初舞台も「オペラ座の怪人」とお聞きしましたが、当時の事を覚えていますか?
僕は、緊張するタイプではないのですが、不器用で。
入ってからすぐやる役のひとつ、シンガーのアンサンブルというコーラスを担当したんです。動きが少なくて一番簡単な役だったんですけど、それでもひとつひとつが大変で、ただ歩いて舞台に立ってはけるというのですら、なかなかできなくて。こなすのでいっぱいいっぱいでした。
親が見に来ていたんですけど、「どこで出てたの?」と(笑)。それぐらい目立たない役だったけど、僕はすごく苦労しましたね。
劇団四季に入る前は大学で声楽をされていたんですよね。
そうです。
歌だけをやっていたので、普通に歩くことも、僕としては普通に歩いているつもりなんですけど、緊張すると、右手と右足が同時に出ていたりとかして(笑)。
歩いたり、手を差し出したりとか、それだけでも難しかったです。

今日のラウルを見ていたら、そんな頃があったのかなと思いますが。
だから、若い団員たちを見ると、全然できなくても「自分もそうだったしな」と思うからイライラはしないですね。
まあそれが、優しいのかどうかは分からないですけど(笑)。
なるべく手助けになればなと思って指導していますね。
ラウル役に初めて抜擢された時、どんなお気持ちでしたか。
『ライオンキング』のシンバを経由してからだったのですが、入った時から、何となくラウル役に対してイメージはあったんです。
でも、子爵という役は普段の生活や感覚と違うところがあるので、難しくて。歌は好きだけど、子爵然とする言い方ができるのかな?という不安がありました。
それこそ初舞台の話ではないですけど、普通に立っていながら、ちょっと上の目線でみんなと接するということが、僕の感覚になかったので。それが、若い子に歌のレッスンをしたり、ものを教えたりする劇団内での仕事をちょこちょこ任されるようになって、なんとなくそういった関係性が掴めてきたんです。
その感覚を生かしてやればいいのかな?と。

初めの頃と今とだったら、ラウル子爵という人物に対する思いは変わりましたか?
そうですね、かなり変わりましたね。やっぱり、最初の頃は自分の役を必死に、それこそムキになって一生懸命やっているだけという感じだったんですが、今では、一旦作品から離れて作品全体を見渡して、このシーンは一体何を言いたいんだろう?と、だんだん俯瞰してみるようになってきました。
ラウル子爵は、最初は余裕を持っていて、軽い気持ちでクリスティーヌに近づいた。ところが、だんだん本当の愛に変わっていって、最後は自分の何もかもを捨てて命を賭けて守ろうとする。だったら僕が最初からそんなにムキになったらおかしいんじゃないか?そういう考えにだんだん変わってきました。
先輩にも「ちょっと頑張り過ぎなんじゃない?」とか言われたりしていくうちにね。だから今はファントムの最後の切なさを感じてもらいたくて、どうすればそこにみんなの気持ちを持っていけるかをすごく考えますね。
僕は、お客様が「ラウルがいい」と思って終わるのはおかしいと思っているんです。ストーリーはそうではないので。だから「嫌な奴でも何でもやってやる!」そんな感じでやっています。

クリスティーヌへの想いの変化をつくっていくのに難しさはありませんか?
やっぱり、最初は自分の番というか、自分の歌のフレーズとかセリフばっかり考えがちなんです。本当は、相手あっての自分なんですが。その辺がすごく難しくて。
ロングランをやっていくと、いろいろ相手が変わってゆきます。クリスティーヌが変わり、ファントムが変わり。そうして公演を重ねる内に、発見がいっぱいあって、そこから深まるというか、変わっていく。
最初が一番難しいのかもしれないです。
それは、ロングラン公演の良さでもある?
そうですね。それがロングランの強みかもしれません。
例えば、1ヶ月だけの公演だとすごく難しい。もちろん、その前に稽古が何ヶ月もあるんですけど、本番でしか分からないことが結構あって。
ロングラン公演時も練習はあるのですか?
公演もやっていますが、新しくキャストがどんどん入れ替わっていくので、それ以外の時間を使って、舞台の上やリハーサル室などで、毎日稽古しています。結局そこで自分たちのチェックもしていくので、日々本番と稽古で半々ぐらいの感じですね。

徐々に熟していく反面、新鮮さを保たなきゃいけないということもあると思うんですが。
そうですね。ただ、新鮮にやろうと思わなくても、その時の相手の表情も健康状態も目つきも毎日違うじゃないですか。セリフって通常、次のことを考えないで、相手が何か言ってそれに応えている、今こうして話しているような感じと全く同じなんです。不安げにいたら「守りたい」と思うだろうし、すごく嬉しそうにしていたら「良かった」と思ったり。そういうのって日々何かが違うんですよね。その辺を感じるようにすると、同じことをやっているとは全く思わなくなります。
…そういう感覚って、なかなか分かりにくいですよね?(笑)「毎回同じセリフで大変ですね?」という質問をよく受けますが、“同じ”ではないんです。歌の調子や声のノリなど、いい意味でいろいろ違うので、相手をよく観察すると、同じことをやっているようでも、実は全然違うということが見えてくるんです。

一番好きな場面はどこでしょう。
全場面好きなんですけど、本当のところを言っちゃうと、ラウルがオルゴールを見てクリスティーヌのことを思い出す「オークション」という最初のシーンが一番好きですね。
そこから過去に遡って思い出す、そのつくりが好きです。
地味だとは思うんですが(笑)。
では、見どころは?
先ずは音楽が良いです。僕自身、何回やっていても「これは素晴らしい」と思います。「ぜひ音楽を聴いて下さい!」と言いたいです(笑)。あとは衣裳、装置も素晴らしいんですけど、一番素晴らしいのは、ストーリー。結末の悲しさが本当にすごいなと。
以前、稽古場で他の人がやっているのを見たとき―稽古場だから、衣裳も装置もない状態だったにもかかわらず―僕、最後の二幕の途中から泣けてきて全然見られなかったんです。その感覚が忘れられなくて。
お客様にもそういう風になって頂きたいなといつも思っています。

大学時代と劇団四季に入ってからは変わりましたか?
全く変わりましたね。踊りのレッスンはいっぱいあるし。あと、時間のスピードがすごく速い。クラシックを勉強していた時は、「譜面をもらいました。次の週のレッスンまでに譜読みをしましょう。2、3週で暗譜しましょう」みたいなノリだったんです。
ところが四季では、1日目にもらったら、「次の日かその次の日に覚えて歌いましょう」。全然スピードが違う。入団した当時、僕としては一生懸命やっているのに、みんなは「遅い!動きも入ってないの?」みたいな感じでした。稽古場で稽古はもちろんやりますが、その後がすごい。1人で稽古する時間がみんな普通に長くて、最初はかなりそれに戸惑ってしまいました。稽古場でやるのが全てだと思っていたのに、“ヤミ練”が主だったという(笑)。でも、それがここでの常識。
今では僕もそれが普通になっちゃって。だから、クラシック畑から来た人がすごくゆっくりやっているのを見ると、「ここは違うんだよ〜」と(笑)。

ところで、北澤さんの子どもの頃、将来の夢は何でしたか?
僕、電車が大好きで。電車の運転手になりたかったんです(笑)。
小学校6年生ぐらいまで本気でなりたいと思っていました。
(笑)今でも、電車に乗るとワクワクします?
ちょっとね(笑)。小さい頃は、「電車で1人で行く!」と言って、家族と別行動というか、先乗りして行くのが大好きでした。何なんですかね、あれは(笑)。
あと、電車も好きだったんですけど、野球も結構好きで。ピッチャーをやっていました。それと水泳。親から「水泳はやりなさい」と厳しく言われて、ずっと続けていました。本当は嫌でしたけど。
でも、今となっては、劇団四季のタフさに耐えられているのは、厳しくて苦手だったけどやり続けた水泳のおかげかなと思います。
だから僕も、もし子どもができたら、無理やり何か運動させようと思ったり(笑)。水泳とか、バレエとか。結構大事だなと思っていますね。

学生時代に熱中されていたことは?
学生時代はやっぱり歌ですね。
当時はクラシックオタクみたいになっちゃってました。とにかく、クラシックの音楽を聴きまくって。サークルも、コーラスとかオペラ同好会とかいろいろやっていましたし、あらゆる面で吸収の時だったような気がします。それまであまり聴いていなかったので、大学生になってガーッと聴きまくっちゃった(笑)。
休みの日もずっとですか?
ずーっとです(笑)。CDも相当買ったし、聴いたかな。
ところで劇団四季に入るきっかけは?
友達が四季に入っていたこともありますが、学校に募集の案内が来ていて。それを見て、「ん?歌を歌うだけでもいいの?」って思いました。そこからですかね。実際はそうじゃなかったんですけど(笑)。
オーディション自体は踊らなくてよかったんですが、入ってからは動かなきゃいけなかった。そこまでは考えが及ばなかったんです(笑)。
では劇団四季に入ってからダンスを?
そうです。この「オペラ座の怪人」に出演している俳優には、そういった方が結構多いですよ。初めは、踊れる人の中に入ってやるので、相当恥ずかしかったですね。
それこそプリエから始まっても、「何、それ?」って。

大人になってからダンスをするって、すごいことですよね。
そう僕も思いましたけど。でも、やっちゃったらやっちゃったで何とかなります。僕の場合、動いてバテちゃうことがあんまりなかったですしね。激しい稽古とか、もちろん辛いんですけど、嫌でも「もうダメ」とはならない。
怒られても、人から文句を言われても、よっぽどのことだから言ってくれていると思うので、あんまり嫌いじゃない。「それで良くなるのなら、聞いちゃいます」と思う性質なんです。
最後に、ハニーFMのリスナーにメッセージをお願いします。
生の舞台って、その時々の空気感があると思うんです。
舞台上に人がポーンポーンと生きている感じ。その辺りが、映画とはちょっと違うのかなと思います。技術力の披露、それを見るのも緊張感があって面白いと思います。ぜひ一度足を運んで頂けたら嬉しいです。
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