、必ずやってくるのだ。「ドラえもん」シリーズは声優、作品内容など大規模なテコ入れを行い、映画に関しては成功を収めた。「ポケットモンスター」シリーズは、より年少の観客が対象とあって、ダウンの比率が大きく、2003年からの「アドバンスジェネレーション」シリーズ、2007年からの「ダイヤモンド・パール」シリーズと、こ二度のテコ入れで客足を刺激、V字回復ならぬW字回復を果たしている。そうした前例を見る限り、「名探偵コナン」シリーズもまた、「クレヨンしんちゃん」同様、有効なテコ入れを必要としているシリーズと言えるだろう。
【2008年の邦画アニメ映画】(2) に続く
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[筆者の紹介]
斉藤守彦
1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。
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