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アジアに広げる円高メリット/伊藤元重(NIRA理事長、東京大学教授)

Voice3月23日(月) 12時56分配信 / 国内 - 政治

 円高は日本にとって得なのか、損なのか。これまで為替レートが大きく変動するたびにこの疑問が多くの人の頭に浮かんできた。

 いまの日本経済の状況を見てもわかるように、急速な円高への移行のマイナス面は非常に見えやすい。日本経済を支えてきた輸出産業は円建てでの売り上げが急落して、大変な状況である。この急激な輸出減を恨めしく思っている人は少なくないはずだ。

 これに対して、円高のプラス面はすぐに表面に出てくるわけではない。理屈で考えれば、円高は日本にさまざまなメリットをもたらすはずである。円高になれば海外の食料やエネルギーなどの資源を安く買うことができる。海外への投資がやりやすくなる。そして海外旅行などの費用も安くなる。

 しかし、こうした円高の恩恵は、じわじわと出てくるものであり、しかも経済全体に散らばっているので一見わかりにくい面がある。それに対して円高の悪影響は怒濤のように経済を襲っているというのが現実である。円高を恨んでも始まらない。日本だけがじたばたしても、為替レートの動きに影響を与えることができるものでもない。また、いまの為替レートが水準で見てとくに円高でも円安でもないということにも注意しなくてはいけない。過去の円レートの動きと比較すると、いまの水準は過去の円高のピークと円安のボトムのちょうど中間ぐらいのところにあるのだ。もともとが異常な円安であった。昨年9月のリーマンショック以来の非常に速いスピードでの円高方向への変化であるため、異常な円高という錯覚に襲われてしまうのだ。摂氏0度の戸外から帰ってくると10度の玄関は暖かく感じるかもしれないが、室温20度の部屋から玄関に出ていけば10度でも寒く感じるものだ。

 さて、いまの為替レートがしばらく続くとしたら、あるいはもう少し円高に向かう可能性も考慮に入れるとしたら、そのメリットをどう享受したらよいだろうか。ただ、口を開けて待っていても何も起こらないだろうから、何か行動を起こさなくてはならない。とくに、企業にとって将来を見据えた戦略的行動を起こすことが重要であるはずだ。食料産業を例にこの点について考えたい。ただ、以下で述べることは、食料以外の産業についても当てはまることだ。10年後、20年後の日本の基幹産業の構築の重要な機会が訪れているということを指摘したい。

 今回の為替レートの変化で円に対してもっとも価値を下げたのは、豪州などの資源国・食料供給国である。資源バブルが崩壊した結果といってもよいだろう。食料や資源は日本経済にとっては生命線であり、このチャンスを逃す手はない。最近、日本の食料・飲料メーカーの海外投資活動が目立つ。円高の状態が続けば、こうした投資活動はさらに拡大するだろう。

 キリンビールの持ち株会社であるキリンホールディングスの豪州での活動が興味深い。豪州で積極的に買収を展開している。こうした積極的な買収行動の意図がどこにあるのかは当事者しか知る由がないが、想像を逞しくしてみれば、こうした活動を通じてキリンホールディングスの活動の範囲が大きく広がってくることが見えてくる。豪州は世界有数の農業国である。この国の食料資源を押さえることは日本にとっても食品メーカーにとっても重要なことである。ただ、原料である農産品を買い付けるだけでは、この国の食料資源を確保することにはならないだろう。原料調達から加工、流通、販売といったトータルな形で豪州の食品産業としての地位を確保することが重要であるのだ。単純な言い方をすれば、豪州の企業になりきってこそ、豪州の食料を確保することができるともいえる。キリンホールディングスの行なっていることが、そうした壮大な展開の第一歩であると考えれば面白い。

 もちろん、豪州の市場だけで考えれば、そういった現地化のメリットはきわめて限られたものとなってしまう。しかし、日本の食料メーカーは日本というアジア最大の食品市場を抱えている。豪州の食料を日本にもってくるという大きな可能性がある。それだけではない。中国をはじめとするアジア諸国は、今後、世界最大の食品市場に成長することは間違いない。しかも、アジアの人たちの日本の食品への信頼感は大変に高いようだ。安心、品質、安全などで優れていると考えられている。

 農業や食料というと、これまでどうしても国内だけで考えがちであった。海外を絡ませるとしても、せいぜい原料調達だけの視点で見る程度であった。しかし、アジアワイドで食料ビジネスを展開するとすれば、日本の食品メーカーは面白いポジションにある。国内に大きな市場を抱え、高い技術力と消費者からの評価を確保している。

 このようなグローバル展開となれば、日本企業のもっている高い技術力もその威力を発揮するかもしれない。食品ビジネスにおいても、さまざまな加工技術やバイオの知識が必要になってくるはずだ。伝統的な食品だけでなく、サプリや医薬品にも展開できる。日本の商社や化学メーカーなども参加する余地が大きいだろう。アサヒビールは、住友化学や伊藤忠商事と組んで、中国で乳業ビジネスを展開している。偶然にも、中国の乳業メーカーによるメラミン混入が現地で大問題となった。結果的には、日本連合の乳製品への評価はさらに高いものになったのではないだろうか。

 円高とは、国内に籠もっていたら厳しい動きになる。国内から輸出すれば収入ダウンとなるし、海外からの輸入品との競争も厳しいものとなるだろう。しかし、円高は海外に積極的に出ていく企業には多くのメリットをもたらす。海外での投資活動には円高はパワーを発揮するし、海外での生産や調達を積極的に行なえば円高はむしろプラスに働くはずである。

 円高のなかで企業も国民もますます縮こまって日本国内に籠もるようなことがあれば、日本の将来は非常に暗いものとなってしまう。しかし、この円高を積極的に利用して、アジア全体を利用したビジネス展開をしようとすれば、素晴らしい可能性が広がってくるはずだ。アジア全体を活動のフィールドにする産業が、次の日本のリーディングインダストリーとなるだろう。

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  • 最終更新:3月23日(月) 12時56分
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