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社説

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公示地価―下落を経済再生のバネに

 景気の急激な落ち込みの影響が地価にも及んできた。国土交通省が発表した今年1月1日時点の公示地価で、住宅地、商業地の両方とも、47都道府県のすべてで下落した。全国平均では3年ぶりの下落となった。

 昨年調査までは首都圏、大阪圏、名古屋圏の3大都市圏は中心部の土地需要が底堅く、地価は高い伸びを示していた。だが、今回はその大都市圏が地方より大きく下落し、全国ほぼすべての地点で下落局面に入った。

 これほど広く地価が下落したのは実需が落ちたからだ。雇用不安が高まり所得の伸びを期待しにくくなったためか、マンションの売れ行きが落ちている。オフィスビルも空室率が上がり、賃料が下がっている。企業の資金繰りの悪化で、商業施設や工場の建設への投資が急激に減っている。

 1〜2年前までは都心部のホテルや商業施設の大型投資に海外から巨額の資金が入ってきたが、それも世界金融危機でしぼんでしまった。

 こうなると、不況がもたらした地価下落がさらに不況に拍車をかける、という悪循環が心配だ。保有地の時価が簿価をかなり下回ると企業は損失を計上しなければならず、業績の悪化が投資や雇用の削減を招くからだ。

 政府はそういうショックをやわらげるよう、企業の資金繰り支援などに一層目配りする必要がある。

 さらに、地価下落を経済危機に立ち向かうバネに利用する、という逆転の発想も必要なのではないか。

 住宅地はバブル経済前夜の85年ころ、商業地は第2次石油危機の79年ころの水準まで下がった。

 これだけ用地費が安くなれば、JR東海の中央リニア新幹線計画や首都圏の環状道路などの大型プロジェクトも、これまでの想定より採算がとりやすくなるはずだ。高齢社会にふさわしいコンパクトシティー化のような都市づくりも進めやすくなる。

 良質な住宅環境をつくるチャンスでもある。92年に宮沢元首相が打ち出した「生活大国」の目標は「大都市圏の住宅を平均年収の5倍程度に」。首都圏マンションでは90年代半ばに達成。建売住宅でも01年に6倍を切るところまでいったが、ここ2〜3年は再び上昇し、差が開いていた。

 世界不況は少なくとも数年は続く、という見方が増えている。しばらく土地需要は盛り返しそうもない。それにそもそも人口減少社会となった日本では、どこかで人口が増えて地価が上がれば、人口が減って地価が下がるところも出る「地価のゼロサム社会」となる可能性が高い。

 地価の反転を期待した経済政策や企業ビジネスはもはや通用しない、と覚悟した方がいい。「土地本位」の経済構造や取引慣行を変えるときだ。

クローン牛―もっと判断材料がほしい

 体細胞クローンとは、ある動物と全く同じ遺伝子を持ついわば「コピー」をつくる方法だ。

 これを使って生まれた牛や豚の肉は安全だ。厚生労働省から諮問を受けた内閣府の食品安全委員会は、評価書案でそう結論づけた。来月10日まで一般の意見を求め、正式に答申する。

 この新しい技術をどう考えればよいのか。

 体細胞クローンは、元になる動物の皮膚などの体細胞から核を取り出し、核を除いた未受精卵に入れ、代理母となる牛の子宮に移植して誕生させる。優れた肉質を持つなど、優秀な家畜を増やせると期待されている。

 1996年、哺乳(ほにゅう)類初の体細胞クローンである羊のドリーが生まれ、98年には日本で牛の体細胞クローンが誕生した。以来、日本では昨年9月までに牛557頭、豚335頭が生まれた。ただし出荷は自粛されている。

 体細胞クローンにはまだ気がかりなことがある。異常が多く、約3割が死産や生後まもなく死んでしまうのだ。

 動物が育つときには、細胞の核の中にある遺伝子に決まった順番で次々にスイッチが入り、さまざまな組織になる。体細胞クローンは、このスイッチが狂ってしまうことがあるらしい。

 これについて評価書案は、内外の研究論文を調べた結果、半年を過ぎて育てば普通の牛と同じように健全だとした。

 また、遺伝子が同じなので元の動物と違う物質は含まれず、肉や乳の成分も変わらないとした。体細胞クローンから普通の生殖で生まれた子孫も差は認められない、との結論だった。

 米食品医薬品局(FDA)や欧州食品安全機関も昨年、普通の牛や豚と安全性に差がないと結論づけた。

 科学的に安全、との結論になったとしても、体細胞クローンによる家畜の肉などがすぐに出回るのか。食品安全委は消費者の疑問に答えていない。

 FDAは、すぐ出回ることは考えにくいと言う。そして将来、食肉として出回るとしても、体細胞クローン牛を親として通常の生殖で生まれた子孫の肉だろうとしている。体細胞クローンは成功率がまだ極めて低く、非常に高価なためだ。

 またFDAは、安全性に問題がない以上、食肉に体細胞クローンやその子孫という表示は必要ないとしている。

 消費者が新しい技術について判断するには、多角的な視点が欠かせない。どんなメリットがあるのか、逆にどんな問題があるのか、あるいは表示などにどんな条件があれば認められるのか、議論の材料が必要だ。

 政府はそれを国民に示す責任がある。食品安全委には、安全か否かを単に回答するだけでなく、消費者の立場に立った情報提供が求められる。

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