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クローズアップ2009:イラク開戦から6年(その1) 米、撤退控え融和に軸

 ◇「対テロ戦」言葉消え

 イラク戦争の開戦から20日で6年。オバマ米大統領のイラク戦略には、ブッシュ前政権の看板だった「対テロ戦争」の言葉は登場しない。今後の中心課題はテロよりもむしろ、国内の政治闘争になるとみているためだ。イラクとの地位協定で11年末に設定された駐留米軍の完全撤退期限まで残り約2年9カ月。米軍という「安全弁」があるうちに、イスラム教シーア派とスンニ派、クルド人を融和させることが急務となっている。

 「イラクの民主化はまだ底が浅い」。ゲーツ米国防長官は18日の記者会見で、イラク戦争開戦から6年を経た現状をこう語った。今後の課題として「国民融和」「(石油収入の分配を定める)石油法の成立」「(キルクーク油田の帰属を巡る)クルド人とアラブ人の反発」の3点を挙げたが、軍事的な内容は含まれなかった。

 オバマ大統領が描くイラク像は「安定、自立した主権国家」。イラク治安部隊は昨年12月現在で約59万人に増強された。米軍など多国籍軍の支えもあって治安は改善傾向にある。スンニ派武装勢力には融和策もとられた。これまでに停戦に応じたスンニ派武装勢力は200以上に上る。

 だが、宗派・民族間の火種が消えたわけではない。

 メイプルズ米国防情報局長によると、イラク治安部隊の一つ、国家警察の75%はシーア派。宗派間抗争が激しかったころスンニ派を標的にしたため、「スンニ派地区での活動は緊張が増した」という。

 米外交問題評議会のビドル上級研究員によると、1940~92年に世界で停戦した内戦23件のうち、10件は5年以内に戦闘が再発した。シーア派国家イランやスンニ派アラブ諸国に囲まれたイラクの場合、再び内戦状態に陥れば周辺諸国に飛び火する危険性が「過去の例より高い」と指摘する。

 この6年の戦いでようやく手に入れつつある「和平」をどう維持するか。脆弱(ぜいじゃく)な宗派・民族間の融和を維持するため、オバマ政権は次期駐イラク大使にヒル国務次官補を指名した。90年代のバルカン紛争で、ボスニア和平調停の米交渉団やコソボ特使として奔走した手腕を見込んでの人選だった。

 民族浄化の嵐が吹き荒れたボスニアとコソボには、北大西洋条約機構(NATO)中心の大規模な平和維持部隊が展開。「4年後に駐留規模が半減されたが、内戦に逆戻りすることがなかった」(ビドル氏)。オバマ政権は、まず強大な軍事力で治安を維持し、それから民族間の融和にシフトしたバルカンでの成功例をイラクで再現しようとしている。【ワシントン草野和彦】

 ◇宗派・民族間、残る火種

 イラクでは、米軍撤退後を見据えた勢力争いが既に始まっている。焦点は年末にも実施される総選挙。その強権体質から「ミニ・サダム」とも呼ばれるマリキ首相は、国家主義と中央集権の強化を訴えつつ、対米強硬派「サドル師派」や部族指導者らとの連携を強めるなど基盤強化に余念がない。

 マリキ首相の出身母体であるイスラム教シーア派政党「アッダワ党」を中心とする勢力は、総選挙の前哨戦と位置付けられた今年1月の地方選で大きく躍進した。昨年春以降の治安改善が支持を拡大した格好だ。

 これに対し、連邦制を志向し、北部の石油都市キルクークのクルド地域編入を狙うクルド人勢力も対抗策を練っている。首相権限を制約するため、首相府と首相直轄治安部隊の09年予算削減を求め、これに成功した。

 また、クルド人の首領、タラバニ大統領は今月に入り、任期満了を待って大統領職から退く意思を示した。狙いは、大統領ポストをスンニ派、連邦議会議長ポストをクルド人に入れ替えることにある、との憶測が出ている。

 連邦議会は首相に対する不信任案など現実的な対抗手段を有するため、クルド人が「名より実をとる」戦略に出たとの見方だ。

 一方、シーア派勢力内でのたたきあいも激しさを増している。

 駐留米軍を後ろ盾にした強力な治安執行力と、スンニ派への大胆な懐柔策で宗派・民族間の融和を図るマリキ政権だが、バグダッド大のジャシム・タリシュ教授(メディア論)は「各派は結局、自派の利益しか考えていない」と指摘。米軍無きイラクの安定を不安視している。【カイロ高橋宗男】

毎日新聞 2009年3月21日 東京朝刊

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