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2009.03.25
0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ クールアニメ・マーケティング・ヒストリー ]
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)前編

誰もがこの映画の幸福を願い、ベストをつくした「時をかける少女」。

斉藤守彦

【ミニシアターでのアニメ映画興行】
 「宇宙戦艦ヤマト」のヒットから10年。1980年代半ば、我が国における映画マーケットに、ある変化が訪れた。ミニシアターと呼ばれる、その名の通りの小座席数の映画館が渋谷、六本木、銀座などに出来、従来のチェーン編成化された映画館では上映出来ない、アート作品を上映し始めたのだ。
 この流れは、数年のうちに変化して行った。国内の配給会社が折からのビデオ・ブームとバブル経済に乗って、ミニシアターの主力商品であったヨーロッパ映画を買い漁った結果、買付価格は上昇。小規模資本の配給業者は、目先を変えて日本映画の単館ロードショーを試みる。その中に、アニメ映画が入っていても、何ら不思議はなかった。

 都内に複数の興行事業場を持つ東京テアトルは、直営館・テアトル新宿で、日本のインディペンデント(独立系)作品を中心とした番組編成を試みていた。これは「映画作家との対話が出来る映画館を目指す」というポリシーを通して、他のミニシアターとの上映番組の差別化を図ったものだ。その戦略は成功し、テアトル新宿は日本の独立系映画の名門とまで認知されるようになっていた。
 またアニメ映画の上映に関しても、東京テアトルはテアトル新宿で1989年春に「アキラ・完全版」、97年春に「攻殻機動隊/インターナショナル・バージョン」などを上映する他、池袋の直営館・テアトル池袋を「アニメシアター」とし、ビデオ発売のためのプロモーションと連動した上映・イベント展開を80〜90年代に見せていた。
 テアトル新宿における、日本製アニメ映画=いわゆるクールアニメの新作上映は、2000年6月の「犬狼」(監督:沖浦啓之)が最初。この場合も、他の日本映画同様、作家性を重視した作品選択の結果であり、アニメ映画といえども、テアトル側はその方針を貫いたのである。
 
【「条件はひとつ。完成は公開1週間前」】
 現在も東京テアトルで番組編成の業務にあたる沢村敏が、角川ヘラルド映画(現・角川映画)から「時をかける少女」についてオファーを受けたのは、2006年の年明けのことだった。
 「『時をかける少女』には、注目していました。僕はイベントなどを通して細田守監督と知り合い、彼がこの映画を手がけていることは、知っていましたから」(東京テアトル映像事業本部 番組編成日本映画担当・沢村敏)。

 とは言うものの、夏休み作品の上映を年明けの段階でオファーすること自体、かなりの遅れをとっている。この種の単館ロードショー館の上映番組は、早いところでは1年先まで内定していることも少なくない。細田監督とはおつき合いがあるという沢村としては、テアトル新宿に「時をかける少女」をブッキングしたいのは山々だが、現実的には困難が伴った。
 「社内でシナリオを回し読みしましたが、そのリアクションも今ひとつで、“なぜ、今さら『時かけ』なのか?”という声が多かったですね。でも僕は、細田監督がフリーになって最初の作品だから、気合いが入ってないわけがない。もう、ほぼ盲目的に“この作品で夏休みに勝負をしたい”と主張しました」。ほどなくして沢村の意向は、テアトル新宿の夏休み番組に反映されることになる。
 「ただし、角川ヘラルドからひとつだけ条件を提示されました。それは『作品の完成は、公開の1週間前』ということでした」。

 アニメ映画ではありがちなケースだが、作品の完成が公開1週間前という事態は、興行サイドにとってもリスクを伴う。通常の映画の宣伝プロセスから言えば、製作宣伝から配給宣伝に移行する際、完成した作品をメディア関係者に見せるための試写会の開催が必須であり、作品を見せた上で、そこからプロモーション、タイアップなどへと発展させるのがセオリーだからだ。
 「時をかける少女」の場合、確かに原作の知名度はあるが、なにしろ約40年前に書かれた小説である。初のアニメ映画化という話題こそあれ、それがいかなる成果を収めたかについては、やはり作品を見せてアピールすることが、宣伝の常道だ。また「時をかける少女」の製作の中心が角川書店であることから、角川書店の雑誌媒体には、製作中からレギュラー的に情報が掲載されはするものの、公開となった際には、より大規模な媒体露出が必須とされるところだ。そうした宣伝面での事情を考えると、作品完成の遅れが大きな障害となるのは明らかだった。

第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)中編
第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)後編

[筆者の紹介]
斉藤守彦

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)中編

誰もがこの映画の幸福を願い、ベストをつくした「時をかける少女」。

斉藤守彦

【夏の映画にこだわりましょう」という決定のバックグラウンド】
 「この映画は夏に公開しよう。夏の映画ということにこだわりましょう、ということを、細田監督とプロデューサーが合意した」という有名なエピソードが、「時をかける少女」には存在する。作品が完成して、わずか1週間後の公開。なぜそこまで、慌ただしく事を運ぶのか。それは、「時をかける少女」という作品がそうさせたと言える。息を切らして全力で走るヒロイン・真琴の姿は、落ち葉が舞い散る秋口ではなく、太陽が照りつける夏こそが相応しい。つまり、作品の持つ「季節感」を重視すれば、この決定は絶対に譲れないものだったのだ。
 数種類刊行されている「時をかける少女」の関連書籍に掲載された、細田監督やプロデューサーのコメントを読むと、その決定は彼らだけではなく製作委員会そのものの合意として貫かれたという。では作品を実際に映画館にセールスし、ブッキングする立場である配給会社はどうであったのか?
 「夏休みに、テアトル新宿を中心にした、小規模公開から徐々にブッキングを広げていく。それは、そういう方法論しかとれなかった、という事情もあるんだよ」。
 そう語るのは、当時角川ヘラルド映画で映画営業を統括していた、荻野和仁(現・角川映画常務取締役営業統括)だ。
「『時をかける少女』の製作費は2億7000万円。しかしP&Aは5000万円しかなかったんです。製作委員会の意向としては、全国50ブックでの上映だったけど、夏休みシーズンに、このP&Aでは難しい。それでああいうやり方を提案したわけです」

 P&Aとは、プリント・アンド・アドバタイジングのことを指す。一般的には、完成した映画は自動的に映画館で上映されると思われているようだが、それは違う。まずマスター・フィルムから上映用のプリントを焼かなければならない。
 現像所に発注して、2時間の映画のプリントを1本焼いた場合、その費用は30万円ほどだという。そのプリント代に加えて、アドバタイジング、つまり広告出稿のための費用も必要になる。映画の宣伝手法は、アドバタイジング、パブリシティ、プロモーションの3つに大別されるが、このうち中心になるのがアドバタイジングによる作品の公開告知であり、新聞・雑誌への広告出稿やTVスポット放映などを行わずに商業映画を公開することは、通常あり得ない。 
 「5000万円のP&Aならば、20〜30スクリーン程度のマーケットが適正規模」とは、他の配給関係者の弁。だがそれも、映画館のスケジュールが空いていれば、という前提の上でだ。夏休みのように、各社の目玉作品がシネコンにズラリと並んでいる状況では、その中に割り込むことは困難だ。2006年の夏休み興行はといえば、まさに群雄割拠。「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」「M:i:iii」、ピクサーのアニメ映画「カーズ」、日本映画では「ゲド戦記」「ブレイブストーリー」「劇場版ポケットモンスター」、そして「日本沈没」といった、そうそうたる大作・話題作が揃っていた。

 外国映画ならば10億円前後の宣伝費をかけ、日本映画では製作委員会のメンバーたるテレビ局の手によって、連日電波を私物化したスポット攻勢や出演者たちの番組出演によって大規模なパブリシティが行われるのが常である。テレビ局が出資しているわけでも、旬の俳優が出演しているわけでもない(アニメだから当然だが)、「時をかける少女」の旗色は明らかに悪かった。
 結果的に「時をかける少女」は、都内はテアトル新宿のみ(これはテアトル側から、当面都内はテアトル新宿の独占上映という形をとることを提示された事情もある)、9大都市では名古屋・ゴールド劇場のみ。ローカルではシネプレックス平塚、京成ローザ10、シネプレックス幕張、シネプレックスわかばの計4スクリーンで、7月15日からの上映が決定した。このうちシネプレックスは、角川グループのシネコン会社である角川マルチプレックス・シアターズの経営だ。
 7月15日の初日を目指して、全国6スクリーンという規模とはいえ、入れ物は揃った。あとは肝心の中身がどうなるか…。
 
【七夕の夜の、感動と衝撃】
 筆者は「時をかける少女」を、2006年7月7日夜、なかのZEROホールで行われた、完成披露試写会で見ている。作品を鑑賞した後の、心地よい、されど重量級の衝撃と感動は、未だ忘れることが出来ない。小学生時代、NHKの少年ドラマ「タイムトラベラー」と出会い、その原作とノベライズ小説も読破し、もちろん大林宣彦監督版の実写版「時をかける少女」もリアルタイムで鑑賞している。そうした“歴代「時かけ」”の、どれにも似ていない、まったくオリジナルな内容。しかしその根底に流れる少女の思いは、まさしく筒井康隆のジュブナイル小説「時をかける少女」だった。
 この披露試写会の、内外での反響は、それは凄まじかったようである。しかしメディアがこぞって「時をかける少女」の話題を取り上げ、月刊誌や週刊誌に好意的な記事が掲載された時、すでに映画は上映中であった。

 一方角川ヘラルド映画では、7月15日から、テアトル新宿など6スクリーンでスタートという決定に対して、当時社長だった黒井和男が異論を唱えていた。
 「社内では有名なことだけど、公開時期をめぐって、僕と黒井との間で意見が分かれ、怒鳴り合いのケンカにまでなっちゃったんだ」と、荻野。7月15日公開で手はずを整えた荻野に対して、黒井社長の意見は「秋になってから、もっと多くのスクリーン数で上映したほうが良い」というものだった。劇場公開時の興行収入の最大化を目的とする、配給会社の立場からすれば、これはもう圧倒的に黒井の主張のほうが正しい。2億7000万円の製作費を投じた作品を、都内単館ロードショーから展開する方法では、原価回収さえもおぼつかないことが予測できるからだ。少しでも投下資本を早く回収し、リクープの確率を高める意味でも、公開時期をズラし、より大きな市場に出すべしという理論は、ビジネスとしては、すこぶる真っ当だ。
 しかし、「時をかける少女」の場合は違った。製作委員会の「夏にこだわる映画」との主張は強く、最初はこの映画の存在そのものに疑問を抱いていた荻野が、今度は委員会の意向を代弁する形で、夏公開の正当性を黒井に説明。結果的に、黒井が主張を曲げることとなった。

第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)後編
第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)前編

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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)後編

誰もがこの映画の幸福を願い、ベストをつくした「時をかける少女」。

斉藤守彦
 
【夏休み期間中、最低だったのはオープニング・ウィーク】
 7月15日の公開以降の様子は、あえて記すこともないだろう。ここはデータを中心に「時をかける少女」の興行面での足跡を追ってみることにしよう。

☆テアトル新宿でのオープニング興行成績は、入場者数3103名、興行収入465万4400円(3日間集計)。第1週目の週計成績は、5151名、744万9700円と好調なスタート。
☆また第1週目における、全国6スクリーン計成績は、7774名、1123万6000円。
☆第2週目にあたる7月22日からは、プリント数が13本に増え、新たに大阪、神戸、福岡、札幌とローカル3スクリーンが戦列に加わった。このおかげで全国週計成績は 1万2102名、興収1780万700円をマークする。
☆第3週目もこのマーケットは維持され、全国週計成績は1万6992名、興収2341万7900円と、前週対比31.5%の伸びを見せた。
☆第4週目になって、稼働プリント数(=上映スクリーン数)は9本。全国週計成績も1万3723名、興収2004万8400円とダウンするが、第5週目には池袋・テアトルダイヤでの上映がスタートしたことと、最稼働期であるお盆シーズンにかかったことから、全国週計成績は、これまでで最高の1万8694名、興収2724万500円を記録する。
☆第6週はプリント本数も12本に増え、全国週計成績1万4624名、興収2321万860円と2000万円台をキープ。さらに夏休み最終週となる第7週は、プリントが14本に増え、全国週計成績1万7245名、興収2321万860円を記録した。

 プロデューサー、監督がこだわった「夏休みでの上映」で、「時をかける少女」は、9月1日までに、累計1億4529万1560円をあげることが出来た。このうちテアトル新宿での週計成績は、第5週の8308名、興収1238万900円が最高。最も低かったのは、なんと第1週の5151名、興収744万9700円であった。
 これは実に興味深い推移である。通常、全国規模で公開する作品は、オープニング・ウィークである第1週の成績が最も良く、以後ダウンを続けていく傾向にあるからだ(特に派手なオープニングを飾る、ハリウッドの大作映画はこの傾向が、特に顕著)。第1週より2週、3週と、上映を重ねるごとに観客数が増え、興収がアップするということは、まさしくクチコミの効果と言うほかない。
 
【パンフレット購買率31%、メガネ女子祭り…イベント連打】
 メイン館であるテアトル新宿の売店における、物販のデータを見てみよう。まず商品別の売上個数では、ダントツでパンフレットがトップ。12週間の上映期間中、1万6199冊を売った。これは観客全体の31%が購入したことになる。続いて人気があったのはCDの類で、主題歌CDが925枚、サントラCDは862枚が売れている。さらには絵コンテ集570冊、文庫本558冊、コミック344冊と、書籍類も健闘。クリアファイルセット350、マグカップ80、携帯ストラップ195、公式ノートブック159。中には全商品を大人買いしたファンもいたことだろう。
 なお話題作りとファンサービスのために、上映中には数々のイベントやサービスが行われた。こうしたことに対して即座に対応し、宣伝サイドと協調出来るのも、イベント興行が多い同劇場の強さと言えるだろう。テアトル新宿で行われたイベント、サービスの類は次の通り。

★ロビーにて「私がタイムリープできたら」短冊(出演者、試写観客による) 展示(7月15日〜)
★初日来場者ブレゼント(ポストカード)
★7月29日に「細田守×時かけオールナイト」開催
★スタンプ3つで、非売品B2ポスターをプレゼントする、スタンプラリー開催
★8月8、18,28日の「8のつく日」3日間限定で、眼鏡着用女性観客にポストカードをプレゼントする「メガネ女子胸キュン祭り」サービス実施
★奥華子ミニライブ(8月8日)開催
★ヒット記念ポストカードを来場者にプレゼント(10月1日〜)

【10月の時点でプリント本数17本。都内5スクリーンで上映続行】
 評判が評判を呼び、じわじわと観客数を増やしていった「時をかける少女」は、夏休み終了後も安定した成績を見せ、実に第13週にあたる10月7日からは、最多本数であるプリント17本が稼働。この時点において都内だけでもテアトル新宿、テアトルダイヤ、渋谷Q-AXシネマ(現・シアターTSUTAYA)、キネカ大森、ユナイテッド・シネマ豊洲の5スクリーンで上映が続行されるという、根強い人気を見せていた。
 上映スタート当初には、後続作品が決まっていることで、観客動員が良いにも関わらず、上映を打ち切らなければならないケースもあった。例えばシネプレックス平塚は、第1週入場者数465名、第2週483名、第3週943名と、週数を追うごとに観客の数が増えている(特に第3週の伸び率には目を見張る)。にも関わらず、前述の理由で上映は3週間で終了した。観客数の増減に柔軟に対応出来るはずのシネコンが、番組数を抱えすぎたことで、そのメリットが活かされていないという問題を感じずにはいられない。

 また「時をかける少女」を高く評価したのは、観客たちだけではなかった。フジテレビの亀山千広(現・執行役員常務映画事業局長)が作品を鑑賞し、絶賛。即座に地上波TV放映権を獲得し、2007年7月21日の「土曜プレミアム」枠、08年7月19日と、2回に渡ってオンエアした。東京テアトル・沢村敏によると「テアトル新宿で単館上映された日本映画が、ゴールデン・タイムで全国放映されたのは、初めてのケース」とか。
 ちなみにフジテレビは「時をかける少女」の1週前に、長編アニメ映画「ブレイブストーリー」を製作しており、これは米メジャー系であるワーナーが、いわゆるローカル・プロダクションの1本として配給、全国363スクリーンで一斉公開した。単館ロードショーからスタートした「時をかける少女」とは、対象的なマーケティングだ。最終的に「ブレイブストーリー」は、興収20億円をあげたが「フジテレビが本格的な長編アニメに挑戦したことが大きな話題になった割には、物足りない成績」との声が当時多かった、と筆者は記憶している。
 
【最終入場者数18万8092名、興収2億6439万40円】
 2007年1月26日までにおける「時をかける少女」の総興行成績は、入場者数計18万8092名、興行収入計2億6439万40円。述べブッキング数(総上映スクリーン数)は102で、興収のうち9大都市のシェアが74.5%を占める都市型の展開であった。仮にこの作品を、充分なP&Aをかけて最初から全国公開をしたならば、9大都市とローカルのシェアは逆転しなければならないだろう。
 前述した通り、製作費2億7000万円、P&A5000万円(後に1000万円増額して6000万円)に対して、興収2億6439万円は、配給会社としては成功とは言えない。興収の約半分は興行サイドの収入となり、残った額(いわゆる「配給収入」)からP&A、配給手数料などを差し引いた場合、製作委員会に還元される額は、おそらく1億円を下回ったであろう。ただし、DVDなどのパッケージ・メディア、あるいは地上波・衛星放送などへの放映権セールスなどからの収入によって、現時点ではリクープしたものと推定できる。

 3年前にあがった数字を見つめながら、ぽつんと荻野が言った。「こんな経験は、初めてだったよ…」。
 あくまで夏休み公開にこだわった製作委員会、その希望を現実的なマーケティングに反映させた配給会社、そしてリスクを承知でスケジュールを空けた映画館。誰もがこの映画の幸福と成功を願い、その実現のために、それぞれのポジションでベストをつくした。その方法論と結果については様々な評価があるだろうが、それは今後の課題だとは言えないだろうか。少なくともこうしたやり方を通して「時をかける少女」が投じた一石は、これからのアニメ映画、とりわけクールアニメのマーケティングに反映されるはずだ。
 細田守監督の新作「サマーウォーズ」はワーナーの配給で、この夏公開される。マーケット・サイズは全国100スクリーン前後の予定だという。
(文中敬称略/取材・資料提供に応じてくださった方々に、心より感謝します) 

第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)前編
第6回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(3)中編

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2009.02.25
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編
TVセカンド・シリーズとの差別化を目指した「ルパン三世(ルパンVS複製人間)」は、「ナイル殺人事件」とのセットで全国を席巻した。

斉藤守彦

【ホワット・イズ・クールアニメ?】
 それにしても「クールアニメ」とは、よくぞ命名したものである。現在テアトル新宿で開催中の「クールアニメ・セレクション」における「クールアニメ」の定義とは、「コアから派生する一般アニメで、作家性の強い作品」とのことだが、我が「特殊映像ラボラトリー」では、これにマーケティング的要素を加えたい。
 つまり、従来のファミリー向けアニメ映画が、いわゆるブロック・ブッキング=邦画系で上映されてきたことに対して、クールアニメは洋画系=フリーブッキングでの上映が中心である。マーケティング的な視点で両者の最も大きな違いを述べるとすれば、邦画系での展開は特定期間、特定の映画館での上映であることに対して、洋画系では作品の成績本意で上映期間は柔軟に延長(あるいは短縮)することが出来、また上映館も同様に作品の興行力を反映したスケールになり得るあたりだ。
 
【「宇宙戦艦ヤマト」のヒットが、アニメ映画のマーケティングを変革した!】
 「東映まんがまつり」を代表とする、我が国のアニメ映画といえば、幼児層を狙ったファミリー向け番組として邦画系で上映というパターンが、それまでの主流であった。ところが1977年8月公開の「宇宙戦艦ヤマト」が洋画系での展開で配給収入約9億円を計上。また観客の中心もファミリーではなくティーンエイジャーと、アニメ映画の新しいサクセス・パターンを創り上げた(それ以前も、手塚治虫の「千夜一夜物語」「クレオパトラ」「哀しみのベラドンナ」など、大人向けアニメ映画を洋画系で上映した前例はあったが、「ヤマト」ほどの興行的成功は見られなかった)。

 その「ヤマト」のヒットから1年余。東京ムービー新社(現・トムス・エンタテインメント)が初の本格的長編劇場用アニメ映画として「ルパン三世」(ここでは他のシリーズ作品と区別するために、「ルパンVS複製人間」と呼称する)を製作。1978年12月16日より東宝配給によって全国公開される。
 興行展開の中心となる、いわゆるチェーンマスターは、東宝洋画系の丸の内東宝で、独自のチェーンを形成するこの劇場網は「グレート・ハンティング」「アドベンチャー・ファミリー」など、エンタテインメント要素が濃厚な作品をヒットさせていた。その正月番組に起用された「ルパンVS複製人間」だが、この作品には興味深いメイキング・エピソードが存在する。まずは、それをひもといてみよう。 

【故・藤岡豊が目指した、“大人のためのアニメ「ルパン三世」】 
 「ルパン三世」はファースト・シリーズ23本が1971〜72年にオンエアされたものの、低視聴率で終了。ところが再放送で人気シリーズとなり、1977年10月からはセカンド・シリーズがオンエアされたことは広く知られるところだ。視聴率的にも前シリーズの汚名を挽回したセカンド・シリーズ。その支持層は、主に中・高校生のアニメ・ファンだった。
 ティーンエイジャーの人気を得た「ルパン三世」の映画化といえば、テレビと同様、十代の観客を狙うのがビジネス上のセオリーだが、当時の劇場版スタッフは、セカンド・シリーズの人気に便乗するのではなく、むしろセカンド・シリーズとは異なる内容で、より高い年齢層を狙った。これは東京ムービーの創設者である、故・藤岡豊が「色気のある、大人のアニメを作りたかった」との意向が、大きく反映された結果だという。

 「ストーリーも、絵の展開も、いかにスケールアップ出来るかが映画のポイントとなった。つまりテレビ・シリーズとの差別化を第一義に考えた」とは、「ルパンVS複製人間」当時、東京ムービー新社で宣伝・営業担当を、現在はトムス・エンタテインメントのスーパーバイザーを務める熊井良助の証言だ。
 「クローンの登場には、賛否両論があったが、前述の理由(テレビとの差別化)の理由で採用が決定。また、劇場用アニメ化が決定した1977年当時は、007シリーズが絶好調で(77年12月に公開され、配収31.5億円の大ヒットを記録した「007/私を愛したスパイ」と思われる)、「ルパンVS複製人間」も相当に意識し、息をもつかせない、観客の想像を絶するアクションに、スタッフは苦心した」。

 実際に、この“原点回帰”を目指した劇場版の監督候補には、ファースト・シリーズ初期編を演出した、大隅正秋(現・おおすみ正秋)の名があがったという。ところが「映画としての新しい魅力を構築する意味から、吉川惣司監督が劇場用として打ち出した、“クローン”に勝負を賭けた。
 SFタッチの内容にしたことも、テレビとの差別化を図ったことが最大の理由」と熊井は言う。どこまでも東京ムービー新社が目指したのは、“ヒットしたTVアニメの劇場版”ではなく、“1本の映画として、オリジナルな魅力を持つ、大人の観客向けの作品”であったのだ。
 
【配収9.15億円の背景にある、絶妙なマーケティング戦略】 
 さてそうした製作サイドの意気込みは、マーケティングに反映されたのだろうか?データをもとに、多角的に検証を行いたいところだが、なにしろ30年以上前の作品とあって、興行成績などの詳しいデータが残されていない。加えて東宝は旧作の興行成績とその推移を現在一切公表していない。それ故断片的なデータから全体像を類推するしかない事情を、お察しいただきたい。
 結果から言えば、「ルパンVS複製人間」の配給収入(現在では興行収入=興収が映画の収入を表す単位となっているが、1999年までは配給収入=配収であった。興収は入場料金のトータル額で、配収は、そこから配給会社が得る金額を意味する)は、「キネマ旬報」780号によれば9.15億円あり、これは1979年(78年12月に公開された正月映画は、精算のタイミングから79年作品として扱われる)に東宝が配給した作品(番組)中、第4位の成績。1位は「あ々野麦峠」(14億円)、2位「ベルサイユのばら」(9.3億円)、3位「炎の舞」「ピンク・レディーの活動大写真」(9.2億円)で、5位は「ホワイト・ラブ」「トラブルマン・笑うと殺すゾ!」(8.6億円)であった。10億円の大台を超えずとも、大健闘の成績と言える。東宝としては「チャンピオンまつり」などでファミリー・ターゲットのアニメ映画は扱い慣れていたものの、大人をターゲットにしたクールアニメは初めての経験であった。

 当時のマーケット環境も考慮した上で、「ルパンVS複製人間」という作品のビジネス・パワーを検証すると、いくつかのユニークなマーケティング戦略を発見することが出来る。
 まず第一に、「ルパンVS複製人間」の配収の成り立ちについて検証してみよう。前述した通り、「ルパンVS複製人間」は、丸の内東宝をチェーンマスターとした、東宝洋画系で公開された。メイン館である丸の内東宝は、「公開前日から熱狂的なファンが押し寄せ長蛇の列を作り、丸の内警察署の警官までが、観客整理に参加する結果となった」とは、これまた熊井の証言。
 ユニークなのは、この映画のローカルでの上映方法だ。東宝は子会社である東宝東和が配給するイギリス映画「ナイル殺人事件」との2本立て番組で、「ルパンVS複製人間」を上映したのだ。映画のマーケットは、9大都市(東京・大阪・名古屋・札幌・川崎・横浜・神戸・京都)とローカル地域に大別されるが、この9大都市のうち名古屋・福岡・札幌と、ローカルが「ルパンVS複製人間」「ナイル殺人事件」を2本立てで上映した。当時は映画館数の少なさをカバーする意味でも、ローカルでは2本立て興行が主流であった。

 そうしたマーケット環境を考えても、親会社と子会社という関係こそあれ、違う配給会社同士が2本立てを組むという事態は、極めて珍しい。当時の配給関係者によれば、この2本立てを提案したのは、親会社である東宝とのことだ。つまり、1979年の時点では、現在とは逆にマーケットでは洋画の力が強く、東宝としては洋画系に邦画、それも未経験の“大人向けアニメ”を公開することに不安があったのだろう。女性をメインターゲットに据えた「ナイル殺人事件」とのカップリングは、「ルパンVS複製人間」にとっても有効であり、豪華2本立てというお得感を与えることも出来る。
 その狙いは当たった。「ルパンVS複製人間」が配収9.15億円をあげたのに対して、「ナイル殺人事件」は、実に19億円を計上した。これは1979年における、洋画配収第2位(第1位は「スーパーマン」の28億円)にあたる成績だ。つまり「ルパンVS複製人間」「ナイル…」の2本で、計28.15億円の配給収入をあげたことになる。この番組配収28.15億円を、いかにして各作品に配分したかといえば、これは東京と大阪のロードショーの成績を基準にして比率を決定する(配給関係者が言う「アロケーション」)。

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編

[筆者の紹介]
斉藤守彦

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)後編

斉藤守彦

【豪華2本立て番組は、その後のシリーズでも継承された】 
 製作サイドでも、この2本立てが「ルパンVS複製人間」の観客層の拡大に貢献したことを認めており、「ローカルの映画館では、午後2時までが『ルパン…』の観客で、夕方以降は『ナイル…』目当てのカップルが来館。
 結果的に『ナイル…』を見に来たカップルにも、『ルパン…』を見てもらうことが出来、映画館としては昼間から客席が埋まった、と千葉の劇場から感謝されました」(熊井の証言)。

 配給を手がけた東宝と東宝東和が、この2本立てとその興行成果を高く評価したことは、「ルパンVS複製人間」に続いて製作された「カリオストロの城」が「Mr.Boo!/ギャンブル大将」、「バビロンの黄金伝説」が「ランボー・怒りの脱出」と、いずれも東宝東和配給の外国映画とのカップリングで公開されたことが証明している。
 では、もし仮に「ルパンVS複製人間」が現在のように、全国1本立てで公開された場合、9.15億円という配給収入(今日の興行収入に換算して、約18.3億円)をあげることが出来ただろうか?
 正直なところ、それには疑問が残る。「ルパンVS複製人間」の東京地区の興行収入は2.53億円で、これは80年における洋画系上映作品では第19位にあたる。18位の「ディア・ハンター」が都内興収2.79億円、配給収入4.4億円だったことから、「ルパンVS複製人間」はかなりローカルでの上映で“得をした”ことになる。また90年代に公開された「ルパン三世」シリーズの劇場用映画「くたばれ!ノストラダムス」「DEAD OR ALIVE」が、それぞれ全国1本立てで上映され、配収5億円以下しかあげられなかったことを考えると、ローカル地区における「ルパン…」「ナイル…」の2本立ての強さを、改めて思い知らされるというものだ。
 
【1983年にリバイバル公開された「ルパンVS複製人間」】
 「ルパンVS複製人間」に続いて1979年12月に公開された、シリーズ第2作「カリオストロの城」は、当初の想定を下回る興行成績に終始した。この時代、都内ではロードショー劇場、邦画封切館の他、二番館や名画座といった映画館が点在した。下番線と呼ばれるそうした映画館では、「ルパンVS複製人間」と「カリオストロの城」の2本立てが、当時頻繁に上映されたことを、筆者は記憶している。
 私自身が「ルパンVSクローン」と「カリオストロの城」の2本立てを鑑賞したのが、記録によると1981年7月24日。池袋の名画座・文芸地下であり、夏の暑さをさらに倍加させるほどの混雑ぶりを、はっきりと覚えている。

 こうした「ロードショー公開時には話題にならなかったが、下番線で人気を集める」、いわゆる“名画座ヒット作”が、当時は存在した。ジョージ・ルーカスの「アメリカン・グラフィティ」しかり、タイムトラベルSFの名作「ある日どこかで」しかり。「カリオストロの城」の場合、その後押しをしたのは、アニメ雑誌での記事や、宮崎駿監督の特集でその面白さを、遅ればせながら知った観客たちの存在であることは間違いない。
 この傾向は大都市の下番線だけのものと思いきや、それが全国に拡大したのには驚いた。時に1984年秋。同年8月に東宝が公開した「零戦燃ゆ」が、予想以下の成績となったことで、急遽「ルパンVS複製人間」「カリオストロの城」のリバイバル公開が、東宝邦画系の映画館で行われたのだ。9月15日から3週間、「アニメージュ」のアニメ・グランプリベスト1受賞記念、という名目での上映で、ルパン2作品と「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」(地域によっては「超時空要塞マクロス」)がセットされた、アニメ・ファン狂喜、まさに夢のような番組であった。

 当時の新聞広告を見ると、東宝邦画系のメイン館である千代田劇場こそ「零戦燃ゆ」を続映したものの、渋谷、上野、新宿といった都内をはじめ、川崎、小田原、横須賀、甲府、静岡、浜松あたりまでこの番組の公開が告知されていることから、全国的に上映されたと判断して間違いないだろう。
 こうした下番線上映、大規模なリバイバルまで行われた「ルパンVS複製人間」の、今日までの配給収入は、初公開時の9.15億円を上回り、現在では10億円に達していることは、想像に難くない。

【映画のマーケティングとは、作り手の「意思」を拡大していく作業】 
 いかなる映画においても、その源泉は「意思」である。「作品」を創るという作業は、その「意思」に形を与えることに他ならない。「ルパンVS複製人間」の製作にあたり、故・藤岡豊は、当初から目論んでいた「大人向けのアニメ」を目指し、ティーンから支持されていた、セカンド・シリーズとは明確な差別化を行った。
 そうした「意思」の中で、吉川監督は「クローン」というSF的な要素を「ルパン三世」というフォーマットに込めた。「作品」を「配給」「興行」といった手段で、「商品」として流通していくことは、つまり、形を持った「意思」の拡大作業に他ならない。

 「ルパンVS複製人間」は、配給・興行各社のマーケティング戦略によって、商業的には成功を収めることが出来た。しかし、その成功は、果たして藤岡の「意思」を充分に反映したものであっただろうか?
 「『ナイル殺人事件』との2本立てがティーン層を集めて成功したことが、『カリオストロの城』では観客の対象年齢を下げることにつながった」との指摘も無視することはできまい。

 原作者モンキー・パンチから、映像化にあたっては全権を委託されている、東京ムービー新社の経営者としての藤岡の「意思」は、成功を収めたが、クリエイターとしての思いはどうであったのだろうか?
 もしもそれが全う出来なかったとするならば、その「意思」を実現して成功に導くことは、今日でも新作を作り続けている「ルパン三世」シリーズに関わる者たちの責務ではないかと思うのだが、いかがだろうか。

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編

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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編
クールアニメの代表作「アキラ」は、“作家を守る”出版社の姿勢を活かして作られた。

斉藤守彦

「皆さん、心地よい疲労感をお感じになっているようで…」。

 今でもはっきりと覚えている。1988年7月。公開直前に行われた「アキラ」の披露試写会。それに続いて帝国ホテルで開催された、完成記念パーティ(バブル時代は、何かにつけてこの種のパーティが行われていた)における、松岡功東宝社長(現・会長)の、これが乾杯の挨拶であった。
 今やクールアニメの代表作と言っても良い「アキラ」だが、そのメイキング・エピソードはほとんど明らかになっていない。そこで「アキラ」に製作担当として参加した講談社の角田研に、映画化に至る経緯などを聞いてみた。
 
【「アキラ」の監督候補には、押井守の名前も挙がっていた】 
 
−そもそも、なぜ講談社が製作委員会を組成して、「アキラ」をアニメ映画化しようとしたんですか?
角田
80年代の半ば、講談社は映像分野への進出を試みていました。「アキラ」の前には「SF新世紀・レンズマン」というアニメ映画や、記録映画「東京裁判」などを製作しています。 

−原作者の大友克洋さんを監督に起用したのは、当初から決まっていたのでしょうか?
角田
いいえ。最初は別の監督をたてる予定で、候補者の中には押井守監督もいました。ただ、どの監督にしても原作者が納得しない。ついには「自分でやるしかないか」と言い出して…。

−こだわりのある原作者ですもんね(笑)。
角田
でも「アキラ」では、それが良いほうに出ました。大友さんご本人はいたって気さくな方なのですが、スタッフは最初「とっても厳しい人らしい」とビビってました。
まあこういうのは、よくある「気の使いすぎ」なんですが、でもそういう緊張感を持っていたので、スタッフがみんな、最初から全力を出してくれたんですよ。

−とにかく「監督に叱られないように」という気持ちで(笑)。
角田
だからクォリティは、最後まで落ちなかったですね。

−当時「アキラ」は連載中でしたが、大友監督としては、映画版はどのようなストーリーにしようと考えたのでしょうか?
角田
大友監督の書かれたプロットだと…あの、「アキラ」って春木屋のシーンからドラマが始まるじゃないですか? 

−そうですね。山形が金田を迎えに来る。
角田
あそこへ行くまでに、大友監督の当初のプロットだと50分かかるんです。

−上映時間が、どれだけになるのか(笑)。
角田
それで、当時「スケバン刑事」などのシナリオを書かれていた、橋本以蔵さんを起用しました。東京ムービー新社の推薦です。
彼にストーリーの中心を、金田VS鉄雄の、いわば“個人対個人”の戦いに絞ってもらい、出来上がったプロットを大友監督が直す…というやりとりを7〜8回しました。

−「アキラ」が従来のアニメ映画と異なる、例えば声優さんたちの声を最初に録音するプレスコ方式や、芸能山城組の起用、CGの使用など、新しい方法論のすべては、大友監督の意向と見て良いのでしょうか?
角田
その通りです。プレスコは、録音の前に画コンテが上がらず、結局4回に分けて行いました。それでもコンテの完成は、録音前夜でしたが(笑)。また芸能山城組の起用にあたって、製作の代表だった、うちの鈴木(鈴木良平プロデューサー)が、山城祥二さんに「予算はいくらでも使って良い」と言ってしまったんです。
その瞬間、山城さんの眼がキラっと光り(笑)、彼は即座にビクターのスタジオを半年間押さえてしまいました(笑)。

−その一言を言ったが最後(笑)…。
角田
そのせいで、サザンオールスターズから苦情が来たそうです(笑)。
 
【東宝のお偉方は、「アキラ」に対して懐疑的だった】 
 「アキラ」に関する角田の話を聞いていると、公開後21年という年月を経た今日でも、未だ上映され続ける傑作を作り上げたという誇りと、その製作に携わったことの喜びが、ひしひしと伝わってくる。ところが公開時の状況は、必ずしも恵まれてはいなかったようだ。「アキラ」の宣伝プロデューサーを務め、現在トムス・エンタテインメントに在籍する芝裕子によれば、「アキラ」について当時の東宝のお偉方は、自信を持っていたようではないらしい。
 「『アキラ』は、私の宣伝プロデューサー・デヴュー作なので、当時のことを色々と覚えています。私が若かったせいもあり、関西支社のエライ人から、まずポスターについてお説教されました。最初に作った、ネオ東京の中心に黒い球体があるポスターは“暗すぎる”、バイクに乗ろうとする金田の後ろ姿を描いたものは“客に背中を向けるとは何事だ”と」。

 たかがポスターと言うなかれ。映画のマーケティング戦略上、ポスターは非常に重要な役割を果たすアイテムなのである。映画を製作する人々、配給に携わる人々、実際に映画館で観客に接する興行の人々。この三者が、どのような映画を作り、どのような映画でビジネスを行うのか。ポスターはそのシンボルであり、フラグシップなのである。
 「宇宙からのメッセージ」を撮影していた深作欣二監督は、広告代理店が作った、宇宙空間に宇宙船が浮かんだポスターを見て「俺たちは、こんな映画を作ってるんじゃない!竹槍でSFやってるんだ!!」と怒ったという。また「アキラ」と同じ年、東宝が配給した「となりのトトロ」と「火垂るの墓」のポスターを見て、東宝の重役が「暗すぎる。こんなポスターでは客は来ない!」と指摘し、徳間書店の鈴木敏夫と口論になり、「観客ってのは、映画を腹で見るんだ」との名(迷?)言を残している。
 ポスターとは、それほどまでに重要な役割を果たすのだ。当時の東宝のベテランたちが、まだ若い芝にそのことを諭したのも分からない話ではない。が、その後に作られた、おそらくは東宝のお歴々の意向も反映したであろう2種類のポスターは、最初のものに対して、あまりに見劣りする絵柄であったが…。

 それでも宣伝プロデューサー一年生の芝には、ある種の確信があったという。
 「当時の東宝宣伝部では、アニメ映画のパブリシティは、宣伝プロデューサーが自分でやっていました(実写映画の場合、パブリシティはパブリシティ室のスタッフが担当する)。なので多くのマスコミの方と接する機会があり、彼らと話していると、“あの『アキラ』が映画になるんだってね!!”といった、熱い反応をよく目にしたんです。ですから社内のお偉方が何と言おうと、私はこの映画の成功を信じていました」

 その芝が、「アキラ」の観客対象としてターゲティングしたのは、中高生から大人という層だった。さて実際にはどのような客層だったのか?芝が当時、上司に報告するために作成した「アキラ・レポート」には、客層や興行概況が詳細に記されており、このレポートの冒頭には、次のようなことが書かれている。
 「アニメ・イコール子供向き、という受け止められ方が公開まで、映画会社である東宝にも上映劇場にもあった。蓋を開けてみて、初めて観客の年齢層の高さに仰天したという。」

 「心地よい疲労感」とやらを感じつつ、今ひとつ懐疑的な東宝のお偉方を尻目に、「アキラ」は絶好調のスタートを切ったのだ。芝の目論見は当たった。いや、実際は彼女が想定した以上に、大人の観客が多かった。都内上映館である渋谷パレス座(現・渋谷シネパレス)では、一般券の売り上げ枚数が全体の51%を占め、高校・大学は29%、中学は7%という比率であった。
 芝はレポートで「一般客のほとんどが、大学を卒業したてのヤングサラリーマンで、原作『アキラ』の連載中からのファン(連載は昭和57〜61年だから、当時16〜18歳の人達)も多い。したがって、ロードショー期間中は最終回が混雑する。
 またオールナイトは、渋谷パレス座においてアニメ新記録を作った」と述べ、「劇場は『子供向きのアニメばかりではない。大人のアニメもある。』と、アニメへの認識を改めたということだが、一方では一般の観客の多さを『嬉しい誤算』だった、とも言う。しかし、宣伝的には“誤算”ではなくて、想像以上に良く来た、と見るべきだろう」と結んでいる。

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)後編

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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編

斉藤守彦

【“アニメに強い”名古屋だけの逆転現象】 
もう少し、データをあげてみよう。
 芝のレポートに書かれた、チェーンマスターであるニュー東宝シネマ1(現・TOHOシネマズ有楽座)での観客構成にも、“大人の観客”の優勢ぶりが現れている。

 ■ 第1週(7/16〜22)=一般72%、学生23%、中学生4%
 ■ 第2週(7/23〜29)=一般65%、学生25%、中学生6%

この傾向は、他の大都市においても、名古屋を除いて同様の現象を見せている。
 ■ 札幌プラザ2=一般46.3%、大学・高校生35.8%、中学生13.2%、小人4.7%
 ■ 札幌ポーラスター=一般55.0%、大学・高校生32.0%、中学生10.0%、
    小人3.0%
 ■ 名古屋名宝シネマ=一般35.6%、大学・高校生59.7%、中学生4.7%
 ■ 大阪三番街シネマ3=一般50.0%、大学・高校生40.0%、中学生・小人10.0%
 ■ 福岡シネマ2・3=一般46.2%、大学・高校生31.0%、中学生15.4%、小人7.2%
                                  (1988年9月1日現在)

 名古屋だけが大学・高校生の比率が60%を占めたのは、特にアニメが強い地域であり、「アニメ・ファンの高校生をよく集客したということか」と、レポートには記されている。観客の男女比は7対3で男性有利と、これまた芝が事前に予想した通りとなった。
 1988年7月16日より、ニュー東宝シネマ1、大友監督の希望によって1週間だけ70ミリ・バージョンを上映した日劇プラザ(現・TOHOシネマズ日劇3)をはじめとする、全国78館で公開された「アキラ」は、ムーブオーバーなども含め、配給収入7.5億円を計上した。東宝としては、経験のないタイプのアニメ映画だったが、これは充分にヒットと形容出来る成績である。

 また翌89年3月、“国際映画祭参加バージョン”と銘打った「アキラ・完全版」がテアトル新宿で公開されており、これが配収1億円をあげたと、当時業界紙記者であった筆者は記憶しているが、あいにくそれを証明する資料が見あたらない。
 なおこの「完全版」は「本編の数カ所、数カットと編集を直して、サウンドをつけ直したバージョン」で、劇場公開後に発売されたビデオ、LD、DVDなどのパッケージ・メディアはこのバージョンをマスターにしているとのことである。
 
【大友克洋を守り抜いた、講談社の“出版社としての姿勢”】 
再び角田との会話。

−結局「アキラ」の製作費は、いくらかかったんですか?
角田
当初の予算は5億円でしたが、最終的に7億円になりました。ただ、最近ブルーレイ・ディスクになったように、新しいメディアが登場すると、必ず商品化されるタイトルです。そういう意味では、息の長いビジネスを展開しています。

−アメリカで、「アキラ」のリメイクが計画されているという情報が、何度か入ってきたのですが、現在の進行状況は?
角田
ワーナーで作るとの話を耳にしましたが、現在どうなっているかは分かりません。おそらくシナリオの段階まで行ってないのではないでしょうか?
個人的な意見ですが、「アキラ」の舞台になっている2019年とは、つまり第二次世界大戦直後の日本をイメージしているんですね。オリンピックを間近に控えて、高度成長が始まろうという時期。そうした時代背景が、敗戦を経験していないアメリカ人では分からないと思います。
ですから、もしアメリカ版を作るのであれば、ワーナーのようなメジャーではなく、インディペンデントの会社のほうが相応しいでしょうね。

最後にした質問から得られた回答は、実に意義の深いものだった。

−なぜ講談社は、大友克洋という作家を、そこまで守ったのですか?アニメ制作中にも、色々とトラブルや行き違いがあったと思います。しかし御社は、大友克洋の意向のみならず、全人格さえ尊重したように見えます。
角田
それは、この会社が出版社だからでしょうね。事実、製作委員会の中でも、大友監督については様々な意見がありました。
ですが、その都度我々が大友監督の立場とその意向を守りました。出版社とは、作家を大切にし、守るところなのです。ただ…正直なところ、大友さんの個性を把握している私でも、数回彼に本気でアタマに来たことがありました(笑)。

 作家の意向を尊重し、守る姿勢。「出版社とは、そういうものだ。それは映画を作る時でも変わらない」というこの意見を、筆者は以前も耳にしたことがある。それは、宮崎駿監督のアニメ映画を作り続けた、徳間書店の総帥である故・徳間康快にインタヴューした時だ。
 「俺は、宮崎が頼んできたことに、NOと言ったことはないんだ」。生前の徳間氏は、そう胸を張った。それはまさしく、作家を大切にする、出版社を代表する者の姿勢であった。

 いかにテクノロジーが発達した世の中になろうと、映画をオートメーションで作ることは出来ない。そこには血が通った人間の主義主張、思想感情が宿ってこそ、初めて人の心を打つことが出来るのだ。コンテンツ・メーカーたる作家を守る姿勢を、映画製作においても曲げなかった出版社に対して、プロデューサーが圧倒的な権限を持つテレビ局は、映画製作の面でも監督よりも出資企業、製作者の意向を最優先しているのは対照的だ。
 いかに優秀なマーケティング・チームが携わろうと、クリエイターの息吹を感じられないソフトは、しょせんその時だけの流行りモノ。製作・公開後21年。多くの人々を魅了してきた「アキラ」は、これからもクールアニメの代表作として、輝き続けることだろう。
 大友克洋が描いた2019年まで、あと10年…。

(取材・資料提供にご協力いただいた皆様に、心から感謝を捧げます)

次回「特殊映像ラボラトリー」クールアニメ・マーケティング・ヒストリー その3に続く!!

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編

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2009.01.25
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
 
第4回 私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(1)
「クウガ」~「龍騎」

斉藤守彦

 「仮面ライダークウガ」から始まった、平成仮面ライダー・シリーズも10周年。1月25日からスタートする「仮面ライダーディケイド」は、その10周年を記念したもので、クウガからキバまでの、歴代ヒーローが登場するという。
 そこで思い立った。
 この9年間、毎週ビデオのタイマー録画やDVDで見てきた、平成ライダー・シリーズを自分なりに総括というか、今日の視点からインプレッションをまとめてみるのも、また面白いのではないだろうか。9年間という期間を視聴者としての視点で、でも多少のビジネス的な要素も含めて、なんだかんだと語っていこうと決めたのである。あくまで「私論」なので、世間一般の評価とは違うところもあると思うが、それはそれ。そうしたギャップこそを楽しんでいただければ幸いである。
 
☆完全独走。俺が変えてやる。
「仮面ライダークウガ」

【DATA】
●オンエア期間=2000年1月30日〜2001年1月21日。全49話
●最高視聴率=11.8% 2001年1月21日(EPISODE49「雄介」)

【9years after impression】
●「仮面ライダーBLACK RX」以来11年ぶりとなるTVシリーズ版ライダーは、「もし、現実社会に怪人が出現したら?」を徹底したリアリティで追求。高寺成紀プロデューサーとスタッフが、妥協とご都合主義を避ける姿勢で臨んだことがうかがえる。
●あくびと青空が似合う主人公・五代雄介にはオダギリジョーが扮し、昭和ライダーの“孤独を背負った復讐者”的イメージを一新。とことん明るい性格の、前向きでいいヤツというヒーロー像を確立した。これは「クウガ」以降のシリーズ「アギト」「龍騎」にも踏襲されているが、オダギリの演技と個性が、その基盤を作ったと見て間違いなかろう。もはや「哀しみを乗り越えて、ひとり戦う」ヒーローは、時代に合わなくなってきたのか。それともバブル崩壊後の、どんづまりな世相を打ち破る狙いか。
●驚いたのは、怪人たちが主人公の拠点である喫茶店「ポレポレ」を襲撃しないことだ。またグロンギは、幼稚園を襲撃したり、川に毒を流したりという、かつてのショッカーが積極的に行った、極小規模な(セコい)侵略行為を行わない。雄介の妹・みのりもおやっさんも敵に囚われて人質になったりしないし、それを助けるべくライダーがアジトに乗り込むこともない。それが理由か、ライダー・シリーズに不可欠な、おやっさんの存在が「クウガ」では、単なるギャグメーカー的役割になってしまい、役名も「おやっさん」のまま。本名が明かされるのは最終回であった。これは立花藤兵衛が果たしていた指導者的役割を、一条刑事が果たしているからか。あるいは雄介が、精神的なヘルプを必要とせず、自らの力で困難を乗り切ることが出来る主人公だからそうなのか?いずれにせよ「クウガ」における「おやっさん」は、一種の記号的存在にすぎないのかもしれない。
●ドラマ演出に力を入れた「クウガ」だが、最終回直前というタイミングで、科警研・榎田ひかりが母親として苦悩するエピソートをオンエアしたことには、心底驚いた(EPISODE46「不屈」)。榎田を単なる脇キャラのひとりではなく、“家庭を持って戦っている”人物であることを、改めて強調。怪人とヒーローだけの戦いに終始しがちなシリーズに、ホモ・サピエンスの血を通わせることに成功している。

☆「誰も、人の未来を奪うことは出来ない!!」
「仮面ライダーアギト」

【DATA】
●オンエア期間=2001年1月28日〜2002年1月27日。全51話+「仮面ライダーアギトスペシャル・新たなる変身」
●最高視聴率=13.9% 2001年4月15日(第12話)
●映画=「劇場版 仮面ライダーアギト/PROJECT G4」2001年9月22日公開。興行収入12.5億円

【8years after impression】
●「クウガ」の世界観を踏襲しつつ、「クウガ」には希薄だった科学性を導入し、またアギト、G3、ギルスの3人のライダーを登場させ、それぞれのドラマを展開し、リンクさせることで作品世界の奥行きを広く見せた。
●石ノ森章太郎による“原作版”「仮面ライダー」や諸作品のテイストを取り入れていることも、大きな特徴だ。「仮面ライダー」「サイボーグ009」の主人公たちは悪の組織と戦うものの、そもそもがその「悪」の尖兵として誕生した経緯をたどっており、それが石ノ森作品に時折登場する“肉親との戦い”“親殺し”にも通底する。「仮面ライダーアギト」では、敵サイドの背景として、“光と闇の戦い”の一端としてアンノウンが人類抹殺を企てる、と定義しているあたりは、石ノ森テイストのバリエーションと解釈できよう。アギトたちが戦うアンノウンと呼ばれる未確認生命体を操っていたのが、実は人類の造物主であったという展開には驚愕!!
●その割には、光と闇の戦いの描写が、セーター着たふたりの青年が草っ原で手から光を出し合っているだけというあたりは、苦笑するしかないが…。
●オンエア当時、筆者は「人造人間キカイダー・トリビュート」というムックの取材・執筆をしていたが、ここに「神の涙」と題し、石ノ森作品における“親殺し”の存在と描写について論考を書いたが、その執筆の最中、“造物主との戦い”がまさにアギトで行われていたのには、再び驚愕!!
●ラスト5話(47~51)は、アンノウンを殲滅し、新たな道を進む翔一、涼たちの日常を描いているが、どこか付け足し的なドラマ展開に、オンエア当時は鼻白んだ。ところが今日再見すると、この5話分が重要な役割を果たしていることが分かる。「アンノウンを殲滅したものの、これからの社会を支配するのは、アギト化した人種ではないか?」との危機感を抱いた警察官僚が対策に乗り出すという展開は、実はあらゆるヒーローものが、“最終回後の可能性”として秘めている要素であり、そこに踏み込んだ野心と見識は、高く評価すべきだろう。この5話だけで1クールを割くほどのドラマが展開出来るとは思うが、それはそれで「仮面ライダー」のフォーマットから逸脱してしまう…。
●最高視聴率13.9%は、「キバ」終了時点における、平成ライダー・シリーズの最高記録。

☆「なんでだよ…!!」
「仮面ライダー龍騎」

【DATA】
●オンエア期間=2002年2月3日〜2003年1月19日。全50話+「仮面ライダー龍騎スペシャル・13RIDERS」
●最高視聴率=12.9% 2002年2月17日(第3話)
●映画=「劇場版 仮面ライダー龍騎/EPISODE FINAL」2002年8月17日公開。興行収入14.3億円

【7years after impression】
●その斬新なデザインから、筆者の周囲では「まるで電線マン」と評された新ライダー・龍騎。内容に関しても、13人のライダーが登場しバトルロワイヤルを繰り広げるストーリーと聞き、大いに不安が募った。そこには石ノ森章太郎原作の残像はなく、ヒット・キャラクターの地位を確立した「仮面ライダー」を、独自の戦略によって成功を収めようという、強いビジネス意図がかいま見えたからだ。
●内容面で特筆すべきは、スーツアクターと俳優たちの演技の違和感のなさである。これは「クウガ」「アギト」とシリーズを重ねてきた成果であり、例えば仮面ライダー王蛇に変身する浅倉威のクセを、変身後の王蛇が引き継いでいたり。これはスーツアクターと俳優が一体化して、初めてひとりのキャラクターを形成するという演出意図に基づくものだろう。平成ライダー・シリーズは、本編監督とアクション監督、特撮監督の3人の監督の手で創られるのだが、3人の監督たちの役割分担とコミュニケーションがうまく行っているからこそ可能となる作業であることは言うまでもない。
●しかしながら、ストーリー面では不満が残る。ライダーバトルの舞台となるミラーワールド。その謎を握る神崎士郎と妹・由衣とモンスターたちとの関係など、今ひとつ釈然としないうちに最終回を迎えた印象が強い。世界観の謎を追う形で進んでいても、メインイベントたるライダーバトルが始まるや、思考停止とばかりにストーリーの進行がストップしてしまうのはいただけなかった。
●劇場版において最終回を先行公開するという大胆な戦略は、大いに話題を集めたが、結果的にこの劇場版がシリーズ構成に絡んでくることで、説明を要する箇所が増えるにも関わらず、そうした複雑さが映像的にもストーリー的にも解消されたとは言いがたい。
●「クウガ」以来のイケメン俳優起用も、今回は選り取り見取りの豊富さで、犯罪者やら悪徳弁護士やら会社経営者やら占い師やら、バラエティに富んだキャラクターを、新人・中堅俳優たちが演じて見せた。中でも筆者のお気に入りは、アナザーアギトに続く中年ライダー(?)=オルタナティブ・ゼロの存在だ。その高い知性と、持って回ったもの言いが、若いライダーたちの中で異彩を放っていた。

私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(2) 「555(ファイズ)」~「ヒビキ」
私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(3) 「カブト」~「キバ」

[筆者の紹介]
斉藤守彦

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ 第4回平成仮面ライダー・シリーズとの9年間 ]
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
 
第4回 私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(2)
「555(ファイズ)」~「ヒビキ」

斉藤守彦

☆哀しみを繰り返し、僕らはどこへ行くのだろう…
「仮面ライダー555(ファイズ)」

【DATA】
●オンエア期間=2003年1月26日〜2004年1月18日。全50話
●最高視聴率=11.6% 2003年5月25日(第18話)
●映画=「劇場版 仮面ライダー555(ファイズ)/パラダイス・ロスト」2003年8月16日公開。興行収入15億円

【6years after impression】
●派手なライダー・バトルを展開した「龍騎」の後番組であることからか、地味な印象を残すシリーズだが、その内容は再評価に値する。半田健人、泉政行ら若手俳優たちを丁寧に演出した、田崎竜太監督の手腕が際だっている。現時点において田崎監督が第1話と最終話の両方を手がけているのはこの「ファイズ」のみ。
●劇場版を含めて多面的なビジネス戦略を展開した「龍騎」は、いわば“外側に対するアプローチ”であるのに対して、「ファイズ」は作品そのもののクォリティを高めるという、“内側に対するアプローチ”を行い、成果を上げたシリーズではないだろうか。劇場版製作発表時における、白倉プロデューサーの「TVシリーズの延長ではなく、1本の映画として面白い作品にする」とのコメントが、このシリーズが目指すものを明確に位置づけており、その劇場版「パラダイス・ロスト」は、現在に至るまで劇場版平成ライダー・シリーズ最高の興行収入をあげていることから、その試みは成功したと言って良いだろう。
●とはいえ龍騎以上に奇抜なデザインのファイズに加え、「ロード・オブ・ザ・リング」ならぬ「ロード・オブ・ザ・ベルト」とも言うべき、複数のベルトが複数のライダーを生む面白さ。さらに携帯電話をモチーフにした変身アイテム、主人公・巧の正体がオルフェノクという驚愕の設定、ヒロイン・真理の死など、例によってサービス満点の内容。あまりにも盛りだくさんすぎて、状況を整理して見ないと混乱を来したほどだ。
●啓太郎が、メル友だった結花の正体がオルフェノクと知ってもなお彼女を受け入れ、晴れてファーストデートを果たした当日、ロブスターオルフェノクに襲撃され絶命寸前の結花が最後のメールを啓太郎に打つシーンは、平成ライダー史上最も感動的なシーンのひとつ(第44話/石田秀範監督)。筆者はこのエピソードを録画で見て涙し、巻き戻して再び鑑賞し再びさめざめと泣き、その足でクレインオルフェノクのソフビ人形を買いに行き、TVの隣に飾ったのであった…。

☆心に剣、輝く勇気。
「仮面ライダー剣(ブレイド)」

【DATA】
●オンエア期間=2004年1月25日〜2005年1月23日。全49話
●最高視聴率=10.0% 2004年1月25日(第1話)、2月1日(第2話)
●映画=「劇場版 仮面ライダー剣(ブレイド)/MISSING ACE」2004年9月11日公開。興行収入9.2億円

【5years after impression】
●さすがにこのあたりになると、いささか飽きがきた。というのも、「仮面ライダー剣」が、その名の通り剣を武器にしたライダーであり、昭和時代からの伝統たるライダーキックを決め技の座から引きずり下ろしてしまうのではないか、との危惧があったからだ。さらにトランプの意匠やルールを模した設定にデザイン、まだイケメン・ヒーローかいっ!とツッコミを入れたくなる、長髪でモデルっぽい兄ちゃん中心の演技陣。「クウガ」以降の平成ライダー・シリーズは、大胆なマイナーチェンジや設定変更、時に「こんなのはライダーではない」と言われるほどのリニューアルを行ってきたが、その根底には先人たちへの敬意が感じられ、その上で時代と向き合い、作品的にもビジネス的にも成功を収めようという、健全な野心が感じられた。残念ながら「仮面ライダー剣」の初期話数から、それを感じ取ることは出来なかった。これまでのライダー・シリーズからの“良いとこどり”をしたつもりが、結果的にストーリー、キャラクターを縛る要素が多すぎ、画面を真剣に見つめても、なかなか話が転がっていかないもどかしさ。それ故中途からは、筆者も録画したエピソードを、漠然と流し見する視聴姿勢になってしまった。
●むしろTVシリーズよりも、劇場版として製作された「MISSING ACE」に、注目すべきものがあった。全ての平成ライダー・シリーズに参加し、とりわけ「仮面ライダークウガ」における大胆なビジュアルメイク、時にシリアス、時にギャグとバリエーション豊かな演出技で注目していた、石田秀範監督が映画デヴューを果たしたのだ。その「MISSING ACE」は、いわば石田演出の集大成にしてカタログ。これぞ大泉のやんちゃ監督の面目躍如。しかし、興行収入は平成ライダー・シリーズで初めて10億円の大台を切り、また視聴率も第1,2話以外は、すべてひとケタに終始した。

☆少年よ 旅立つのなら、晴れた日に胸を張って
「仮面ライダーヒビキ」

【DATA】
●オンエア期間=2005年1月30日〜2006年1月22日。全48話
●最高視聴率=10.7% 2006年1月22日(第48話「明日なる夢」)
●映画=「劇場版 仮面ライダーヒビキと七人の戦鬼」2005年9月3日公開。興行収入11億円

【4years after impression】
●「仮面ライダークウガ」以来の高寺成紀プロデュース作品とあれば、否が応でも期待は高まる。鬼をモチーフにしたライダー、太鼓などの楽器から発する音撃で敵を退治、ディスクアニマル、主演は30代の細川茂樹…等々。「仮面ライダー剣」が、これまでの平成ライダーの成功要素を終結したのに対して、「ヒビキ」は新機軸たる要素を多数打ち出し、これまでのライダーとは一線を画す存在感を最初から見せつけた。
●特筆すべきは、「仮面ライダーヒビキ」というシリーズが持つ“視点”だ。29話までのエピソードにおいて、ストーリーを語る視点は、常に明日夢少年のそれである。高校受験を控えた、おそらく人生で最もヴィヴィットで感受性に富んだ時期に日常生活で起こる、様々な“事件”。過ぎてしまえば笑い話になるようなことばかりだが、その時は人生を揺るがすような出来事に感じるものだ。そんな時に出会った、ヒビキという不思議な男と、彼が「人助け」と称して行っている仕事を見ることで、少年は徐々に変化を見せていく。つまりTVシリーズの中で語られるエピソードは、高校受験についての悩みだとか、クラブで自分の望むポジションにつけない等のジレンマが、人類を襲う魔化網との戦いと同列に語られるのである。「僕、安達明日夢は…」で始まる冒頭のナレーションは、その時々の明日夢の心情、ものの考え方や心境の変化が語られていて秀逸。
●第1話「響く鬼」からして、冒頭からミュージカル仕立て!!石田監督のやんちゃぶりが炸裂した演出には、拍手を送った。じっくりと練り込まれた設定を、少しずつ明らかにしていく手法は、明日夢の視点を視聴者が共有する効果を上げ、新しいキャラクターが登場するたびに、新鮮な驚きがあった。
●しかし「クウガ」同様、今回も「おやっさん」は記号的存在で、下條アトムの飄々とした演技からは、かつて鬼であった、その風格もちらちらとうかがえるのだが、さすがに彼が変身して魔化網と戦う描写はなかった。
●神戸みゆきの早すぎる死には、今さらながら言葉もない。彼女が演じる日菜佳とトドロキのやりとりは、「ヒビキ」の中で最も楽しく、心温まるシーンであった。合掌。
●30話以降のエピソードについては、語りたくない。語るに値しないのではなく、語るべき言葉を持たないのだ。制作会社の1プロデューサーが交代することで、ここまで作風が変わったシリーズも珍しい。

私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(1) 「クウガ」~「龍騎」
私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(3) 「カブト」~「キバ」

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0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ 第4回平成仮面ライダー・シリーズとの9年間 ]
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
 
第4回 私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(3)
「カブト」~「キバ」

斉藤守彦

☆天の道を行き、総べてを司る男。
「仮面ライダーカブト」

【DATA】
●オンエア期間=2006年1月29日〜2007年1月21日。全49話
●最高視聴率=10.9% 2006年1月29日(第1話)
●映画=「劇場版 仮面ライダーカブト/GOD SPEED LOVE」」2006年8月5日公開。興行収入9.5億円

【3years after impression】
●渋谷に落下した大隕石が惨劇を巻き起こし、同時にワームと呼ばれる宇宙生命体による浸食が開始された。人類は秘密組織ZECTを結成し、マスクドライダーシステムを開発。ワームに対抗する…従来のライダー・シリーズにはないハードSF的設定と奥行きのある世界観が感じられ、冒頭から大いに期待を募らせたが、残念ながらその期待は裏切られた。
●主役である天道総司が、「クウガ」〜「龍騎」「ヒビキ」の、いわゆるいいヤツ系とは一線を画する存在で、プチ傲慢な自信家であるあたりは新鮮なのだが、肝心のストーリーが当初の設定をさておいて、コメディ・タッチの料理バトルばかりに終始するあたりはいただけない。複数のライダーが登場することも、もはやパターンとなり、装着者の変更などには驚かなくなってきているのは、我々視聴者がスレてきたのか。
●それでも中盤からは、ワームやマスクドライダーシステムの誕生の謎を解明するエピソードがオンエアされ、意図した世界観が描かれるかと思えば、ライダーシステムに脱落したふたりの男を「地獄兄弟」として復活させたり、再びコメディ・タッチのエピソードが続いたり、これまた「剣」同様に、複数の要素をストーリーの中で消化仕切れなかったきらいが残る。
●「おばあちゃんが言っていた。手の込んだ料理ほど、まずい」(天道)。

☆いーじゃん、いーじゃん! すげーじゃん!!
「仮面ライダー電王」

【DATA】
●オンエア期間=2007年1月28日〜2008年1月20日。全49話
●最高視聴率=9.4% 2007年3月11日(第7話)
●映画=「劇場版 仮面ライダー電王/俺、誕生!」2007年8月4日公開。興行収入13.8億円、「劇場版 仮面ライダー電王&キバ/クライマックス刑事」2008年4月12日公開。興行収入7億3500万円、「劇場版  さらば仮面ライダー電王/ファイナル・カウントダウン」2008年10月4日公開。興行収入7億2000万円

【2years after impression】
●ついに視聴率10%を超えることなく終了したシリーズだが、それとは対照的に、ビジネス的には大成功を収めたシリーズである。電車をフィーチャーすることで、本来ライダー・シリーズのメインユーザーであった幼児層の人気を掴み、関連玩具の売上はすべてのライダー・シリーズを通してトップクラスと言われている。またTVシリーズ・オンエア時に公開された映画版も、久しぶりに興収10億円台を回復。さらに本来OVとして制作したものを中規模マーケットで劇場公開したところヒット。さらにもう1本制作・公開されるというおまけがついた。
●この成功の方程式は、「龍騎」のそれを基盤としているように思う。つまり、俳優の演技とスーツアクターの演技が違和感なくマッチし、ひとりのキャラクター像を確立する。「電王」では良太郎(佐藤健)に複数のイマジンが憑依するが、イマジンによって良太郎の表情や言動が変化するあたりを、佐藤がさながらカメレオンのような絶妙な演技で答え、加えてイマジンの声に人気声優を起用することで、幅広い層の人気に繋がった。
●「俺、参上!」「僕に釣られてみる?」「俺の強さにお前が泣いた」「答えは聞いてない!」など、小林靖子によるシナリオからは、キャラクターを強烈に印象づける決めゼリフが続々と誕生。これまた子供たちの人気を集めたのみならず、20代女性層のイマジン・ファン(その中心は、いわゆる“腐”の方々だそうだ)の大量発生にも寄与した。筆者は「電王」オンエア時、銀座のレストランで「でねぇ、リュウタロスがいいんだなあ…」「ねー」との会話を耳にした経験がある。発言の主は、OLとおぼしき妙齢の女性たちであった。
●白鳥百合子!!彼女演じるハナの、プチ・バイオレンスな振る舞いに、「俺もモモタロスになって、彼女のあの足で蹴られたい」というM志向の男が増殖。筆者は彼らを「ハナマゾ」と呼んで敬遠したが、まあ気持ちは分からないわけでもない。痛いだろうが。美人で強気、グラマーで美脚。ハナのイメージは、彼女を演じる白鳥百合子とリンクしているように見えたが、実際はそうではなかったようだ。かえすがえすも途中降板が悔やまれる。
●「電王」のビジネス的成功は「龍騎」を基盤としているというのが筆者の見解だが、同時に「電王」のストーリー・パターンもまた、様々な意味で「龍騎」を踏襲しているように見える。時の列車で旅をするという設定そのものが時間SF的な世界観であり、それらをあますところなく映像化するのはなかなか難しい。いきおいセリフによる説明が多くなってしまうが、そのことが明るいストーリーラインを志向する姿勢と矛盾してしまう。例えば「特異点」という言葉の解釈は言語では可能だが、それをストーリーの中で説明し、視聴者を納得させるのは至難が伴う。そして「龍騎」にも見られた、変身と同時に思考停止。アクションの爽快感に身をまかせるというパターンは、キャラクターの個性が確立した分、「龍騎」以上に強まったと言えないだろうか。本来「電王」の世界は、映像よりもむしろ活字に向いているのではないか?とさえ思ってしまう。

☆「その命、神に返しなさい!」
「仮面ライダーキバ」

【DATA】
●オンエア期間=2008年1月27日〜2009年1月18日。全48話
●最高視聴率=7.7% 2008年3月16日(第8話)
●映画=「劇場版 仮面ライダー電王&キバ/クライマックス刑事」2008年4月12日公開。興行収入7億3500万円、「劇場版  仮面ライダーキバ/魔界城の王」2008年8月9日公開。興行収入9億円

【1years after impression】
●白倉プロデューサーから武部プロデューサーにバトンタッチ。「電王」が子供たちに受けたことを踏襲してか、「キバって行くぜ!」などの決めゼリフ、キバットIII世、タツロット、キャッスルドラン等のキャラクターに、流行と玩具化を意識した節が見られる。しかしストーリーのモチーフは吸血鬼伝説で、父と息子、ふたりのライダー、ふたつの時代を並行して描写するという野心的な試みが行われた。しかしながら、この試みは成功したとは言い難い。
●キャラクター的には、バリバリの二枚目と思いきや、「753」のTシャツを着用して、突如弾けまくった名護の存在が筆者的にはツボ。その「753」Tシャツの視聴者プレゼントの際、加藤慶祐が名護になり切ってイクサの変身ポーズに「住所、氏名、年齢、職業」とフレーズを当てはめ、「これを着て、私の弟子になりなさーい!!」と、いつもの名護の押しつけがましさで告知したあたりは爆笑ものであった。

 さて、「仮面ライダーディケイド」は、いかなるライダーを見せてくれるだろうか?
 (文中の映画興収は、同時上映作品も含む番組興収/視聴率はビデオリサーチ調べ)

私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(1) 「クウガ」~「龍騎」
私論:平成仮面ライダー・シリーズとの9年間(2) 「555(ファイズ)」~「ヒビキ」

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2008.12.26
0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ 第3回2008年特殊映像総決算! ]
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「特殊映像ラボラトリー」

第3回 2008年特殊映像総決算!(1)
【2008年の邦画アニメ映画】(1)

斉藤守彦

 年末を迎え、各種メディアでは2008年の総括やら総決算が花盛り。そこで、アニメ、特撮映画といった、いわゆる特殊映像を扱う当ラボラトリーでも、2008年の成果を検証しようという試みである。
 
【2008年の邦画アニメ映画】(1)

 この年は「ハウルの動く城」以来の宮崎駿監督作品が公開されるとあって、周囲の期待は、すこぶる大きかった。その“宮崎アニメ”最新作「崖の上のポニョ」は、現時点で興行収入154億円。正月も引き続き上映されることから、さらにこの数値は伸びるだろうが、160億円を上回ることはないだろう。(「ポニョ」についての興行推移や詳細については、本連載1=「『崖の上のポニョ』早すぎる検証」を参照されたし)
 正月、春、ゴールデン・ウィーク、夏休みの、いわゆるレギュラー・アニメ番組は、いずれも前年並みの成績を維持し、総じて好調であった。このあたりは昨今の観客に見られる“タイトルを知らない作品を敬遠する”保守的な姿勢が良い方向に作用したと言える。とりわけファミリー層をターゲットとした作品は、その保守性に拍車がかかる傾向が強く見られる。
 
[特筆すべき「ワンピース」の、観客満足度]

 正月に公開された「劇場版BLEACH ザ・ダイヤモンドダスト・リベリオン/もう一つの氷輪丸」(東宝配給)は、興行収入7.3億円をあげ、前作「劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY」の6.6億円を上回った。 
 3月1日から東映系で公開された、東映配給「ワンピース THE MOVIE/エピソード・オブ・チョッパー+冬に咲く、奇跡の桜」、興行収入9.2億円と、前年の9億円をわずかに上回った。

〈過去3作品の興行成績〉
●「ワンピース THE MOVIE/エピソード・オブ・チョッパー+冬に咲く、奇跡の桜」(2008年3月公開)=9.2億円
●「ワンピース エピソード・オブ・アラバスタ/砂漠の王女と海賊たち」(2007年3月公開)=9億円
●「ワンピース THE MOVIE/カラクリ城のメカ巨兵」(2006年3月)=9億円

 「ドラえもん」シリーズが、藤子プロ=小学館中心の製作体制であることに対し、「ワンピース」の場合は東映と東映アニメーションが、製作のイニシアティヴを握っている。そのため、プロモーション面でのパワーアップより、知名度のある原作をより魅力的にするための、いわば内容面でのテコ入れが、ここ数年試みられている。2008年の「ワンピース」は、原作者・尾田英一郎が企画協力として参加。題材もTVシリーズで最高視聴率を記録した「冬島・ドラム王国篇」を、一部のキャラクターなどの設定を改めて映画化した。上映時間1時間50分、ゲスト声優にみのもんた、主題歌にドリームズ・カム・トゥルーを招いたが、それらが興行的に大きなプラスになったとは、残念ながら言い難い。
 しかしながら作品的な評価はすこぶる高く、2008年に公開されたアニメ映画の中でも、そのクォリティはトップレベルと言えるだろう。志水淳児監督の演出は、まさに「泣いて、笑って、手に汗握って」のそろい踏み。たたみ掛けるような展開でありながら、最後には感動の涙を流させ、深い余韻を残す、その手腕はまさに名人芸の域だ。 

 この作品が観客の心をしっかり捉えたことは、データにも現れている。東映がオープニング時に行った観客調査での「作品満足度」は、なんと99.9%!!女性比率52.3%、20歳以上の観客は全体の58.9%を占めたという。
 確かに9.2億円という興行収入は「大ヒット」とは形容出来ないし、例年と変わらないじゃないかという指摘が出来る。だがしかし、この9.2億円は、10億円、20億円にと膨らむ可能性がある、いわば“値打ちのある9.2億円”だと言えなくはないだろうか。「ワンピース THE MOVIE/エピソード・オブ・チョッパー+冬に咲く、奇跡の桜」を心から楽しんだ観客は、必ずや次の「ワンピース」の観客となるだろう。2009年春の新作が製作・公開されないことが残念でならない。

[岐路に立つ「クレヨンしんちゃん」と「名探偵コナン」] 
 これがシリーズ3作目となる、角川映画配給の「ケロロ軍曹」シリーズの新作「超劇場版ケロロ軍曹3/ケロロ対ケロロ・天空大決戦」は、前年を1億円上回る、興行収入5.8億円をあげた。

●「超劇場版ケロロ軍曹3/ケロロ対ケロロ・天空大決戦」(2008年3月公開)=5.8億円
●「超劇場版ケロロ軍曹2/深海のプリンセスであります!」(2007年3月公開)=4.8億円
●「超劇場版ケロロ軍曹」「まじめにふまじめ かいけつゾロリ/なぞのお宝大さくせん」(2006年3月公開)=6.02億円

 興収5億円を下回った前作を挽回。「超劇場版ケロロ軍曹3」の、オープニング成績は163スクリーン計10万2567名と初めて10万名を突破。興収1億697万7300円は、シリーズ新記録にあたる。「ドラえもん」「ワンピース」ほどの大規模なマーケット展開は行っていない同シリーズだが、映画館にとっては1スクリーンあたりの興収が高いことに加え、ショップで扱うキャラクター商品の売り上げなどで、オイシイ番組なのである。
 
 「ドラえもん」シリーズの新作「のび太と緑の巨人伝」は、初めてオリジナル・ストーリーに挑戦した作品であり、その完成度も高い。興行収入33.7億円は、前作より1.7億円の減収だが、コンスタントに30億円以上の興収をあげるこのシリーズは、スタート以来28年を経た現在でも、東宝の大きなマネーメイキング・ピクチャーである。

●「ドラえもん・のび太と緑の巨人伝」(2008年3月公開)=33.7億円
●「ドラえもん・のび太の新魔界大冒険 ~7人の魔法使い~」(2007年3月公開)=35.4億円
●「ドラえもん・のび太の恐竜2006」(2006年3月公開)=32.8億円

 2005年の大規模リニューアルを経た「ドラえもん」シリーズは、完全に復調したと言えるだろう。また作品内容も、子供向けではなく、むしろ同伴者である父親、母親たちを感動させることで、視聴習慣ならぬ“鑑賞習慣”をつけさせようとの狙いが、「のび太の恐竜2006」以降の作品から感じられる。「のび太と緑の巨人伝」では、そこに環境保護というメッセージ性が加わった。
 
 ゴールデン・ウィーク作品では、恒例「クレヨンしんちゃん」シリーズ(東宝配給)が今年も登場。新作「ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」は、シリーズ初期作品を手がけた本郷みつる監督が16年ぶりに登板し、ファンの話題を呼んだ。

●「クレヨンしんちゃん・ちょー嵐を呼ぶ  金矛の勇者」(2008年4月公開)=12.3億円
●「クレヨンしんちゃん・嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」(2007年4月公開)=15.5億円
●「クレヨンしんちゃん・伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ!」(2006年4月公開)=13.8億円

 「クレヨンしんちゃん」シリーズは、1999年4月公開の「爆発!温泉わくわく大決戦」が興行収入10億円を下回ったことで、関係各社によるリニューアルが検討され、その結果、「しんちゃんのキャラクターを以前より強く押し出す」(「ゲスト・キャラの描写に比重がかかりがち」との指摘を反映して)ことや、興行的な観点から、それまでの5~6週間興行を、G.W.の休日3週間に絞ったデイトに改めるという対策が、2000年からとられるようになった。2001年に公開された原恵一監督の「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」のクォリティの高さが評判となり、翌2002年の同監督作品「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」は、文化庁メディア芸術祭アニメ部門大賞などを受賞したことにより、いちやく注目を集めることになる(山崎貴監督が「BALLAD -名もなき恋のうた-」として実写リメイクするというおまけまでついた)。
 しかしながら、そうした質的な評価が興行成績に反映されたかといえば、これまたイエスとは言えない。ここ数年の「クレヨンしんちゃん」シリーズの興収は12~16億円前後のペースで推移しているものの、08年の「金矛の勇者」は12.3億円と必ずしも良好な成績とは言えず、個人的な感想になるが、久々の本郷監督作品なけど、作品的に高く評価することは出来ない。様々な意味で、「クレヨンしんちゃん」シリーズは、曲がり角に来ているのだろう。邦画系(ブロック・ブッキング)での3週間興行で、これだけの興収をあげれば良しとするか、さらなるヒットを望むか。
 
 同じくG.W.に公開された、これも東宝配給の「名探偵コナン・戦慄の系譜〈フルスコア〉」もまた、岐路に立つシリーズと言えるだろう。

●「名探偵コナン・戦慄の系譜〈フルスコア〉」(2008年4月公開)=24.2億円
●「名探偵コナン・紺碧の棺〈ジョリー・ロジャー〉」(2007年4月公開)=25.3億円
●「名探偵コナン・探偵たちの鎮魂歌」(2006年4月公開)=30.3億円

 2002年の「ベイカー街の亡霊」の興収34億円、03年の「迷宮の十字路」の32億円をピークに、同シリーズの成績は徐々に下降線を辿りはじめるが、シリーズ開始第10作を記念し、人気キャラが勢揃いした2006年の「探偵たちの鎮魂歌」が30.3億円を計上した。しかしこれ以降、興収は再び緩やかな右肩下がりの曲線をき始める。
 この種のファミリー・ターゲットのシリーズは、キーを握る年少の観客が成長し、嗜好の変化が現れることとの追いかけ合いを余儀なくされる。観客層の新陳代謝を迫られる時期が、必ずやってくるのだ。「ドラえもん」シリーズは声優、作品内容など大規模なテコ入れを行い、映画に関しては成功を収めた。「ポケットモンスター」シリーズは、より年少の観客が対象とあって、ダウンの比率が大きく、2003年からの「アドバンスジェネレーション」シリーズ、2007年からの「ダイヤモンド・パール」シリーズと、こ二度のテコ入れで客足を刺激、V字回復ならぬW字回復を果たしている。そうした前例を見る限り、「名探偵コナン」シリーズもまた、「クレヨンしんちゃん」同様、有効なテコ入れを必要としているシリーズと言えるだろう。

【2008年の邦画アニメ映画】(2) に続く

【2008年の邦画特撮映画】 へ
【2008年の洋画アニメ&特撮映画】 へ

[筆者の紹介]
斉藤守彦

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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「特殊映像ラボラトリー」

第3回 2008年特殊映像総決算!(2)
【2008年の邦画アニメ映画】(2)

斉藤守彦

[前年のペースを持続した「ポケットモンスター」と「NARUTO疾風伝」]

 その「劇場版ポケットモンスター」シリーズだが、劇場版スタート10周年を記念した「ダイヤモンド・パール」シリーズの第1作「ディアルガVSパルキアVSダークライ」公開時、映画館だけで入手出来るキャラクターの配信で話題をまいたが、2008年夏公開の「ギラティナと氷空の花束」でもこのプレゼントを継続した。

●「劇場版ポケットモンスター・ダイヤモンド・パール/ギラティナと氷空の花束〈シェイミ〉」(2008年7月公開)=48億円
●「劇場版ポケットモンスター・ダイヤモンド・パール/ディアルガVSパルキアVSダークライ」(2007年7月公開)=50.2億円
●「劇場版ポケットモンスター・アドバンスジェネレーション/ポケモンレンジャーと蒼海の王子マナフィ」(2006年7月公開)=34億円

 通常ならば、「ディアルガVSパルキアVSダークライ」のような、イベント的要素の濃い興行の後は、シリーズ作品とはいえ興収はダウンすることが常だった。ところがポケモン・シリーズは、そのダウンを2.2億円に収め、最終的に興収48億円をものにした。これは、このシリーズの強さを改めて思い知らされる成績であり、内容面でのテコ入れに注力した「ワンピース」とは対照的に、製作委員会各社と東宝(東宝は、ピカチュウ・プロジェクトに参加していない)の力を結集し、イベント性のパワーアップを行った点が興味深い。
 「ギラティナと氷空の花束〈シェイミ〉」と「崖の上のポニョ」が揃って公開された7月19日。夜半になって地方のシネコンに両作品のスタート景況をメールで訊ねると、すべてのシネコン関係者が「うちは、ポケモンのほうが勢いがあります」と答えてきたのには驚いた。作品の力を引き出すことで、ロングラン興行で興収を積み上げていくジブリ作品に対して、ポケモン・シリーズはあくまでイベント性を重視し、猛然たるスタートダッシュで夏場の興行を席巻し、夏休みの終了と同時に市場から撤退する。どちらが有利かといえば、全国に3200スクリーンもの映画館が点在する現在では、イベント・ムービーのほうが今日的だと指摘できよう。

 これまた東宝配給の夏休み番組として定着した「劇場版NARUTO」シリーズの第5作「疾風伝 絆」は、興収11.8億円をあげた。

●「劇場版 NARUTO -ナルト- 疾風伝 絆」(2008年8月公開)=11.8億円
●「劇場版 NARUTO -ナルト- 疾風伝」(2007年8月公開)=12.1億円
●「劇場版 NARUTO -ナルト- /大興奮!みかづき島のアニマル騒動だってばよ」(2006年8月公開)=7.8億円

 「NARUTO -ナルト-」から「NARUTO -ナルト-疾風伝」への移行は、原作の第一部から第二部への移行を踏襲したもので、同名のTVアニメ・シリーズも2007年2月よりタイトルと内容を改めている。「疾風伝」移行後の劇場版は、コンスタントに興収10億円以上をあげており、2007年と08年の興収の差がほとんどないあたり、この場合もリニューアルは成功したと見るべきであろう。
 
 東映は、「ふたりはプリキュア」という新しい鉱脈を手に入れた。2007年正月に公開した「ふたりはプリキュアSplash Stars」こそ、「デジモンセイバース」とセットで3億円という興行収入だったが、2007年11月の「yes!プリキュア5/鏡の国のミラクル大冒険!」は、シリーズの人気を反映して興収8億円を計上。2008年11月の「yes!プリキュア5GoGo!/お菓子の国のハッピーバースディ」は、8.1億円をあげた。

●「映画yes!プリキュア5GoGo!/お菓子の国のハッピーバースディ」(2008年11月公開)=8.1億円
●「映画yes!プリキュア5/鏡の国のミラクル大冒険!」(2007年11月公開)=8億円
●「映画ふたりはプリキュアSplash Stars/チクタク危機一髪」「デジモンセイバースTHE MOVIE/究極パワー!バーストモード発動!!」(2006年12月公開)=3億円

 「ふたりはプリキュア」シリーズは、その時々の人気によって、シリーズごとに興収の差が出るが(2006年正月公開の「ふたりはプリキュアMaxHeart2」は興収5.7億円であった)、2本の「yes!プリキュア5」シリーズは、2005年4月公開の「ふたりはプリキュアMaxHeart」の8.5億円に次ぐ成績を上げている。いずれも東映αチェーンでの中規模マーケット(110~150スクリーン)となっているが、それだけのスクリーン数でこの興収は、非常に効率の良いビジネスとなっていることがうかがえる。

[小規模マーケットでヒットした、
「空の境界」と「バイオハザード ディジェネレーション」]

 他のシリーズ作品では、アニプレックス製作・配給によるシリーズ「劇場版 空の境界」が、正月の第一章「俯瞰風景」、第二章「殺人考察(前)」に続いて、第三章「痛覚残留」が2008年2月に、同第四章「伽羅の洞」が5月、第五章「矛盾螺旋」が8月に公開された。原作小説を最大限に尊重した、質の高いビジュアルと音響を誇る同シリーズは、都内ではテアトル新宿1スクリーンでの上映ながら(途中からテアトルダイヤが参加)、熱狂的なファンが毎回駆けつけ、テアトル系映画館の単館アニメ作品としては、歴代興収記録を樹立している。

●「劇場版 空の境界/第五章 矛盾螺旋」(2008年8月公開)=4500万円 
●「劇場版 空の境界/第四章 伽藍の洞」(2008年5月公開)=2800万円
●「劇場版 空の境界/第三章 痛覚残留」(2008年2月公開)=2900万円
●「劇場版 空の境界/第二章 殺人考察(前)」(2007年12月公開)=2700万円
●「劇場版 空の境界/第一章 俯瞰風景」(2007年12月公開)=3300万円
(いずれもテアトル系5館での通常興行に、時系列上映などを加えた成績)

 なお全国8都市における、全5作品の現時点での総興行成績は18万3000名、興収は2億円を達成しており、12月20日から公開された「第六章 忘却録音」も好調な出足を切ったとのことから、2009年初春公開を予定している「第七章 殺人考察(後)」まで、かなりの興行収入が期待されるだろう。
 東京テアトル=メディアボックス配給によるアニメ・シリーズ「それいけ!アンバンマン」の新作「それいけ!アンパンマン/妖精リンリンのひみつ」は、7月12日から全国154スクリーンで公開。今年は劇場版「アンパンマン」シリーズ20周年とあって、例年以上の規模のプロモーションが行われた結果、興行収入3.8億円をあげることが出来た。
 シリーズ第3作となる「北斗の拳ZERO/ケンシロウ伝」は、今回ゴー・シネマの配給によって10月に公開。また映画館のマナー・ムービーでおなじみの「鷹の爪 THE MOVIE」が5月に公開されて人気を集めた。
 
 ガイナックスの新シリーズ「天元突破グレンラガン」の第1作「紅蓮篇」は9月6日より角川書店=クロックワークスの配給で公開され、全国11スクリーンでの小規模展開ながら、オープニング2日間で1万3960名、興収2124万5030円をあげた。1スクリーンあたりの興収は191万7718円とすこぶる高く、これまた「ケロロ軍曹」同様、映画館を潤わせることに貢献している。
 「バイオハザード」をCGアニメ化した、神谷誠監督の「バイオハザード ディジェネレーション」は、10月18日より新宿ピカデリーなど全国3スクリーンで2週間限定上映され、先行上映を含むオープニング2日間で、6584名、1027万9400円という絶好調の出足を切った。1スクリーンあたりの興収は、342万6467円と「グレンラカン」の2倍以上を記録。またパンフレットなど関連商品も売り切れが出るほどの勢いだったが、当初からDVD、ブルーレイディスクのプロモーションを目的とした上映であることから、予定通り2週間で興行を終了。配給、興行サイドの姿勢が、一部で物議を醸した。
 
[評価が分かれる「スカイ・クロラ」のマーケティング]

 また押井守監督の新作「スカイ・クロラ」が、米メジャー系配給会社であるワーナーのローカル・プロダクション作品として公開され、興収7億円をものにした。この成果については評価が分かれるところだが、筆者としては押井監督作品の最高記録であった「イノセンス」(興収10億円)を上回って欲しかった。米メジャー系配給会社が邦画各社と大きく差別化出来るのは、そのマーケティング力にある。ハリウッド映画で培った大規模な拡大公開が可能となることは、製作サイドにとって大きな魅力だが、果たして「スカイ・クロラ」を全国213スクリーンという規模で上映することが、作品の力に応じたマーケティングであったかといえば、これまた評価は分かれるところだ。
 なお「スカイ・クロラ」と連動して公開された「攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL」のニューバージョン「攻殻機動隊2.0」は、当初小規模マーケットでの上映だったが、同じワーナー配給の「スピードレーサー」の不振から上映館数が増えた結果、興収6000万円と、当初の予想を上回る健闘を見せた。

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「特殊映像ラボラトリー」

第3回 2008年特殊映像総決算!(3)
【2008年の邦画特撮映画】

斉藤守彦

 特撮映画…とはいうものの、昨今ではCGやVFX技術の進歩によって、一般映画にも特撮技術やその応用が使われることも多く、果たして「特撮映画」とはどのような作品を指すのか、判然としづらい。故にここでは「特撮技術をセールスポイントにした作品」と定義したい。
 
[未だ根強い、「仮面ライダー電王」の人気] 

 なんといっても2008年の特撮映画は、東映の「仮面ライダー」シリーズの好稼働ぶりがエポックだ。2007年夏に公開された「劇場版仮面ライダー電王/俺、誕生!」が、興行収入13億円と、平成ライダー・シリーズの劇場版としては、2003年の「仮面ライダー555/パラダイス・ロスト」の15億円、2002年の「仮面ライダー龍騎/EPISODE FINAL」の14.3億円に次ぐ歴代3位の成績であったことから、「電王」の人気の高さは証明されていた。TVシリーズは2008年1月で終了したものの、さらなるビジネス・チャンスを狙った東映ビデオは、OVとして「仮面ライダー電王&キバ/クライマックス刑事」を、金田治監督で製作。当初この作品が、東映系の4月番組として公開されるはずだったが、東映の子会社T・ジョイが配給権を持つ「モンゴル」が、浅野忠信のオスカー・ノミネートという話題性から採用されてしまい、「仮面ライダー電王&キバ」は、中規模マーケットである東映αチェーンでの上映となった。
 全国136スクリーンでの上映ながら、「仮面ライダー電王&キバ」はオープニングから多くの観客を集め、週末の興行ランキングのトップに輝くヒットとり、最初の1週間で原価を回収。最終的に興収7.4億円をあげるという快挙をなしとげた。8月公開の「仮面ライダーキバ/魔界城の王」「炎神戦隊ゴーオンジャー」は、興収9億円と前年を4億円下回ったが、10月に再度登場した「さらば仮面ライダー電王」が、これまた中規模マーケットでの展開にもかかわらず興収7.2億円を見込む好稼働ぶりで、変わらぬ電王人気を印象づけた。2008年の東映は、3つの「仮面ライダー」番組で、計23.6億円を稼いだことになる。

●「さらば仮面ライダー電王」(2008年10月公開)=7.2億円(見込み)
●「劇場版仮面ライダーキバ/魔界城の王」「炎神戦隊ゴーオンジャー/BunBun!BanBan!劇場BANG!!」(2008年8月公開)=9億円
●「仮面ライダー電王&キバ/クライマックス刑事」(2008年4月公開)=7.4億円

[明暗を分けた 「大決戦!超ウルトラ8兄弟」と「ギララの逆襲」]

 「仮面ライダー」シリーズの宿命的ライバルといえば、「ウルトラマン」シリーズだが、予想を上回るヒットとなった2006年の「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」に続いて、昭和と平成のウルトラマン及び出演者たちが共演する「大決戦!超ウルトラ8兄弟」が、松竹の配給により9月13日から公開された。

●「大決戦!超ウルトラ8兄弟」(2008年9月公開)=8.4億円
●「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」(2006年9月公開)=6.055億円
●「ULTRAMAN」(2004年12月公開)=1.5億円

 結果的にウルトラマン映画の興行収入新記録を樹立した「大決戦!超ウルトラ8兄弟」だが、これは前述した観客の保守性が大きく作用していると言っていい。ウルトラマンたちの共演はもとより、今回はV6長野博の出演が大きな話題となり、ファミリー層、ウルトラマンティガ・ファンの動員に拍車をかけた。なおウルトラマンダイナに変身するアスカ・シンを演じたつるの剛士は映画公開時、歌唱ユニット・羞恥心でブレイクし集客に貢献したが、撮影時にはまだ羞恥心は始動しておらず、思わぬサプライズとなった形だ。
 
 松竹を幹事会社とする製作委員会が製作し、トルネード・フィルムが配給した、河崎実監督の「ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発」は、当初の予定を繰り上げて7月26日から公開されたが、興行的には奮わなかった(→「特殊映像ラボラトリー・2/河崎実監督ロング・インタヴュー」参照)。
 これも松竹が製作・配給した「ゲゲケの鬼太郎/千年呪い歌」は、前作の興収23.45億円を大きく下回る14億円にとどまった。前作の明るいトーンとは逆に、ダークでアダルトな雰囲気を強調した作品にしたことで、ファミリー層を遠ざけたことが原因と思われる。
 「猟奇的な彼女」などで知られるクァク・ジョエンが監督した、ギャガ・コミュニケーションズ配給「僕の彼女はサイボーグ」は、5月31日から公開され、興収7億円をものにした。主演は今年出演作が立て続けに公開された綾瀬はるかだが、彼女が演じたサイボーグ(アンドロイドだと思うのだが…)のキュートさは、今年の特撮映画界での収穫のひとつだと、個人的に言い切らせてもらおう。

 単館及び小規模公開作品では、小中和哉監督が“和製「ある日どこかで」”を目指した、秀逸なファンタジー「東京少女」、アメリカ資本による「片腕マシンガール」「東京残酷警察」などが登場。また「小さき勇者たち」で特技監督を務めた金子功が監督した「THE MASKED GIRL/女子高生は改造人間」は、「『仮面ライダー』の第1話を、女子高生主演で、まんまリメイクした」(監督談)という、特撮オマージュにあふれた作品だ。

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「特殊映像ラボラトリー」

第3回 2008年特殊映像総決算!(4)
【2008年の洋画アニメ&特撮映画】

斉藤守彦

[目標を大きく下回った「カンフー・パンダ」]

 まずアニメ映画では、ディズニー・アニメの新作「ルイスと未来泥棒」が正月に公開され、興収9.33億円をあげた。ドリームワークス・アニメーションの新作2本は、「ビー・ムービー」が興収2.4億円、全米のみならず海外マーケットで大ヒットした「カンフー・パンダ」は20億円と、公開前の「70億円目標!!」とのかけ声には届かなかった。また「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」も興収2.9億円と、あの大ヒット・シリーズとは思えない成績。実写映像とCGアニメのギャップは、特にキャラクター面において埋めがたいミゾが存在している。
 「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」(興収57.1億円)、「アイ・アム・レジェンド」(43億円)、「ライラの冒険・黄金の羅針盤」(34億円)など、“特撮・VFX技術を使ったSF・ファンタジー・アドベンチャー映画”は数々公開されたが、あえて“特撮映画”という日本的ニュアンスにこだわるとすれば、それに相応しいのは6本の外国映画だ。
 まず正月映画として公開された「AVP2/エイリアンズVSプレデター」は、興収10.7億円と大台を突破したが、その内容は前作より相当落ちる。例のラストのくだりに関しては「まだやるんかいっ!!」とツッコミを入れておこう。

 4月に公開された、J.J.エイブラハムズの「クローバーフィールド/HAKAISHA」。エイブラハムズ自身が「日本の怪獣映画からヒントを得た」というだけあって、そのテイストといい、ジャパニーズ特撮映画を彷彿とさせる。興行収入12億円は立派。
 「ショーシャンクの空に」「グリーン・マイル」のフランク・タラボン監督の新作。感動作をイメージさせるアドバタイジングから、女性客を集めたものの、画面を覆い尽くした霧の中ではレギオンとメガギラスが戦っていた!!…とまで言われた、“隠れ怪獣映画”「ミスト」。あまりのイメージ・ギャップに映画館へは苦情殺到。配給会社の話では、「ムーブオーバーが多かったので、興行収入は5億円上がりました」とのこと。
 「キューティーハニー」がコケた庵野秀明監督が試写を見て大絶賛したのが、7月に公開された「スピードレーサー」。そもそも庵野監督がハニーで試みた“ハニメーション”と同様のビジュアルメイクを、全編に採用しているのだから。日本のアニメが豪華な映画になって、帰ってきました…とは言っても、「マッハGo! Go! Go!」の現在での知名度は低く、初日の映画館では40代以上と見られる男性観客の姿が目立ったとか。興収4億円に関係者は真っ青。

 ブーム現象が期待されるというか、カッツェンバーグたちが、意地でもブームにしようと企んでいる3D映画。「とりあえず」といった感じで10月に公開されたのが、H・G・ウェルズの「地底探検」を映画化した「センター・オブ・ジ・アース」。内容云々よりも、3Dメガネの重みで顔面が硬直してくるのと、試写会ではやけに映像が暗いプリントが上映されたことで、売り物である立体効果が今ひとつ実感出来なかった作品だ。それでも興収8億円をあげたのは、特別料金(当日大人2000円)のおかげか。
 あの珍作「怪獣大決戦ヤンガリー」を放ったシム・ヒョンレ監督が、懲りずにまたまた作ってしまった怪獣映画が「D-WARS/ディー・ウォーズ」。ソニー・ピクチャーズとネオの配給で11月に公開されたものの、99スクリーンという小規模マーケットなので、さほど大きな興収にはなっていない。

 …さて2009年の特殊映像たちの成果はいかに。
 (文中の数値は、一部推定/msdb調べ)

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2008.11.25
0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ 第2回河崎実監督ロング・インタヴュー ]
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「特殊映像ラボラトリー」

第2回 河崎実監督ロング・インタヴュー(1)
/「ギララの逆襲」顛末記。あるいは怪獣映画への異常な愛情。

斉藤守彦

−河崎さん、「ギララの逆襲」やってる時、「オレは命賭けてるからね」って言ってたじゃないですか。
河崎
賭けてたもの。 

こともなげに言い放つ、この軽さ。筆者と河崎実監督とは、彼の「河崎実大全」でインタヴューをさせてもらった他、メールなどでやりとりをしたり、時に仲間うちの飲酒にお誘いする、そんな関係である。
その河崎監督が、「オレは命賭けてるから、今回」と豪語した「ギララの逆襲」。彼は自身の事務所であるリバートップを通じてこの映画に出資をし、また監督として、プロデューサーとして参加を決めた。「映画とは、他人の金で自己表現が出来ること」などとほざく、どこぞの御仁は嘲笑するだろうか。
しかし、本気で自分が撮りたい作品を実現させるためには、どこかで経済的なリスクを許容しなければならないのだ。オーソン・ウェルズも、スタンリー・キューブリックも、フランシス・フォード・コッポラも、そして黒澤明もそうしてきたのだ。

■最初は「東京タワー/時々たけしと、しょこたんと、ギララ」を目論んでいた(笑)!

kawasaki2.jpg−どういう経緯で決まったんですか?
河崎
衛星劇場の深田さんという部長が、一昨年の国際映画祭で「電エース」を見て、「ああいうのを、うちでもやって下さい」って。それでギララの右手が残っているっていうんで、これを伏線にして、松竹の不良債権(笑)、いや、デッドコンテンツをなんとかしましょうと。それで鈴木さん(松竹の鈴木忍プロデューサー)が出てきて、タケ魔人というキャラクターを出すことになり、鈴木さんが「洞爺湖サミットがあるんで、それに便乗しましょう」って(笑)。

−あ、シノブのアイデアだったんですか?
河崎
その前に「東京タワー」に便乗しようとしたんですよ。リリー・フランキーの。「東京タワー/時々たけしと、しょこたんと、ギララ」(笑)。東京タワーの下に怪獣がいて、東京タワーは怪獣の角だったという(笑)。東京タワーってのは、我々としては怪獣映画の象徴だから。モスラもガラモンも、キングコングも壊した。

 −で、それはダメが出たんですか?
河崎 
ダメに決まってるじゃないですか(笑)。日本テレビが「東京タワーってタイトルは使うな」って言ってきた。

−ずーっとギララやりたかったんですか?
河崎
言ってみれば、怪獣映画って男の夢じゃないですか。ゴジラを撮りたいに決まってるけど、こんなゲリラ男に撮らせてくれるわけない。プロデュース的なことを判断して、オレにギララが来たのは運命かな、と。

−それが去年の年末の段階ですか?
河崎
年末の段階では、脚本が出来ていた。

−こういう話にしようってのは、最初から固まってたわけですか?
河崎
いや。オレの場合はね、プロットを書くんですよ。あとは右田昌万氏に書きかえてもらって、キャッチボールしながら書いて行く。出来たものは100パーセント、オレのものになってるってこと。いつもそうなんですよ。その時点で映画のルックは決まってるんですよ。だから、どうでもいいヤツらが入ってきて、朝まで徹夜して話すとか、そういうことは一切ないんです(笑)。

−松竹サイドからの要望って、どんなことがあったんですか?
河崎
一切ない。

−一切?
河崎 
大御所Y監督が怒ったんだよ。

−Y監督、ずっと映画を撮ってきたけど、唯一やってないジャンルが怪獣映画だと。それでプロデューサーに「シナリオ見せろ」って言ってきたらしいですね。
河崎
監督がホンを直したって話も聞きましたよ。「コチラ」って怪獣映画を作りたかったらしいんですよ、60年代に。「あちらを立てればこちらが立たない」のコチラ。その話を聞いた時、爆笑しましたよ(笑)。

−なんだかなあ…。
河崎
オレは昭和の怪獣映画を作りたかった。パターンの怪獣映画ね。狂ったものを作ろうとしてるんだから。

−「命賭けてる」ってのは、名言だと思いましたよ。目がマジなんだもの(笑)。
河崎
みんな「またふざけて言ってるんだろ」って思ってたようだけど。でも実はマジだったんですよ。

これがプロデューサー・デヴューとなる、松竹の鈴木忍君とも、筆者は長いおつき合いがある。大御所Y監督の介入も、彼が巧みに交わしてくれたおかげで、制作は順調に進んだようだ。しかし、いざ興行ということになると、それはまた別問題があり…。

■ベネチア映画祭は、 実相寺監督だって行けなかったんだから!!

−最終的に興行収入はどうでした?
河崎
いやあ、興収で制作費回収は無理でしたね。P&A(プリント代&広告費)に大分つぎこんだというところもあるし。でもDVD収入と、海外販売でなんとか元をとれればな、と。

−リバートップも出資されてますよね。
河崎
もちろん。10%出資してますよ。

 −それはエライと思いますよ。
河崎
エライとかそういうんじゃなくて、今回勝負したからね。バカ当たりさせたいし。

−出資する立場としては…。
河崎 
でもね、何からなにまでオレがやったことですから。すべて自己責任ですよ。

−色んなこと言われたって、やっちゃったモン勝ちなんですよ。
河崎
そういうことだよね。作品は残るし、怪獣映画は特に残りますからね。

−ベネチア映画祭にも招待されたし。
河崎
ベネチア、でかかったですよ。親が喜びましたから。だって黒澤明、溝口健二…。

−北野武、宮崎駿、そして河崎実(笑)。
河崎
もう自慢しないと(笑)。いかにマルコ・ミューラーがオタクでも。

−彼は怪獣映画とか好きなんですか?
河崎
北野武の映画が好きだと。それでたけしが出ているってことでギララ見たら「なんじゃ、こりゃ?」って(笑)。
それから全部調べさせたんだって。「タケちゃんマン」も「日本以外全部沈没」も見て、「なるほど!!あんたは面白い!!」って呼ばれたんですよ。

       director.kawasak.JPG

−なぜギララをコンペ部門に出さなかったんですかね?ポニョと戦ったら快挙ですよ。
河崎
グランプリが、ミッキー・ロークの「いかレスラー」みたいな話でしょ?(笑)。

−いかじゃないっ!!
河崎
まあスペインにも行ったしね。

−シッチェス。あそこはファンタスティック映画祭の名門でしょ。
河崎
金かけてましたよ。

−これから河崎作品は、ベネチア出品がちらついてくる。
河崎
ベネチアはもういいんで、あとはカンヌとベルリンをどう制覇するかだね(笑)。来月、シドニー映画祭に行くんですよ。「コアラ課長」とギララが招待されてて(笑)。オーストラリアだもん。コアラですよ。

マルコ・ミューラーとは、ベネチア映画祭のプログラミング・ディレクターのこと。大変な日本映画好きとして知られる男である。筆者は10月に都内で行われた、彼の講演を聞きに行ったのだが、クロサワ、オヅなどの名作だけではなく、60年代のプログラム・ピクチャーなどにも愛情が深いことに驚いた。
そんなマルコだからこそ、今年のベネチア映画祭のコンペ部門に北野、宮崎、押井の新作が、またミッドナイト・シネマ部門に「ギララの逆襲」が上映されたのだろう。

河崎実監督ロング・インタヴュー(2)に続く

[筆者の紹介]
斉藤守彦
1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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「特殊映像ラボラトリー」

第2回 河崎実監督ロング・インタヴュー(2)
/「ギララの逆襲」顛末記。あるいは怪獣映画への異常な愛情。

斉藤守彦

■怪獣映画は、もうダメだね!

河崎
やっぱり監督も、キャラを出さないとダメよ。たけしさんが成功したのはそこだったから。「たけしが毒舌言うんだったらしょうがないな」って。凄いのは、それが映画にまで行っちゃったことですよ。みんな当たらないとか言ってるけど。たけしさんとオレの悩みは共通ですよ。オレだって、今回怪獣映画やってダメだったんだから。

 −「怪獣映画だから」ダメなんですかね?
河崎 
たぶんそうですよ。これが「ゴジラ/ファイナル・ウォーズ」の続きでも、「ガメラの逆襲」でもダメだったと思いますよ。

 −「小さき勇者たち」みたいに、ファンタジーにしてもダメ?
河崎
そりゃダメでしょう。だから龍平と田崎君の失敗を見て、「これだったらいける!!」と思ったけど、でもダメでしたね(笑)。

− 怪獣そのものに嫌悪感があるのかな?
河崎
なんだか分からないから見に来ないんですよ。「相棒」とか「花より男子」しか当たらない。「あとでDVDで見ればいいや」ってことになっちゃうんですよ。みうらじゅんとかがやってるサブカルなものを、メジャーに持ってきても無理だってことですよ。

−でも最初、新宿ピカデリーで9月にレイト上映の予定だったのに、夏休み公開に早まり、しかも拡大上映になっちゃった(笑)。
河崎
我々も全力でやったんですけどねえ。ベネチア映画祭、これがすべて(笑)。だってウルトラマンやってるヤツらなんて、ベネチア映画祭行けたことないんですから。そうでしょう。実相寺監督だって行ってない。

■三島由起夫の「美しい星」を、 おバカ映画として撮りたいね!!

「ギララの逆襲」は、興行的には不成功だったが、ベネチア映画祭に招待された。その功績を河崎監督は「こんなヤツ、他にいないでしょ?」と強調するが、果たして彼は、そのことを本当に納得しているのだろうか?
かつて怪獣映画をディープに愛した、この日本の観客たちが、今、怪獣映画には見向きもしない。それなのにベネチア映画祭では、否コンペ部門(ミッドナイト・シネマ部門)とはいえ、「ギララの逆襲」を上映した。国内での失敗と海外からの注目。そのアンビバレンツな現実に、今後河崎実はどう立ち向かっていくのだろうか?

−今、私の周辺でも特撮映画やりたいってプロデューサーや監督って多いんですよ。
河崎
うーん。オレは特撮バカっていうか、ウィリアム・キャッスルみたいに、色々含めてのバカだから。映画作るだけじゃなくて、宣伝とかも含めてやってるから。普通そうじゃないでしょ、監督って。映画撮って、あとはプロデューサーがオロオロしてるだけ。そういうこと、一切ないですから。
この枠しかないから、これでやっちゃえー!!って。だから他の監督とは、違うリスクを背負ってやってますよ。こっちはもう、1日撮影伸びただけで、100万円出ていったりしますからね。

−そのあたりは、プロデューサー的感覚。
河崎
もう特撮ファンだけ喜んでるものは、やりたくないんですよ。たけしだとかザ・ニュースペーパーだとか、特撮ファンを超えてるでしょ。一般に向けてやったわけだから。

−狭いのはダメですね。
河崎
逆に狭かったほうが良かったな、とも思いますが(笑)。

−結局リバートップは事務所的に潤ったんですか?
河崎
いやあ、「沈没」の儲けをギララではき出しましたよ。DVDで戻ってこないと。

−「猫ラーメン大将」に続く次回作は?
河崎
いや、ちょっと今、女とも別れて…。

−よくやりますね。映画作りながら(笑)。
河崎
深く進行中なんですけど、困ってるんですよ。プレゼンでしたらいくらでも出来ますけど。今、日本映画で三池さんと堤さん、佐々部さんしか撮ってないじゃないですか。

−河崎監督だって、撮ってるじゃないですか、たくさん。
河崎
いや、オレは1億円行ってない作品ばっかだし。

−でも自由に撮ってるじゃないですか。それはみんな、うらやましいと思ってますよ。
河崎
それはいつかも書いてもらいましたけど。

−何が楽しいんですか、委員会にがんじがらめにされて。企画から何から決められて、そんな中で撮って。
河崎
マーケット・リサーチして「これが受ける」って言ったら、もう自明の理ですから、しょうがないですよ。 

−そういう話が来たらどうしますか?いわゆる製作委員会で、10億円の予算があって、「委員会の言う通りにやってください」って話が来たら。
河崎
来ないもん、まず。

−もし来たら?
河崎
やるんじゃないですか。つまり自分の誇りを捨ててまでやるかっていったら、そこが問題であって。

−怪獣映画だったらやりますか?
河崎
やるね(きっぱり)。

−先日の読売新聞のインタヴューで、「三島由紀夫の『美しい星』を映画化したい」と言ってたでしょ?
河崎
アメリカでインタヴュー受けても、みんな三島由紀夫って言うと食いつくし。そりゃもう、「美しい星」やりたいんだけど。

−それは、おバカ映画として(笑)?
河崎
宇宙人全員、縫いぐるみ(笑)。5000万円あれば余裕で出来ますよ。

−三島原作なら、河崎監督で「潮騒」やって欲しい。かぶり物満載(笑)。
河崎
久保明ね(笑)。タイトルがいいでしょ、「美しい星」って。実相寺監督がやりたかったんですよ。結局「美しい星」って「ウルトラセブン」の「狙われた街」なんですよ。三島+河崎+宇宙人ものといえば、みんな買いますから(笑)。

現実的に「美しい星」が河崎監督の手で映画化する可能性は、現在のところ決して高くはないだろう。しかし行動力抜群の彼のことだ。あれよあれよという間に、関係者を説得して、実現させてしまうかもしれない。そのバイタリティこそが、この男の真骨頂だ。
侮るなかれ、河崎実。

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2008.10.26
0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ 第1回「崖の上のポニョ」は結局成功したのか? ]
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第1回 「崖の上のポニョ」は、結局成功したのか?(1)
    -早すぎる検証-

斉藤守彦

■ 「崖の上のポニョ」は、ヒットしたのか? 

 我ながらせっかちだとは思う。宮崎駿監督作品「崖の上のポニョ」は、7月19日の公開から約3か月を経過。スカラ座他でのファーストランが12月4日まで。翌日からはみゆき座他で続映されることが決定しているので、まだまだ上映は続くのだが、メインである夏休み興行も終わったことだし、とりあえずこのあたりで、ちょっと早い総括と検証をしてみようという試みである。
 まず最初の検証は、国民にとって最大の関心事であるだろう、「宮崎アニメは、今回も当たったのか?」ということからだ。

 全国481スクリーンで7月19日からスタートした「崖の上のポニョ」は、上映第13週週末(10月11~13日)までの87日間累計で、総入場人員1239万2477名、興行収入149億1573万8215円。この記事がアップされる頃には、興収150億円の大台を突破していることだろう。
 興行収入150億円。この額が、どれほどの価値がある数字なのか。現時点で興収150億円以上の作品が、日本映画には4本ある。まず「千と千尋の神隠し」304億円、次に「ハウルの動く城」196億円、「もののけ姫」194億円と、ベストスリーを宮崎監督作品が占め、4番目に「踊る大捜査線THE MOVIE2/レインボーブリッジを封鎖せよ!」の173.5億円が滑り込む。「ポニョ」の150億円という数字は、この5番目にあたるものだ。つまりこのまま興行が終了しても、「ポニョ」は日本映画歴代第5位のヒット作として、記録に残ることになる。もちろんまだファーストランが1か月半あることを考えると、150億円を上回るのは必須。ただし「踊る-2」の173.5億円を超えるのは、現在の興行推移から考えても、難しいと思われる。

 それでも日本映画としては、2004年11月公開の「ハウルの動く城」以来の興収100億円突破作品であることから、「歴史に残る大ヒット作」と形容しても良いだろう。 
 オープニング成績は、歴代トップの「千と千尋の神隠し」と拮抗した。第1週週末3日間の全国興行成績は、入場人員125万1107名、興収15億7581万7355円。これは興収304億円をあげた「千と千尋の神隠し」のオープニング対比、人員101.4%、興収96.6%というもの。ただし2001年夏に公開された「千と千尋の神隠し」のオープニング・スクリーン数は304であり、「ポニョ」は481という興行環境の差を考慮しなくてはならない。1スクリーンあたりのオープニング興収を算出すると「千と千尋…」541万1800円に対して、「ポニョ」は327万6128円であった。
 観客層や鑑賞動機などは、東宝がウェブでアンケートを実施。次のような集計結果が発表された。
〈男女比〉男=34%、女66%
〈年齢層〉20代=32.0%、30代=30.7%、40代=14.7%、16~19歳=10.5%、 12歳以下=7.1%
〈鑑賞動機〉「スタジオジブリ作品のファンだから」=28.2%、「宮崎駿監督作品だから」=25.6%、「内容が面白そう」16.3%、「主題歌を聴いて」14.8%
〈鑑賞後の印象〉「心が温まった」=38.8%、「可愛かった」=27.8%、「面白かった」13.1%
〈誰と見に来たか〉「家族と」=45.1%
 ウェブという媒体故に、幼年層の意見が反映されない傾向はあるものの、 20~30歳代の女性を呼び込むことには成功しており、その動機も「宮崎監督、ジブリ作品 だから」と、いわゆるジブリ・ブランドの変わらぬ強さを印象づけている。

 筆者は7月19日の初日、新宿ピカデリーで「ポニョ」を鑑賞したが、その時の観客層は、圧倒的に親子連れ、いわゆるファミリー客だった。アンケートに現れた「20~30代女性」とは、即ちヤング・ミセス層を指し、アンケートに現れない幼年層とは、つまり彼女たちが連れてきた子供たちのことだと考えて間違いないだろう。しかしながら、座席数607席の新宿ピカデリー・スクリーン1を占めた観客のほとんどが、こうした層だったのには驚いた。「ファミリー客がたくさん来ている」と言うよりは「ファミリー客しか来ていない」という印象さえ残った。
 夏休みシーズン中は、こうしたファミリー客で映画館はにぎわうだろう。しかし夏休みが終わった後、9月以降の興行には不安が残る。
 「千と千尋の神隠し」が31日間で入場人員1000万名を超えたのに対して、「ポニョ」は41日間で1000万名突破。確かに「ハウルの動く城」が44日間、「もののけ姫」の1000万名突破に66日間かかったことを考えると、このペースは速い。興行に勢いがある。事実、夏休み中は好調なペースで推移し、その強さは「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」「ダークナイト」といったハリウッド映画の大作、話題作を寄せ付けなかった。

 ところが、9月の半ば以降、目に見えてそのペースが落ちてくる。9月第3週(9/20、9/21)週末成績は、前週対比59.62%(興収)にダウンし、続く第4週では、ついに週末興収が1億円を割り込み(9880万3850円)、 興収150億円を目前に、一種の足踏み状態に陥ってしまった。
 これはファミリー客中心であることから、あらかじめ予測されたことだ。9月という時期は休日の数も多く、夏休み興行のペースをある程度持続出来るのだが、それが終わった後の客足ダウンは避けられない。期待されたベネチア国際映画祭での受賞が現実のものとなれば、あるいは客層が広がり、“オトナの観客”が押し寄せたかもしれないが、目論見通りに行かないのが世の常と言うべきか。

2. 「崖の上のポニョ」は、どう評価されたのか?に続く
3. 「崖の上のポニョ」と「となりのトトロ」の、ただならぬ関係?

[筆者の紹介]
斉藤守彦
1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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第1回 「崖の上のポニョ」は、結局成功したのか?(2)
    -早すぎる検証-

■ 「崖の上のポニョ」は、どう評価されたのか?

 これはもう、賛否両論に別れた。
 ただし、特定のシーンの意味や解釈をめぐって激論が交わされた、ということではない。いわば批評するスタンスの違いに起因するといったところだろうか。
 賛否両論の“否”=否定派が必ず指摘するのは、以下の点だ。
1=宗介が、母親のことを「リサ」と呼び捨てにする。
2=宗介が、金魚のポニョを、水道水を入れたバケツの中に放す。あれでは金魚は死んでしまう。
3=リサと宗介が住む家は、災害に備えて自家発電の機械まで常備しているにも関わらず、外部に面した窓に雨戸がない。
4=猛スピードで、暴風雨の中、自動車を走らせるリサ。かつてはヤンキーか?
5=フジモトの行動の意味・目的が不明確
 …ざっとこんなところだろうか。一言で言って、現実感、リアリティが欠如している。生活実感がない。そして否定派が口を揃えるのが「映画を見たという充実感、手応えがない」ということだ。「崖の上のポニョ」という映画を語る上で、この意見は重要な意味を持つ。つい先日、筆者は大学生約40人の前で講義をする機会を得たが、そこで「ポニョ」を見たという学生に感想を聞いたところ、真っ先に出たのが、この「映画を見た感じがしない」という意見だった。

 賛否両論の“賛”=肯定派の人たちは、上記の否定派による指摘すべてを「だって、これはファンタジーの世界なんだから」の一言でかたづけてしまう。1本の映画として、起承転結がはっきりしたエンタテインメントを求めるほうがおかしい、という意見が肯定派の言い分だ。
 こうした見解の相違は、鑑賞者の姿勢が大きく左右する。否定派の「生活実感がない」という指摘には、作品中の出来事や人物の言動を、現実世界のものとして捉え、違和感がないことを良しとする姿勢に基づいている。ところが肯定派のスタンスは、あくまで「宮崎駿監督作品」であることを前提に、その世界観やキャラクター独自の言動を、最初から受け入れる態勢にあり、多少の違和感があっても「ファンタジーだから」「宮崎作品だから」というエクスキューズで納得してしまう傾向が強い。ざっくばらんに言えば、否定派の姿勢は、アメリカの映画批評によくある視点、肯定派のそれは、監督を「作家」として敬う、ヨーロッパや日本的な批評的視点に基づいていると指摘できるだろう。だから宗介が実の母親を「リサ」と呼ぶことに対して、自身にも同様の経験がなくても、肯定派は許容してしまう。監督を作家として敬う姿勢は否定しないが、作品に描かれたあらゆることに対して、「宮崎監督がそうしているのだから、きっと深い意味があるのだろう」という理由で、全面的に肯定し、受け入れてしまうのはいかがなものだろうか。リスペクトの方向が、いささか違うのではないかと思う。

 個人的な感想を述べれば、否定派が指摘するすべての要素は、僕も感じたことである。それが作品評価のすべてではないが、「ポニョ」という映画をすんなり受け入れることが出来ない、一種の障害になっていることは事実だ。肯定派のように「これはファンタジーだから」という理由で鑑賞者たる自分を納得させることが出来ないのだ。無論すべての映画にリアリティを求めるわけではないが、ファンタジー世界の物語であるならば、それを少しでも知らしめるアクションや台詞が欲しかった。ちょっとしたディテイルにでもそれが感じられれば、この作品の楽しさは倍増するだろう。些細な部分で観客を現実世界に戻してしまい、また作品そのものがフォーマットから逸脱したストーリーで、なおかつ精神的なカタルシスも感じられないとあっては、どうしても鑑賞後の感想は「映画を見たという手応えが感じられない」としかなり得ない。
 初日の午後、新宿ピカデリーで「ポニョ」を見ていて気になったのは、映画の途中で座席を立つ観客の多さだ。これはまあ、言ってみればシネコン時代に入って見られるようになった観客のクセのようなものだが、こうした観客のリアクションもまた、ストーリー的一貫性のなさから来る戸惑いが原因だろう。
 ひとつ気づいたことがある。上映中スクリーンの前を横切って、足早で場外へと出て行く迷惑な人たち。彼らの姿を暗闇で追うと、そのすべてが大人の観客であり、子供たちの姿を見ることはなかった。子供たちが「崖の上のポニョ」という、監督のイメージが脈絡なく洪水のように押し寄せる映画を見て、何を感じたかは知らない。しかし、1時間41分じっと目をこらしてスクリーンを見つめる姿勢こそ、この映画を“子供たちのために作った”宮崎駿監督への、静かな、そして最高の拍手かもしれない。
[斉藤守彦]

3. 「崖の上のポニョ」と「となりのトトロ」の、ただならぬ関係?に続く

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第1回 「崖の上のポニョ」は、結局成功したのか?(3)
     -早すぎる検証-

■ 「崖の上のポニョ」と「となりのトトロ」の、ただならぬ関係?

 日本映画歴代第5位の大ヒットに「ポニョ」を押し上げた、その最大の功労者は、おやじふたりと9歳の少女だ。藤岡藤巻と大橋のぞみが歌う「崖の上のポニョ」は、現在までにCD42万枚(9月現在)を売る大ヒットとなった。この主題歌は去年のクリスマスにリリースされたものの、当初はまったく売れなかったが、映画公開が近づくに連れ、ヒットチャートを席巻したことは、各種の報道で知られている通り。
 この主題歌の最初のフレーズを耳にすると、僕はどうしても「となりのトトロ」の主題歌の最初のフレーズを連想してしまう。
 ポニョとトトロは、いわば年の離れた兄妹のような関係だ。
 どちらの作品も、まず“キャラクターありき”が起点となった企画であり、そのキャラクターが世の中に広く受け入れられたという点も共通している。「崖の上のポニョ」という作品に対して疑問を持つ人でも、ポニョというキャラクターの可愛さ、魅力を否定した人は、少なくとも筆者の周囲ではひとりもいない。
 「となりのトトロ」は、劇場公開時の興行成績こそ奮わなかったが、その後のキャラクター商品やパッケージ・メディアの売上が莫大で、現在までのジブリ作品で最も収入をあげたタイトルとして知られている。

 今回の「ポニョ」に関しても、「トトロ」が受け入れられたプロセスを踏襲したとまでは言わずとも、意識したと思える箇所はいくつか見られる。とりわけ作品の情報を発信する際、常に強調されたのが、「ポニョ」という映画が子供たちのために作られた作品であること、CGなどを極力使わず、手描きのもつ素朴さ、温かさを大切にした作品であること、そしてポニョというキャラクターの可愛らしさだ。
 ジブリ作品ではお馴染みとなった、糸井重里によるコピーが初期段階での宣伝材料には使われず、結果的に鈴木プロデューサーによるコピー「生まれてきて良かった。」が採用されたが、彼は当初「『となりのトトロ』『火垂るの墓』の2本立てに使われた、“忘れ物を、届けにきました”というコピーをもう一度使おうと考えた」ということを、自身のラジオ番組で明かしている。

■ 宮崎駿監督の次回作についての提言

 「崖の上のポニョ」について、筆者が知り得たこと、また考えたことや感じたこと、分析したことをずらずらと並べてみたが、ビジネスとしての「ポニョ」は、冒頭で述べたように大成功を収めたと言える。
 しかし、1本の作品として、幅広く世間に受け入れられたか?観客を満足させることが出来たか?については、疑問が残る。ただしこのことは、宮崎駿監督の作家性、ポリシーに関わることが多いので、より大きな成功を収めるためにはかくあるべしといったことを指摘するわけにはいかない。
 もし宮崎監督作品が今後も、こうした作家的スタンスで作られるのであれば、現在のような全国クラスのマーケティングは不要となり、作品の個性を尊重するためには興行規模の縮小を余儀なくされるだろう。
 前作「ハウルの動く城」においても、その作家性に観客は戸惑いを憶え(しかし宮崎監督は、世間の「ハウル」に関する評価に「激怒しています」と、「CUT」のインタヴューで述懐している)、今回の「ポニョ」も作品に対する疑問は数々あれど、ポニョのキャラクターの魅力によって、あらゆる局面を打開したという見方は間違っていないと思う。

 もし監督自身が作品作りのスタイルを変えるというのであれば、次回作では、ぜひ脚本家を起用することをお薦めしたい。保守化が著しい昨今の映画観客の期待に応えるためには、まずはストーリー面での整合性が重要だと思うからだ。
 現在のペースで行けば、宮崎駿監督の次回作は、監督71歳の頃になるだろう。四十の手習いならぬ、七十の手習いとして、試してみてはいかがだろうか。
[斉藤守彦]

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