北京大を背景にした技術力で、昨年秋以来、ソフト開発の受注額を4割増やした青鳥天公の劉甚秋社長(中央)。中国から来た技術者や日本語が堪能な中国人スタッフが支える=9日午後、東京都千代田区、樫山晃生撮影
メイテック厚木テクノセンターで研修を受ける中国人技術者。来日後も2カ月以上の研修が待っている=神奈川県厚木市、中田徹撮影
「もう中国への飛行機代しかお金がないんです」
「中国で買ったマンションを手放したくありません」
1月中旬の土曜日、東京・秋葉原に近いオフィスビルの一室で、中国人技術者のせっぱ詰まった訴えが響いた。
中国系ソフト開発会社、北京大学青鳥天公システム・ジャパン(川崎市)の東京本部で行われた採用面接。他社を解雇された20人を含む計35人が参加した。午前10時から午後8時まで。景気悪化が鮮明になった昨年秋以降、土曜日の面接会がほぼ毎週続く。
「スキルの高い技術者が職を失っている。今は人材確保のチャンス」。劉甚秋(リウ・シェンチウ)社長(41)は話す。技術者数は120人と、1年で倍増した。
劉社長は北京大で経済学と日本語を学び、早稲田大に留学。ビジネスに興味があり、96年に野村証券に入った。後にコンサルタント会社を起こしたが、北京大の友人に誘われ、07年に今の会社を立ち上げた。「北京大に戻るよう言われたが、ビジネスにひかれ日本に残った。将来は中国でも事業をしたい」と話す。
日本に今、中国人技術者が集まっている。中国人経営のソフト会社は200〜300社。下請けが多いが、発注元には官公庁や地方自治体、大手企業が含まれる。
青鳥天公は昨年12月、みずほ情報総研から、金融機関向けリスク管理システムの直接受注に成功した。みずほの丹波伸行グローバルビジネス戦略室長は「青鳥天公の技術者は驚くほど高度な金融工学の知識を持っている。日本企業でもこれだけの力があるのはわずかだろう」と話す。
高度な技術を支えるのは北京大だ。青鳥天公の親会社は、北京大が94年に全額出資で設立した情報技術(IT)中心の複合企業、北京大学青鳥集団。中国政府が80年代に提唱した国産ソフト開発計画「青鳥工程」から生まれた。
金融関係のソフト開発を担当する黄剣(ホワン・チエン)さん(39)は、北京大物理学部出身。大学准教授の職をなげうって青鳥天公に入り、昨年6月に来日した。「母校の会社で信頼できるし、力を試せる」と話す。
青鳥天公だけではない。96年設立のソフト開発会社、方正(東京)は従業員約900人、07年12月期の連結売上高は42億円を超え、4億円近い純利益を稼ぎ出す。特に印刷関連のシステム開発に強く、大手出版社などを顧客に持つ。開発を中国で行うため、日本企業に比べ1〜2割安いのが強みだという。
方正も北京大をバックにした方正集団の日本法人。今年は米国に子会社を設立する計画だ。米国からのソフト開発受注で利益を上げるインドに対抗し、中国にビジネスを引き込むのがねらい。「日本式のきめ細かな顧客サービスが米国では強みになる」と管祥紅(コワン・シアンホン)社長(42)は話す。
北京大のライバル清華大も、系列ソフト企業の日本法人を持つ。「技術立国」の日本を中国人が支える構図ができつつある。(山根祐作)
■囲い込む ITや製造の人材、中国で育成・選抜
「新しい情報を得たら、どうすればいいですか」。20歳代前半の中国人学生約30人を前に、日本人講師が質問すると、一人が立ち上がって答えた。「みんなと共有することが大切だと思います」
初歩的なやりとりだが、学生は真剣だ。技術者派遣最大手メイテック(東京)が中国・大連で運営する専門学校。「ヒューマン研修」の講義では、日本企業でのチームワークの大切さを教えていた。参加するのは、大学4年生や卒業したばかりの約100人。電気、機械、組み込みソフトの3コースに分かれ、技術のほか日本語やビジネスマナーを半年間学ぶ。
メイテックは04年、中国東部の杭州に最初の専門学校を設立し、その後5カ所に増やした。現在は約500人が学び、06年以降、卒業生から選抜した計約330人が来日した。初任給は、日本人の新卒社員とほぼ同じ月約22万円。選抜されなかった卒業生は、現地の日系企業に紹介する。
中国で人材確保に取り組むのは、日本の技術者不足のためだ。メイテックは03年以降、6千人いる技術者の派遣稼働率が95%を超える。応じきれない受注は一時、1千件を超えた。福田完次取締役(中国事業担当)は「日本の新卒頼みではもはや無理。中国で継続的に人材を育てるしかない」と説明する。
優秀な学生を囲い込むには、それなりの苦労がある。中国各地の大学を現地の日本人社員が訪れ、4年生を対象にした説明会を年100回以上開く。就職活動前の3年生を招いて実際の講義を体験してもらう。入学後は、親に成績表を郵送し、コミュニケーションを深める。
学費は約1万5千元(約20万円)と現地の大卒初任給の7倍以上。それでも競争率は20倍を超える。
06年8月に来日し、大手携帯電話機メーカーで回路設計に携わる冷氷(ロン・ピン)さん(26)は「日本企業は人を育ててくれる。スキルと経験を得れば、自分の未来が開ける」と話す。中国では企業の採用は経験重視で、大学生の就職難が深刻だ。冷さんは日本での経験を生かし、将来は帰国して起業するか日系企業の幹部として働くのが夢だ。
メイテックだけではない。技術者派遣大手のアルプス技研(神奈川県相模原市)は、山東省青島市に提携大学の卒業生を対象にした教育センターを持ち、これまでに約300人を日本企業に派遣した。パソナテック(東京)は中国東北部の4大学で理工系の3年生を対象にした日本語講座のスポンサーになり、やはり約350人を日本に派遣した実績を持つ。
派遣をきっかけに正社員に採用される例もある。自動車部品メーカーのミクニ(東京)は3年間働いた中国人の設計技術者1人を近く、正社員として迎える。花里真樹システム開発部マネージャーは「日本で採用するのは難しい高レベルの人材。社員への刺激にもなる」と評価する。
一方、景気の急速な悪化で、日本で働く中国人技術者が解雇される例も目立つ。
大連から昨年6月に来日したシステムエンジニアの女性(27)は11月、突然、解雇を言い渡された。社員10人ほどのソフト会社。中国出身で日本国籍を取得した社長から「働きが悪いから仕事を断られた」と言われ、退職届を書くよう強要された。断ると、再就職に欠かせない大学の卒業証明書の原本を「返さない」と脅された。女性は個人加入の労組に相談し、先月末、損害賠償などを求めて東京地裁に提訴した。
日本労働弁護団の指宿昭一弁護士は「同じスキルなら、日本人より先に中国人が切られる」と話す。不況で中国人技術者の二極化も進む。(山根祐作)
■技術者足りない日本 少子化・理系離れ深刻
07年の在留外国人統計によると、「技術」資格で滞在する外国人約4万5千人のうち、中国・台湾人は約2万3千人と半数を超える。この10年で3倍に増えた。
背景には、日本の深刻な技術者不足がある。総務省によると、情報・通信関連全体で、不足は50万人に達する。
理由の一つは少子高齢化だ。日本経団連の昨年の報告では、現在8500万人いる生産年齢人口は、今後50年でほぼ半分になる。
大学では理工系離れが深刻だ。教育情報会社の大学通信によると、90年には79万人いた理工系学部の志願者は、08年には50万人にまで減った。大阪大の松繁寿和教授(労働経済学)は「技術者を軽視してきたつけ」と指摘する。98年に文系と理系の出身者を追跡調査し、文系の生涯賃金が約5千万円多いという結果を出した。「構図は今も変わっていない」という。
技術者不足は、日本の競争力をじわじわとむしばんでいる。スイスの経営大学院IMDによる「世界競争力ランキング」では、日本は93年まで首位を走っていたが、08年は55の国・地域のうち22位に落ちた。中国は17位で、2年連続で日本を上回った。(香取啓介)
■どう向き合う 日本社会の変貌追う
日本に住む外国人215万人のうち、中国・台湾人は61万人を数え、韓国・朝鮮人の59万人を抜いて最大勢力になった(07年末、在留外国人統計)。日本国籍を持つ人らを含めれば70万人を超える。この連載では、こうした人々を「在日華人」としてとりあげる。
急増する華人たちとどう向き合うか。人口減や市場の縮小で経済成長が厳しくなった日本にとって、重要な課題になってきた。世界が頭脳と才能を奪い合うなか、華人に限らず日本にいる外国人の能力や個性をいかに生かしていくか、もまた問われている。在日外国人の最大勢力の実情と周辺、日本社会の変貌(へんぼう)を今年いっぱいかけて伝えていきたい。
在日華人の急増の大きな背景になっているのは、日本の人口減と少子高齢化だ。至るところにできた人材不足の空洞を彼ら外国人が埋めている。日本と中国の経済が絡み合いつつ拡大を続けていることも大きな流れをつくる。
さらに、貧しい人がまだ大勢いる中国の格差問題、地理的な距離の近さなど、構造的な要因がいくつも重なっている。しばらく不景気の影響を受けても、この勢力はまだまだ大きくなりそうだ。
数が多いだけではない。舞台もまた広い。工場や農漁村はもとより、ハイテク産業の現場でも大勢の人が働いている。日本企業の対中ビジネスを担う人も多いし、東証1部上場を果たした起業家たちもいる。大学教授・准教授は800人を数え、芥川賞作家も出てきた。
日中外交の橋渡しをする人もいれば、日本で学んだ魯迅や、日本を根城にした革命家孫文らのように、中国を変えたい、という人もいる。実に様々な顔がある。
だが、華人たちと日本社会の間では摩擦もある。考え方や文化の違いもあるし、犯罪に根ざす不安もある。歴史問題などで国民感情がぶつかりやすい関係でもある。日本人の約7割が中国に親しみを感じていない(08年、内閣府調査)。
双方の間には心理的な壁が立つ。だが、日本の文化を受け入れ、日本で能力を発揮しようとしている華人も少なくない。世界はヒト、モノ、カネが自由に動き回り、多様な社会を築いている。日本が選ぶべき道は。様々な現場から考えたい。(五十川倫義)