2009年3月24日 2時30分
広島、長崎で直接被爆しながら、長崎での被爆しか被爆者健康手帳に記載されていなかった山口彊(つとむ)さん(93)=長崎市=に対し、長崎市は23日、広島での直接被爆と入市被爆を山口さんの手帳に追加記載した。広島、長崎での二重被爆者の存在について、厚生労働省は確認しておらず、長崎、広島両県市は「把握している限り、二重被爆が手帳に記載されるのは初めて」としている。
長崎市の認定内容などによると、山口さんは45年8月6日、三菱重工業長崎造船所の技師として広島市に出張中、爆心地から3キロの地点で直接被爆し、左上半身に大やけどを負った。翌日、避難列車に乗るため爆心地から約2キロ以内を通って入市被爆。8月8日に長崎市に戻り、翌9日に爆心地から3キロ付近で再び直接被爆した。同13日に親族を探すため、爆心地付近に入り入市被爆した。別の被爆者の証言から二重被爆を裏付けた。
山口さんによると、旧原爆医療法(現被爆者援護法)施行で被爆者健康手帳制度が始まった57年8月、長崎市に申請し、手帳を交付された。当時は両方の直接被爆が記載されていたが、更新後の新たな手帳には長崎での直接被爆と入市被爆しか載っていなかったという。60年の更新時とみられる。
山口さんは両方の被爆を記載するよう市に要請したこともあったが、「被爆者援護の内容は変わらない」と応じてもらえなかったという。だが「原爆の悲惨さと平和の大切さを次世代に伝えたい」と今年1月19日に改めて追加申請していた。
長崎市は「行政の記録として残すことは歴史的にも意義がある」としている。【宮下正己】