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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)後編
誰もがこの映画の幸福を願い、ベストをつくした「時をかける少女」。
斉藤守彦
【夏休み期間中、最低だったのはオープニング・ウィーク】
7月15日の公開以降の様子は、あえて記すこともないだろう。ここはデータを中心に「時をかける少女」の興行面での足跡を追ってみることにしよう。
☆テアトル新宿でのオープニング興行成績は、入場者数3103名、興行収入465万4400円(3日間集計)。第1週目の週計成績は、5151名、744万9700円と好調なスタート。
☆また第1週目における、全国6スクリーン計成績は、7774名、1123万6000円。
☆第2週目にあたる7月22日からは、プリント数が13本に増え、新たに大阪、神戸、福岡、札幌とローカル3スクリーンが戦列に加わった。このおかげで全国週計成績は 1万2102名、興収1780万700円をマークする。
☆第3週目もこのマーケットは維持され、全国週計成績は1万6992名、興収2341万7900円と、前週対比31.5%の伸びを見せた。
☆第4週目になって、稼働プリント数(=上映スクリーン数)は9本。全国週計成績も1万3723名、興収2004万8400円とダウンするが、第5週目には池袋・テアトルダイヤでの上映がスタートしたことと、最稼働期であるお盆シーズンにかかったことから、全国週計成績は、これまでで最高の1万8694名、興収2724万500円を記録する。
☆第6週はプリント本数も12本に増え、全国週計成績1万4624名、興収2321万860円と2000万円台をキープ。さらに夏休み最終週となる第7週は、プリントが14本に増え、全国週計成績1万7245名、興収2321万860円を記録した。
プロデューサー、監督がこだわった「夏休みでの上映」で、「時をかける少女」は、9月1日までに、累計1億4529万1560円をあげることが出来た。このうちテアトル新宿での週計成績は、第5週の8308名、興収1238万900円が最高。最も低かったのは、なんと第1週の5151名、興収744万9700円であった。
これは実に興味深い推移である。通常、全国規模で公開する作品は、オープニング・ウィークである第1週の成績が最も良く、以後ダウンを続けていく傾向にあるからだ(特に派手なオープニングを飾る、ハリウッドの大作映画はこの傾向が、特に顕著)。第1週より2週、3週と、上映を重ねるごとに観客数が増え、興収がアップするということは、まさしくクチコミの効果と言うほかない。
【パンフレット購買率31%、メガネ女子祭り…イベント連打】
メイン館であるテアトル新宿の売店における、物販のデータを見てみよう。まず商品別の売上個数では、ダントツでパンフレットがトップ。12週間の上映期間中、1万6199冊を売った。これは観客全体の31%が購入したことになる。続いて人気があったのはCDの類で、主題歌CDが925枚、サントラCDは862枚が売れている。さらには絵コンテ集570冊、文庫本558冊、コミック344冊と、書籍類も健闘。クリアファイルセット350、マグカップ80、携帯ストラップ195、公式ノートブック159。中には全商品を大人買いしたファンもいたことだろう。
なお話題作りとファンサービスのために、上映中には数々のイベントやサービスが行われた。こうしたことに対して即座に対応し、宣伝サイドと協調出来るのも、イベント興行が多い同劇場の強さと言えるだろう。テアトル新宿で行われたイベント、サービスの類は次の通り。
★ロビーにて「私がタイムリープできたら」短冊(出演者、試写観客による) 展示(7月15日〜)
★初日来場者ブレゼント(ポストカード)
★7月29日に「細田守×時かけオールナイト」開催
★スタンプ3つで、非売品B2ポスターをプレゼントする、スタンプラリー開催
★8月8、18,28日の「8のつく日」3日間限定で、眼鏡着用女性観客にポストカードをプレゼントする「メガネ女子胸キュン祭り」サービス実施
★奥華子ミニライブ(8月8日)開催
★ヒット記念ポストカードを来場者にプレゼント(10月1日〜)
【10月の時点でプリント本数17本。都内5スクリーンで上映続行】
評判が評判を呼び、じわじわと観客数を増やしていった「時をかける少女」は、夏休み終了後も安定した成績を見せ、実に第13週にあたる10月7日からは、最多本数であるプリント17本が稼働。この時点において都内だけでもテアトル新宿、テアトルダイヤ、渋谷Q-AXシネマ(現・シアターTSUTAYA)、キネカ大森、ユナイテッド・シネマ豊洲の5スクリーンで上映が続行されるという、根強い人気を見せていた。
上映スタート当初には、後続作品が決まっていることで、観客動員が良いにも関わらず、上映を打ち切らなければならないケースもあった。例えばシネプレックス平塚は、第1週入場者数465名、第2週483名、第3週943名と、週数を追うごとに観客の数が増えている(特に第3週の伸び率には目を見張る)。にも関わらず、前述の理由で上映は3週間で終了した。観客数の増減に柔軟に対応出来るはずのシネコンが、番組数を抱えすぎたことで、そのメリットが活かされていないという問題を感じずにはいられない。
また「時をかける少女」を高く評価したのは、観客たちだけではなかった。フジテレビの亀山千広(現・執行役員常務映画事業局長)が作品を鑑賞し、絶賛。即座に地上波TV放映権を獲得し、2007年7月21日の「土曜プレミアム」枠、08年7月19日と、2回に渡ってオンエアした。東京テアトル・沢村敏によると「テアトル新宿で単館上映された日本映画が、ゴールデン・タイムで全国放映されたのは、初めてのケース」とか。
ちなみにフジテレビは「時をかける少女」の1週前に、長編アニメ映画「ブレイブストーリー」を製作しており、これは米メジャー系であるワーナーが、いわゆるローカル・プロダクションの1本として配給、全国363スクリーンで一斉公開した。単館ロードショーからスタートした「時をかける少女」とは、対象的なマーケティングだ。最終的に「ブレイブストーリー」は、興収20億円をあげたが「フジテレビが本格的な長編アニメに挑戦したことが大きな話題になった割には、物足りない成績」との声が当時多かった、と筆者は記憶している。
【最終入場者数18万8092名、興収2億6439万40円】
2007年1月26日までにおける「時をかける少女」の総興行成績は、入場者数計18万8092名、興行収入計2億6439万40円。述べブッキング数(総上映スクリーン数)は102で、興収のうち9大都市のシェアが74.5%を占める都市型の展開であった。仮にこの作品を、充分なP&Aをかけて最初から全国公開をしたならば、9大都市とローカルのシェアは逆転しなければならないだろう。
前述した通り、製作費2億7000万円、P&A5000万円(後に1000万円増額して6000万円)に対して、興収2億6439万円は、配給会社としては成功とは言えない。興収の約半分は興行サイドの収入となり、残った額(いわゆる「配給収入」)からP&A、配給手数料などを差し引いた場合、製作委員会に還元される額は、おそらく1億円を下回ったであろう。ただし、DVDなどのパッケージ・メディア、あるいは地上波・衛星放送などへの放映権セールスなどからの収入によって、現時点ではリクープしたものと推定できる。
3年前にあがった数字を見つめながら、ぽつんと荻野が言った。「こんな経験は、初めてだったよ…」。
あくまで夏休み公開にこだわった製作委員会、その希望を現実的なマーケティングに反映させた配給会社、そしてリスクを承知でスケジュールを空けた映画館。誰もがこの映画の幸福と成功を願い、その実現のために、それぞれのポジションでベストをつくした。その方法論と結果については様々な評価があるだろうが、それは今後の課題だとは言えないだろうか。少なくともこうしたやり方を通して「時をかける少女」が投じた一石は、これからのアニメ映画、とりわけクールアニメのマーケティングに反映されるはずだ。
細田守監督の新作「サマーウォーズ」はワーナーの配給で、この夏公開される。マーケット・サイズは全国100スクリーン前後の予定だという。
(文中敬称略/取材・資料提供に応じてくださった方々に、心より感謝します)
第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)前編
第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)中編
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