「市立松原病院」(大阪府松原市)の閉鎖を打ち出した同市の中野孝則市長に対するリコール(解職請求)は有権者の3分の1以上の署名が集まらなかったため、請求は断念されたが、市民の権利として保障されたリコールがいかにハードルが高い制度であるかが改めて浮き彫りになった。行政の長に対して意見を届ける機会は議会を通してやパブリックコメントなど様々な方法があるが、リコールはもっとも直接的で効果的な方法だけに、法が定められた昭和22年とは社会情勢も変化しており再考の余地があるのではないだろうか。
存続問題で揺れる市立松原病院(撮影筆者)
「(署名期間が)1カ月という中で、リコールのハードルが高くかなり難しかった。法律がかなり以前に決められており、民意を反映させるのに大きなエネルギーがいることを感じた」。19日に中野市長へのリコールを断念したことを発表した「『とりもどそう住んでよかった松原を』市民の会」はリコールに向けた署名運動をそう振り返った。
同会は2月16日から3月17日までの1カ月間、駅前や街頭で署名活動を展開したが、署名を集めるメンバーが限られた人数であることや、署名に際して住所や氏名などの個人情報を書かねばならず、そうしたことが目標数を達成することが出来なかった要因となった。
それでも集まった署名は約3万人分に達した。請求には33、996人以上の署名が必要だったが、約4,000人分足らなかったことになる。だが3万もの市民が市長の解職を求めている「民意」は大きい。現行制度の下では規定数に達しない場合は選挙管理委員会は署名の受理さえしないことになるが、無駄にしてしまうにはあまりに大きな数字だ。
リコールを定めた地方自治法は昭和22年制定、その後、改正され人口40万人以上の自治体については40万を超える数に6分の1を乗じて得た数と、40万に3分の1を乗じて得た数とを合算して得た数を必要署名数とする、と必要署名数が緩和されたが、松原市の場合は人口が40万人以下のため3分の1が必要だった。3月29日に岡野俊昭市長の解職投票が行われる千葉県銚子市では署名は約2万3,000人分が集まったが、人口規模では銚子市の倍近い松原市では苦戦したようだ。
銚子市も松原市もリコールの背景に市立病院の存続問題があった。全国各地では2007年に施行された「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」に伴い、地方公共団体が経営する病院事業が、自治体会計から切り離される傾向が強まり、多くが存続の危機にさらされている。公立病院は地域医療の担い手であり、効率経営に主眼が置かれると十分な医療サービスが提供されない恐れがある。
松原市では市内にある「松原徳洲会病院」がベッドを増床したり救急医療や小児医療体制を引き継ぐとしているが、市民の会では小児救急を含む医療機能は、3年間しかないことなどが隠されていると指摘、地域の医療体制が確保されないことに懸念を示している。福祉や医療、交通など行政の責任の下で提供しなければならないサービスが、効率や経営を優先するあまりに切り離されたり、見捨てられることがないようにされなければならない。
銚子市民は解職投票を通じて市立病院の再開について意志表示できることになったが、松原市で市立病院存続を求める市民の意志は、病院存続問題が争点として浮上しそうな5月31日の市長選で反映されることになるのか注目される。
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