2月下旬、中国・江蘇省の名門校、蘇州中高等部を訪ねた。春休みで留学先の日本から一時帰国している卒業生たち十数人が来ていた。いずれも、いまは早稲田大国際教養学部の学生だ。
「設備もいいし、中国の大学より自由な雰囲気だよ。勉強は大変だけど」。早大の感想を後輩たちに話す。
高等部3年生の単逸巍(シャン・イーウェイ)さん(17)は「先輩のように早稲田に行って、金融を勉強したい」と目を輝かせた。
蘇州中によると、早大への進学者は5年前は6人だったが、昨年は19人に上った。早大は蘇州中卒業生の質の高さを認め、無試験の推薦入学を決めた。
早大は大学全体の事務所を北京と上海に、国際教養学部の事務所を南京に置いており、南京事務所が蘇州中と連絡をとっている。
早大が中国に注目するのはなぜか。白木三秀・留学センター所長は、中国人学生の大学院志向を指摘する。「日本人の文系の学生の多くは大学院に行かずに就職する。世界レベルの研究を維持するためには、大学院へ進む学部生を集めておく必要がある」
ベネッセ教育研究開発センターが就学前の幼児を持つ保護者を対象に行った調査(05年3月)でも、大学院卒業を願うのは東京が2.2%なのに対し、北京は71.5%に上った。
グローバル化が進み、世界中の大学が序列化にさらされている。英紙タイムズの08年の世界大学ランキングでは、日本の私大で最も順位が高い早大でも180位。外国人学生の比率が評価対象になっており、留学生を集めることが順位アップにつながる。
早大には国内で2番目に多い約3千人の留学生がいるが、全学生に占める割合は5%程度。「トップ10の大学は20%を超えている」(白木所長)。早大も2012年までに8千人に増やす構想を持つ。
早大以外にも、東京大や東北大など約30大学が中国国内に現地事務所を置き、宣伝や高校などとの関係づくりに力を注ぐ。短大や専門学校を含む40校以上が現地で入試を行う。
3月上旬、北京の国際貿易センターであった海外留学フェアは、人でごった返していた。英語圏として人気の高い米国や英国、豪州などのほか、日本、アルゼンチン、リトアニア、ポーランドなど計約30カ国の大学が出展し、自校の魅力を訴えた。米国の名門コロンビア大の担当者は「中国の学生は質が高い。人材獲得競争は激しくなった。奨学金など財政的な支援を手厚くしている」と話した。
千葉県の敬愛大は、留学生が全学生の38%を占める。ほとんどが中国人だ。こちらは日本にある日本語学校から集めている。「日本人の入学者が少なくなりそうな時、留学生を採ってきた」と水口章・国際交流センター長は説明する。
少子化の影響で、08年度に入学定員を下回った私立大学・短大は全体の半数近くの266校にのぼる(日本私立学校振興・共済事業団調べ)。不足を留学生で補わない限り、学校経営が成り立たない時代がすでに来ている。
中国国内の大学生の総数は2300万人。日本の全大学生285万人をはるかに上回る。それでも大学進学率は二十数%にとどまり、大学生予備軍はまだまだいる。
■受験機会、日本は豊富
日本側が中国人学生を呼び込むだけではない。日本で学びたい中国人も多い。
京都・伏見稲荷大社近くの竹田街道。毎朝、自転車の列が続く。向かう先は日本語学校の関西語言学院だ。600人の生徒はすべて中国人。日本での大学進学を目指し、半年から2年の授業を受ける。これまでの7年間で、東大34人、京都大150人、大阪大84人を留学生枠で合格させた。
生徒の主力は、中国東北部の瀋陽から受け入れる60人だ。現地の名門高校と合弁で設立した東北育才外国語学校の卒業生。中高一貫教育を受けたのち、毎年10月に来日し、大学入試まで半年間、日本語を中心に特訓を受ける。
彼らが日本の大学を選ぶ背景には、中国の受験事情もある。医学部を目指す戴哲皓(タイ・チョーハオ)さん(19)は「大学受験は6月の統一試験だけ。トップレベルの大学も日本に比べて少ない」と話す。
留学希望者は通常、日本学生支援機構が行う日本留学試験を受ける。日本の大学に入る目安となるこの試験は年2回ある。各大学の入試は日程がずれているため、国公立大でも3校、4校と併願できる。日本へ行けば、質の高い大学で勉強できる可能性が中国にいるより高くなる。
学生不足の日本と、日本留学をめざす大勢の若者を抱える中国。相まって在日華人が増えてゆく。(香取啓介)