「ニュースを斬る」

ニュースを斬る

2009年3月24日(火)

増税かインフレか

世界的な政府債務大膨張の先にある必然的未来

3/4ページ

印刷ページ

インフレか、増税か

 さて、例え話はここまでである。ポイントは赤字国債を発行する政府の蔵は空であることだ。社債や株式はそれを保有することで、間接的に企業の資産を保有することになる。企業の資産はそれが効率的に運営されている限り経済的な付加価値を生み出す。

 国債を保有している人は国債も社債や株式と同様の資産だと思っている。しかし経済全体の視点で見れば、赤字国債は住宅や工場(生産設備)のような資産ではない。つまり、赤字国債を発行する政府の蔵は空である。従って将来返済する原資は増税か、国民への給付金の削減か、あるいはインフレによるマネー保有者からの実質的な徴税(インフレタックス)しかない。

 誤解を避けるために強調しておくと、私は国債発行による景気対策は将来インフレか増税になるだけだからやめておくべきだと言っているのではない。反対である。

 皆が貯蓄(マネーの退蔵)に走れば、「消費減少→生産・雇用・所得減少→消費減少」という負のスパイラルが起こる。経済成員の一部が貯蓄増・消費減に動くなら(今は米国の家計がそのように動いている)、別の成員が消費か投資を増やさない限り、経済は縮小再生産に陥る。そうした負のスパイラルをカウンターする動きが民間で生じないならば、政府が有効需要の「最後の創出者」になって負のスパイラルを止めるしかないだろう。

 要するに赤字国債増発もマネー増発も条件と程度の問題なのだ。デフレギャップ(需要に対する供給超過ギャップ)がある時に、その範囲内で行い、デフレギャップが解消してきたら、引き締め(増税か歳出削減)に転じることが、景気対策の要件である。

 「日本の政治は頼りないので、そうした要件は満たせない。だから赤字国債の増発にもマネー増発にも反対」と言うならば、経済はデフレ不況に深く沈みこみ、他国が回復する後を追って、また輸出(外需)依存による回復を繰り返すしかない。

 また、供給サイドの諸改革の必要を強調する主張については、私も賛成する点は多い。しかし、今起こっていることは需要急減ショックであり、それに対して供給サイドの改革を説くのは肺炎を起こした患者に筋トレを勧めるようなものだ。

 BS協同組合の例では単純化されているため、盛り込めなかった点を2つここで補足しておこう。

 第1に、現実の経済が不況に陥る契機は様々で、協同組合のケースは例えに過ぎない。今回の世界不況の最初の契機は、米国の住宅債務の膨張と資産バブルの崩壊だった。

 第2に、赤字国債の発行による歳出拡大では、その恩恵を受ける今の世代とその返済をする将来の世代の間で受益と負担の不公平が起こる。ならば、国債発行で公共事業をすれば、将来にわたって利用できる実物資産を建設するので、世代間不公平を避けられると言えるだろうか。老朽化した公共インフラの整備は必要であり、米国ではそうした公共事業が今後増やされるだろう。しかし、日本では90年代の公共事業の実績を振り返ると、本当に有益なものが建設されるかについて懐疑的にならざるを得ない。

 むしろ、未就労の若い世代のための教育により多くの財政歳出を向けるべきだと思う。義務教育だけでなく、高等教育に思い切った補助、助成を与えたらよいだろう。教員の質も高め、数も増やしていただこう。これは日本の将来の労働力の質を上げる投資になるし、向上した労働力を何に費やすかは将来の世代自身で選ぶことができる。科学や技術開発のための助成もよいだろう。

同じ政府債務でも日米では全く異なる

 先ほど日本の長期政府債務残高はGDPの148%と書いたが、他国の政府債務比率はどうだろうか。2008年時点で米国は64%、英国49%、ドイツ65%、フランス73%、イタリア116%である(SNA=国民経済計算=ベースのグロス政府債務)。米国の2009年度の連邦財政赤字はGDP比率で12.3%だから、今後はかなり速いペースで日本にキャッチアップするかもしれない。



関連記事

This week's information



Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

「ライフ・投資」分野の関連情報


Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
0件受付中
トラックバック

著者プロフィール

竹中 正治(たけなか・まさはる)

竹中 正治

国際通貨研究所、経済調査部長・
チーフエコノミスト

1979年東京大学経済学部卒、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)の為替資金部次長、調査部次長などを経て、2003年3月よりワシントン駐在員事務所所長。ワシントンから米国の政治・経済の分析リポート「ワシントン情報」を発信する傍ら、National Economists Club(WDC)役員を務めるなどエコノミストとして活動。2007年1月に帰国、2月より現職。最近の著書に、『米国経済の真実』(共著編、東洋経済新報社、2002年)、『素人だから勝てる 外貨投資の秘訣』(扶桑社、2006年11月)、『ラーメン屋vs.マクドナルド』(新潮新書、2008年)、『今こそ知りたい資産運用のセオリー まず投資の魔物を退治しよう』(光文社、2008年)など。


このコラムについて

ニュースを斬る

日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、NBonline編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。

⇒ 記事一覧

ページトップへNBOトップページへ

記事を探す

  • 全文検索
  • コラム名で探す
  • 記事タイトルで探す

全体

  • 投資・金融
  • アジア・国際
  • 経営
  • 政治・社会
  • 中堅中小
  • ライフ・健康
  • IT・技術

Business Trend

  • ライフ・投資
  • 企業戦略
  • 経営とIT
  • 仕事術

編集部よりお知らせ

  • 日経ビジネスオンラインは2009年1月15日に
    リニューアルしました。 詳細はこちら
  • 全記事の閲覧には会員登録(無料)が必要です。
  • 会員には最新記事をメールでお知らせします。

Business Trend 一覧