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» 2009年03月25日 08時00分 UPDATE

特集企画

組み込み向け半導体最新動向：x86プロセッサ（2）

Intelとx86互換ベンダーとの「追いかけっこ」はいつまで続くのか？

これまで幾度となく繰り広げられてきた、Intelと多数のx86互換ベンダー間でのプロセッサ性能競争。しかし、高性能の製品を開発することだけが、市場で生き残るための正しい戦略ではないようだ。

[大原雄介]

　前回の「組み込み機器にも意外と『入ってる！』　PCプラットフォーム」において、x86プロセッサが広く組み込み向けに使われている理由を「多くの市場プレーヤーが競争した結果である」と説明した。

　今回は、Intelやx86互換ベンダーの攻防を、各社の製品ラインアップと関連付けながらより具体的に紹介する。その変遷をひも解いていくと、激しい市場競争の中で生き残るために必要なものが「高性能を求めること以外にもあること」が見えてくる。

Intelと互換ベンダーの二重構造

　まず、Intelとx86互換ベンダーがこれまで取ってきた製品戦略を紹介しよう。今回は、x86アーキテクチャの第4世代製品として位置付けられる「Intel486」（以下、i486）シリーズ（1989年販売開始）から話を始める。この世代以降、PC以外の分野への展開として、各社から組み込み向け製品が多く出てくるようになるからだ。

　1980年代後半までのIntelは自社での製品生産能力に限界を感じ、さまざまなファウンダリ企業とセカンドソース契約やライセンス生産契約を結ぶ方式を取っていた。契約を結んだ互換ベンダーは、Intelと同じ内部構造やマイクロコードを使用して、プロセスや回路、価格などで差別化を図った製品を市場に投入した。

　しかし、互換性のある製品が大量に生産されたことから、同社は方針を転換。自社の生産能力を高め、セカンドソースやライセンス供与を打ち切る方向に進む。しかし、長期ライセンスを結んだ技術も幾つか残ったため、完全にその流れを打ち切ることはできなかった。

　そこでIntelは次なる手として、煩雑にプラットフォームを切り替えていく。i486シリーズまでと、その後継製品である「Pentium」シリーズ（1993年販売開始）以降で完全にインタフェースを変更し、「互換製品は常に1世代古い」という構図を作り出すことにしばらくの間成功する。

　i486シリーズと同時期に発表されたx86互換ベンダー製品はAMDの「Am486」のみで、Cyrixの「Cx486SLC／DLC」やTI（Texas Instruments）、IBMなどの製品は、いずれもi486の1つ前の「Intel386」シリーズの内部構造を採用している。これらの互換ベンダーは旧来のプラットフォームを活用しながら、i486と同等の速度で動作するように、キャッシュや拡張命令などの工夫を施す。

　この点は、特に製品の利用スパンが長い組み込み分野向けには非常に重要であった。こうした「IntelとIntel以外」という二重構造は、互換CPUが完全に姿を消すまで長く定着する。

互換ベンダーの戦略

　ただ、互換ベンダーにとって「互換CPUと旧来のプラットフォームの組み合わせ」だけでは、絶対的な性能はともかく新機能への対応が遅れることになる。

　例えば、i486シリーズでは旧来のISAバスやi486のバスをそのまま標準化したインタフェース「VL-Bus」が使われていたが、Intelは率先してPentium世代でPCIバスを導入した。その後、第5世代の「P54C」コアのPentiumが導入されたころには、PCIバスがグラフィックスの標準バスとなり、P54Cの後継製品が登場するとそのほかのバスは完全に駆逐されてしまう。

　ここで、互換ベンダーには2つの動きが出てくる。1つは、互換チップセットベンダーと組み、旧来のインフラを使いながら新機能に対応したチップセットを出し、相対的に見劣りしない製品を出すこと。もう1つは、組み込み分野などPC以外の用途への転換である。

　こうして、より低消費電力のラインアップを各社とも用意し始めることになる。特にAMDは1999年、X5コアを転用して周辺回路を統合した「Élan」を発表。これは、AMDとしては例外的に息の長い組み込み向け製品となった。

Intelの強みとは？

　一方のIntelは、互換ベンダーへの対抗策として、低消費電力タイプのCPUを用意し組み込み向けに供給を始める。

　Intelの強みは、長期供給プログラムに基づいて「CPUとチップセットをまとめて供給できる」ことだ。例えば、1世代とか2世代前のCPUでも型番は限られるが、それに対応したチップセットを出荷できるため、組み込み向けにも多く採用されてきた。

　また、Intelは1995年にCPUとチップセット、メモリソケットなどをワンボード化したモジュール「EMBMOD」を提供した。しかし、この製品はユーザーには支持されなかったようだ。それでも同社の売り上げや利益に占める分野別の割合は、圧倒的にPC分野やサーバ分野が大きく、この時点では組み込み分野に力を入れていた雰囲気はない。

　Intelが組み込み分野向けでの積極的な展開を見せ始めるのは「Pentium Pro」（P6世代）が製品投入された1990年代半ば以降である。当時は、自社生産を行っていたベンダーであるIBMやTIが撤退する一方で、IDTやNexGen、RiSE Technologyといったベンダーが新規参入してきた。

　IntelはPentium（P5）世代からP6世代への転換に失敗していた。IntelがP6世代の最初の製品として投入したPentium Proは、CPUコアとL2キャッシュをMCM（マルチチップモジュール）の形でワンパッケージ化したものだったが、歩留まりが悪かったため生産コストが高くついた。そのため製品コストがかなり高かった。

　また、Pentium ProのCPUコアでは、32ビット命令は高速に動作したが16ビット命令の最適化が不十分であり、当時主流だったWindows 95（※）では同一クロックのPentiumに及ばない性能しか出せなかった。

※編注：Windows 95は32ビットOSだが、16ビットコードが多く含まれていた。

　これを解決するため、同社はCPUコアの設計を見直した「Pentium II」を1997年に発表した。Pentium IIでは16ビット命令の高速化を図り、L2キャッシュはMCMではなく、オフチップの形でPBSRAM（※）を搭載する構造にした。Pentium IIをオフチップで搭載したのは、当時の技術ではまだ大容量のSRAMをダイの上に載せるのが無理であったからだ。この点が解決されたのはIntel P6世代の後半に登場した、0.18マイクロメートルプロセスを使った「Coppermine」コアである。

※PBSRAM（Pipelined Burst SRAM）：自動的にアドレスを補完する機能を持つSRAM。

　Coppermineは「Slot 1」と呼ばれる長めの242ピンスロットに装着され、その体積も大きかった。また、消費電力も少なくなかったので、かなり大型の筐体が許される製品はともかくとして、小さいサイズの組み込み機器には到底利用できなかった。このP6世代の前半では、組み込み向けの採用例が急激に減少した。その半面、互換ベンダーの製品に勢いが出てくる。

Intelの変遷（i486～P6世代）

　当時のAMDはK5世代の製品を自社開発したが、Intelと比べると性能が伸びず、しかも高クロックで動作しないという苦しい状況にあった。この解決策としてAMDは、i486互換製品「Nx586」の出荷を開始していたNexGenを買収し、同社がNx586の後継製品として開発中だった「Nx686」をベースにした製品「AMD-K6」をリリースする。

　AMD-K6は、Pentium IIに比肩しうる性能を持っていた。欠点を挙げるとすれば浮動小数点演算性能が低い点だったが、これを補うためにK6-2では「3DNow!」と呼ばれる独自のSIMD演算ユニットを搭載した。

　さらにその後継製品「K6-III」では、256KバイトものL3キャッシュをダイに搭載するなどの工夫を施した。しかし、0.25マイクロメートルプロセスでは歩留まりに難があり、結果的に市場シェアを伸ばせずに終わる。

AMDの変遷（486～K6世代）

重要なのは「性能だけ」ではない

　Cyrixは、Cx486の後継としてPentiumクラスの製品「M1コア」を開発した。M1コアは2命令のスーパースカラー構造だったが、その開発は難航した。そのため、半分に割った1命令のユニットとして「M1SC」コアが開発され、「Cx5x86」としてリリースされる。

　その後、Cyrixを買収したNational Semiconductor（以下、NS）は、このコアを搭載したSoCである「MediaGX」を発表した。この製品はAMDのÉlan同様、組み込み向けに幅広く採用される。

　その一方で、CyrixはM1コアを「Cx6x86」として発売し、さらにMMXを搭載した「Cx6x86MX」を投入する。Cx6x86MXは、Pentium互換のSocket 7を採用し、より高速に動作する点で性能面での優位性を出していた。しかし「高速に動作する＝消費電力も大きい」ため、必ずしも組み込み分野に向いていたわけではなかった。また、AMDは消費電力が大きい、組み込み向けK6ファミリーをリリースするが、早々と製品ラインは消えてしまった。

　反対に低消費電力をウリにした製品が、RiSE Technologyの「m6P」やIDTの「WinChip C6」だった。

　m6Pはシンプルなパイプライン構造を取りつつ、高効率なデコーダーによって、競合製品と比べて電力性能比が大幅に改善された製品だった。特に組み込み向けに適しており、また製造原価もかなり低かった。

　筆者は当時、RiSE TechnologyのCEOであるDavid T. Lin氏に会ったが、その際にLin氏は「AMDのK6やCyrixのCx6x86が競合製品だ」と語っていた。

　同社はm6Pの発展型としてノートPC向け「Tiger」や、m6PにL2キャッシュを搭載した「m6P-II」などの発表を予定していたが、直前になってキャンセルしてしまう。その理由については、資金不足をはじめとしたさまざまな理由が挙げられているが、いまだ不明のままである。

　同社はその後、台湾のSiSおよびST Microelectronicsと提携し、両社にm6Pのコアをライセンス供与する。また、ST Microelectronicsからは386SX互換のコアの供与を受け、これを「iDragon SCX501」という名称で販売した。これに伴いm6Pを「iDragon m6P」と改称したが、結局長続きしないままSiSに買収されてしまう。

　これらの動きは、低価格向け製品を安定して大量に販売するためには「財務状態がしっかりしていないと持ちこたえられない」ことを実証したともいえよう。

　そのSiSは、m6Pコアを入手し、SiS550／551／552というSoCを販売してきたが、2005年からはメンテナンス状態に入り、新規の開発などは一切行っていない。同社はこの時期からいまだに増大するコストに苦しんでいる。ただ、これで製品の供給が終わらない点が同社のすごいところだ。

　SiSと同じ台湾のDMP Electronicsは、2006年にSiSからSiS550の資産を買収し、まずSiS550シリーズを「Vortex86」という名称で販売した。また、このコアを再設計した「Vortex86SX」を2007年に、このVortex86SXを微細化するとともに、その強化版である「Vortex86DX」を2008年に発表している。

　Vortex86DXでは、従来8段だったパイプラインを6段に減らし、また微細プロセスに対応している。この再設計の主眼は、製造コストや消費電力削減に向けられており、性能改善ではない。そのため「386互換であれば絶対性能は低くても構わない」という用途での採用がかなり多いようだ。

　DMP ElectronicsがSiS550のライセンス入手や、Vortex86SX／DXの開発にどれくらいコストを掛けたかは不明だが、売り上げ規模を考えればそれほど高い金額だとは思えない。つまり「開発コストが低めに抑えられれば、x86互換コアはたとえ性能が低くてもビジネスとして成り立つ」という教訓がここから見て取れる。

RiSE Technology～DMP ElectronicsとTransmetaの変遷

Intel、低消費電力製品を投入

　その後、Intelは製品ラインの主流をPentiumからPentium II／IIIなど「高機能・高付加価値・高価格製品」に移しつつあったが、AMDやCyrixなどの互換メーカーが価格で勝負してきたため、絶対的な価格で不利になった。

　そこでPentium IIの世代から、同じコアを使いつつキャッシュ容量やバスの速度などの機能を制限する代わりに、安価で提供する低価格製品「Celeron」をリリースする。これが組み込み向けに大ヒットする。

　Celeronは、Pentium II／IIIに比べて利益率は低いが、組み込みベンダーにとっては安く製品が入手できた。多少性能が劣っても、組み込み向けとしては十分な性能であり不都合はなかった。

　また、IntelのP6世代は比較的消費電力が大きいため、ノートPC向けにはPentium世代の製品が長く利用されてきた。特に、プロセスを微細化した「Tillamook」が利用されていた。Pentium II世代のモバイル向け製品は、CPU以外にL2キャッシュを2基搭載した3チップ構成をモジュール化しているため、基板の大きさを縮小するにしても限界があった。

　その点、Pentium世代はワンチップで済み、実装面積にゆとりがない組み込み機器での実装が容易だった。発売当初は、ノートPCそのものの需要が少なかったため製品の流通量も少なく価格も高止まりしていたが、市場が拡大するにつれて価格が多少下がり、比較的安価で入手できるようになった。これに引き続き、IntelはCoppermine以降の「Pentium III」で、ようやくモバイル向けのCPUをリリースする。

そして「超」低消費電力闘争が始まる

　一方、Intelに対抗したのがTransmetaの「Crusoe」である。Crusoeは、いうなれば「超」低消費電力を目指し、VLIWプロセッサをベースとして製造された製品で、CMS（Code Morphing Software）技術によってx86命令をそのまま解釈できることを特徴とする。実際にこの製品の消費電力は圧倒的に低く、一時期国内のメーカーのノートPCに多く採用された。

　これを受け、Intelは慌ててCoppermineをベースとした「超」低電圧品を投入する。一度製品のマーケットができると引き続き製品の投入が求められることになり、IntelはMobile Pentium IIIのみならず、モバイル向けCeleronの超低電圧版を市場に供給することになる。

　ここまで来ると「低消費電力」「（比較的）高性能」「低価格」の3拍子がそろうことになる。その結果、組み込み向けにこの超低電圧Mobile PentiumIIIを採用する例が増えた。このクラスでは、アクティブファンを必ずしも搭載する必要はなく、長寿命あるいは高信頼性が求められるニーズにも適した製品向けにx86が搭載されるきっかけとなった。

　従来の組み込み分野では、先述したAMDのÉlanやNSのMediaGX／Geodeなどが採用されていたが、消費電力は低いが性能的には劣っていた。例えば、MIPSコアは同等の消費電力でより高性能だった。しかし、ここにきてx86がトップパフォーマンスの座を奪取することになる。

　その後、IntelはTualatinをベースとして、より高性能・低消費電力のPentium IIIをリリースした。この当時の省スペース向け組み込み製品の大半は、超低電圧のMobile Pentium IIIあるいはMobile Celeronを搭載していた。

　一方のTransmetaは、TM5400／5600に続くTM5800の製造に失敗する。初期のTM5400／5600はIBMの0.18マイクロメートルのアルミ配線プロセスを使ったが、後続のTM5800は台湾のTSMC（Taiwan Semiconductor Manufacturing Company）の0.13マイクロメートルの銅配線プロセスに切り替える。しかし、この銅配線プロセスの量産は最終的に1年延びることになる。TSMCとTransmetaの両方に問題があったともいわれている。

　この結果、多くの顧客がTM5800ベースの製品計画をキャンセルする。またTM5000シリーズは割り込み処理などをCMSベースで処理していたため、特にリアルタイム処理が必要なアプリケーションにおける最悪実行時間（WCET：Worst-Case Execution Time）の保証ができなかった。さらに、割り込み処理を優先的に行う機能もなく、非常に使いにくかった。Crusoeは初期のIA（Internet Appliance）機器に多く搭載されたが、結果的に同社はこの市場でのシェアを失ってしまう。

生き残るための正しい決断

　この時期のもう1つの大きな動きは、IDTとCyrixである。PC市場ではIntelとAMDの性能争いが激しくなり、両社はこの動きに付いていけなくなる。その背景には、各社ともIntelと同等の性能を持つアーキテクチャを自社で開発する必要があり、そのための開発費の増大に耐えられなかったことにある。

　CyrixはM IIに続き、周辺回路や3Dグラフィックを統合した「Cayenne」と、これに続く「Jalapeno」というコアを計画していたが、親会社であるNational SemiconductorがCyrixの売却を決定する。同様にIDTも、WinChip4の量産前に設計子会社であるCentaur Technologyの売却を決定した。最終的に両社を買収したのは、それまではIntelの互換チップセットを販売していたVIA Technologies（以下、VIA）であった。

　VIAは1999年6月にCyrix、同年8月にIDTを相次いで買収し、最初の製品「Cyrix III」を投入する。同社は、製品ブランドにPC向けマーケットで認知度が高かったCyrixの名前を使用した。しかし、当初は旧CyrixのJoshuaコアを使ったサンプルが出荷されたが、最終的にIDTのWinChip4をベースとした「Samuel 1」コアを出荷する。

　その結果、Cyrixの設計部隊は廃止され、ここでCyrixの「直接の」系譜は終わってしまう。ここで「なぜ、Cyrixを買収したのか」という疑問がわくのだが、その理由はいまだに明らかにされていない。ただ、ここで「性能よりも、低消費電力や低コスト性に優れたIDTのコアを買収したこと」は、現在までVIAが生き残るためには正しい決断であったといえる。