2009年3月23日 12時40分
青森県の「道の駅とわだ」で見た、Mac好き駅長の自作メールシステム――7000万円の経済効果
道の駅とわだ。市民から募集した愛称は「とわだぴあ」だ
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道の駅をご存じだろうか。郊外の幹線道路を走っていると、よく目にするドライブインで、地元産の農作物を即売していたり、24時間の休憩施設を設けていたりする。
地元の農家から生鮮食品を仕入れたり、購入するのも観光客や地元のおばちゃんたちだったりするので一見ITとはほど遠い、アナログな経営をしているように思われるが、実はITを積極的に活用した道の駅も存在する。その1つが、今回取材した「道の駅とわだ」(青森県十和田市)だ。年間60万人が利用するというこの道の駅、実は優秀な中小企業を表彰する「デル スモールビジネス賞」で国内企業部門で優勝しているのである。
青森県三沢市の三沢駅(JR東日本東北本線)から車で30分ほど。国道4号線を南下すると道沿いに道の駅とわだが見えてくる。出迎えたのは、駅長の苫米地祥文(とまべち・よしふみ)さん。2001年の開業以来、駅長を務めている。
●7000万円以上の欠品防止効果を生んだ「サンチョ」
前述のスモールビジネス賞で評価されたのは「サンチョ」というメールを活用したシステムだ。道の駅に限らず、スーパーなどで買いたい野菜が売り切れていることはないだろうか。サンチョはこうした欠品商品を生産者に通知して、売れ筋商品の納品を促すシステムなのだ。地元の生産者が仕入れ先の道の駅だからこそ、納品もすぐ。生産者にとっては売り上げにつながるし、道の駅利用者にとっては売り切れ商品が少ないため、双方にとって利益が生まれるというわけだ。
道の駅内のPOSレジと連動し、12時30分、17時30分、21時30分の1日3回メールを送信する。メールには欠品情報ページへのURLを記載し、利用者はURLをクリックして欠品情報ページにアクセスすると、欠品情報や商品別の売り上げが確認できるのである。
2002年に開始したこのサンチョ、道の駅とわだが仕入れている生産者104人のうち今では65人が利用している。名前の通り、生産者と消費者をつなぐ「産地直売」のシステムになりつつある。だが、必ずしも最初から成功したわけではない。今でこそ仕入れ先の半数以上が利用しているが、開始当初は利用が進まなかった。「最初は知り合いの仕入れ先にお願いして使ってもらった。当初は2人しか使っていませんでした」(苫米地さん)
サンチョはもともと苫米地さん自身がプログラムを組んだシステム。「PHPで組みました。開発には1週間ぐらいかかったかなあ」。せっかく作ったシステムも使ってもらわなければしようがない。口コミで徐々に広がりつつあったものの、利用者数が20人ほどで頭打ちを迎えた。そこで苫米地さんは、仕入れ先ごとの売上ランキングに工夫した。サンチョを使っている仕入れ先には「○」を付けるようにした。ランキング上位にはサンチョユーザーが多かったため、ランキングを見た仕入れ先から問い合わせが殺到し、利用者が増えたという。
今でこそ個別の売上を確認できるようになっているが、当初は欠品情報と全体の売上のみだった。「若手に『苫米地さん、分かってねえな』と言われた」と苦笑する。「欠品情報を伝えることが目的だったので、個別の売上を確認できるようになるとサービス自体が変容してしまうのではないか」。売るためだけのシステムではない、との思いもあったのだ。
だが、使い続けてもらうためには利用者の意向も重要だ。売上の数値が細かく確認できるように徐々に実装を始めた。今日の売上が個別に分かるようになると、「昨日の売上が見たい」「順位を表示してほしい」「名前を表示して」と要望も増えてくる。「いきなり全部を実装するのではなく、徐々に追加することで、使い続けるモチベーションにつながる」。開発者でもある苫米地さんは、バージョンアップを利用者のモチベーションにつなげているのだ。
サンチョの効果は大きかった。利用者の収入はおよそ1.5倍になった。生産者1人あたりの効果は年間平均128万円分にものぼる。道の駅全体としても年間で約7800万円程度の欠品防止効果があったという。
●PC-98を買いに行ったのに手元にはMac――コンピュータの原体験
サンチョを作った苫米地さんは、1968年に十和田市で生まれた。地元の八戸工業大学第二高等学校を卒業し、中央大学法学部に進学している。「八戸工業大学の付属校ですけど、文系クラスでした。大学でもシャープのワープロ、書院を使っていたぐらいです」。とはいえ、「これからはコンピュータを覚えなきゃいけないのではないか」との危機感もあった。
1989年、NECのPC-9800Nを買いに秋葉原に出かけた時である。1台のコンピュータが目に留まった。スタイリッシュなコンパクトボディが印象的な「Macintosh SE/30」だった。「40万円ぐらいかかりましたが、結局SE/30を買っちゃいました」。キヤノンゼロワンショップでPhotoshopやPagemakerを購入して、「ワープロ代わりにDTPの真似事をしていました」という。
その後、Windows PCも購入。1993年には地元で食品関連の商社である三本木商事に就職した。同じころ、WebブラウザのMosaicにも触れて、インターネットにも興味を持つようになった。そんな矢先、義兄が地元でISPを設立することになる。「MacやPCのことはひと通り知っているつもりだった」ので一枚かませろとばかりに、半ば強引に手伝うことになった。
分かっているつもりの苫米地さんが驚いたのは、設立準備に参加したエンジニアの技術力だった。BSD UNIXのコマンドをビシビシ打ち込む姿に「何をやっているのかまったく分からなかった」――。「今考えると、Webサーバも理解できなかったので当たり前ですよね。PCがちょっと使えるからって天狗になっていたんです」
1994年の秋ごろから独学でプログラムやWebの基礎を学んだ。その甲斐あって、「サーバのセッティングやネットワークの構築などひと通りのことはできるようになりました」。1996年には三本木商事のインターネットインフラ構築の責任者になる。その後、しばらくはメールシステムなどの管理者を経ながら、ParlやPHPの勉強を続けた。これがサンチョのシステムにつながるのである。
●メール会員は2年間で2人――道の駅とわだは支持されていなかった!?
三本木商事ではネットの管理者のほか、コンビニエンスストアなどの売り場での業務改善や計数管理などを担当していた。ITと現場のマネジメントを買われて、道の駅とわだの駅長に抜擢されたというわけだ。
2004年にはサンチョとは異なる試みも始めた。道の駅とわだのファンを集める会員制である。チラシなどを通じて会員登録を促した。登録すると、安売りのチケットや情報誌などを送付する仕組みだ。「がっちりつかもう200人」を掛け声に始めた会員制だったが、ふたを開けてみると2006年までの2年間で会員はたったの6人。「そのうち事務局スタッフが4人だったから、実質2人だけ。道の駅とわだは支持されていなかったのです」
この会員制にもてこ入れを図る。それまで登録に名前と電話番号が必要だったのだが、メールアドレスの登録だけにとどめた。また抽選で当たるプレゼントも用意した。当たり前だが、大幅に会員が増加。今では2000人を超える会員数となる。
「はちみつやにんにくをプレゼントしたら大幅増加につながりました。だいたい何を用意すればどれくらい増えるのか分かるようになったので、今はむしろハズレネタをやっています」
このハズレネタというのは、スローライフを推奨する冊子などのことだ。はちみつなどの実物に対して応募が増えるのは当たり前だが、スローライフのようなメッセージにはそれほど応募が増えない。「ですが、それでも毎月20人〜30人の登録があるんです」
苫米地さんはこうしたメッセージを発信することが重要だと考える。道の駅には地元名産の「南部裂き織」を体験できたり、会員と地元農家が一緒に漬物を作ったりする取り組みも実施している。
「物販という“事業”と、消費者を巻き込んだ“運動”を組み合わせることが重要だと考えています」。モノだけ販売していても価格競争に陥ってしまうだけ、スローライフのメッセージにしても、体験コンテンツにしても、十和田の特産品を購入してもらうには苫米地さんたち供給者サイドの気持ちを消費者サイドと共有することがポイントだと考えているのだ。
●デジタルサイネージにもチャレンジ
ところで、デル スモールビジネス賞で獲得した賞金2万5000ドル(3月23日現在、日本円で240万円前後)は何に使ったのだろう。実は賞金の一部を「デジタルサイネージの実験に使っている」という。売り場の一部エリアに24インチの液晶ディスプレイを設置し、そこに道の駅とわだに関連するコンテンツを映しているのだ。
「デジタルサイネージで、利用者に対して効果的な情報発信ができれば」。ただ、いきなり設置しても最適なレイアウトなどが分からない。まずは、実験的に液晶ディスプレイを配置して、効果を見定めているというわけである。
「24インチのディスプレイって机の上に置くと大きいんですが、売り場だとちょっと小さいんですよね。デジタルサイネージ用にはもっと大きなものを使わないと」と笑う苫米地さん。ITを活用した「事業と運動」――雪解けの十和田で春の訪れを感じた。
地元の農家から生鮮食品を仕入れたり、購入するのも観光客や地元のおばちゃんたちだったりするので一見ITとはほど遠い、アナログな経営をしているように思われるが、実はITを積極的に活用した道の駅も存在する。その1つが、今回取材した「道の駅とわだ」(青森県十和田市)だ。年間60万人が利用するというこの道の駅、実は優秀な中小企業を表彰する「デル スモールビジネス賞」で国内企業部門で優勝しているのである。
青森県三沢市の三沢駅(JR東日本東北本線)から車で30分ほど。国道4号線を南下すると道沿いに道の駅とわだが見えてくる。出迎えたのは、駅長の苫米地祥文(とまべち・よしふみ)さん。2001年の開業以来、駅長を務めている。
●7000万円以上の欠品防止効果を生んだ「サンチョ」
前述のスモールビジネス賞で評価されたのは「サンチョ」というメールを活用したシステムだ。道の駅に限らず、スーパーなどで買いたい野菜が売り切れていることはないだろうか。サンチョはこうした欠品商品を生産者に通知して、売れ筋商品の納品を促すシステムなのだ。地元の生産者が仕入れ先の道の駅だからこそ、納品もすぐ。生産者にとっては売り上げにつながるし、道の駅利用者にとっては売り切れ商品が少ないため、双方にとって利益が生まれるというわけだ。
道の駅内のPOSレジと連動し、12時30分、17時30分、21時30分の1日3回メールを送信する。メールには欠品情報ページへのURLを記載し、利用者はURLをクリックして欠品情報ページにアクセスすると、欠品情報や商品別の売り上げが確認できるのである。
2002年に開始したこのサンチョ、道の駅とわだが仕入れている生産者104人のうち今では65人が利用している。名前の通り、生産者と消費者をつなぐ「産地直売」のシステムになりつつある。だが、必ずしも最初から成功したわけではない。今でこそ仕入れ先の半数以上が利用しているが、開始当初は利用が進まなかった。「最初は知り合いの仕入れ先にお願いして使ってもらった。当初は2人しか使っていませんでした」(苫米地さん)
サンチョはもともと苫米地さん自身がプログラムを組んだシステム。「PHPで組みました。開発には1週間ぐらいかかったかなあ」。せっかく作ったシステムも使ってもらわなければしようがない。口コミで徐々に広がりつつあったものの、利用者数が20人ほどで頭打ちを迎えた。そこで苫米地さんは、仕入れ先ごとの売上ランキングに工夫した。サンチョを使っている仕入れ先には「○」を付けるようにした。ランキング上位にはサンチョユーザーが多かったため、ランキングを見た仕入れ先から問い合わせが殺到し、利用者が増えたという。
今でこそ個別の売上を確認できるようになっているが、当初は欠品情報と全体の売上のみだった。「若手に『苫米地さん、分かってねえな』と言われた」と苦笑する。「欠品情報を伝えることが目的だったので、個別の売上を確認できるようになるとサービス自体が変容してしまうのではないか」。売るためだけのシステムではない、との思いもあったのだ。
だが、使い続けてもらうためには利用者の意向も重要だ。売上の数値が細かく確認できるように徐々に実装を始めた。今日の売上が個別に分かるようになると、「昨日の売上が見たい」「順位を表示してほしい」「名前を表示して」と要望も増えてくる。「いきなり全部を実装するのではなく、徐々に追加することで、使い続けるモチベーションにつながる」。開発者でもある苫米地さんは、バージョンアップを利用者のモチベーションにつなげているのだ。
サンチョの効果は大きかった。利用者の収入はおよそ1.5倍になった。生産者1人あたりの効果は年間平均128万円分にものぼる。道の駅全体としても年間で約7800万円程度の欠品防止効果があったという。
●PC-98を買いに行ったのに手元にはMac――コンピュータの原体験
サンチョを作った苫米地さんは、1968年に十和田市で生まれた。地元の八戸工業大学第二高等学校を卒業し、中央大学法学部に進学している。「八戸工業大学の付属校ですけど、文系クラスでした。大学でもシャープのワープロ、書院を使っていたぐらいです」。とはいえ、「これからはコンピュータを覚えなきゃいけないのではないか」との危機感もあった。
1989年、NECのPC-9800Nを買いに秋葉原に出かけた時である。1台のコンピュータが目に留まった。スタイリッシュなコンパクトボディが印象的な「Macintosh SE/30」だった。「40万円ぐらいかかりましたが、結局SE/30を買っちゃいました」。キヤノンゼロワンショップでPhotoshopやPagemakerを購入して、「ワープロ代わりにDTPの真似事をしていました」という。
その後、Windows PCも購入。1993年には地元で食品関連の商社である三本木商事に就職した。同じころ、WebブラウザのMosaicにも触れて、インターネットにも興味を持つようになった。そんな矢先、義兄が地元でISPを設立することになる。「MacやPCのことはひと通り知っているつもりだった」ので一枚かませろとばかりに、半ば強引に手伝うことになった。
分かっているつもりの苫米地さんが驚いたのは、設立準備に参加したエンジニアの技術力だった。BSD UNIXのコマンドをビシビシ打ち込む姿に「何をやっているのかまったく分からなかった」――。「今考えると、Webサーバも理解できなかったので当たり前ですよね。PCがちょっと使えるからって天狗になっていたんです」
1994年の秋ごろから独学でプログラムやWebの基礎を学んだ。その甲斐あって、「サーバのセッティングやネットワークの構築などひと通りのことはできるようになりました」。1996年には三本木商事のインターネットインフラ構築の責任者になる。その後、しばらくはメールシステムなどの管理者を経ながら、ParlやPHPの勉強を続けた。これがサンチョのシステムにつながるのである。
●メール会員は2年間で2人――道の駅とわだは支持されていなかった!?
三本木商事ではネットの管理者のほか、コンビニエンスストアなどの売り場での業務改善や計数管理などを担当していた。ITと現場のマネジメントを買われて、道の駅とわだの駅長に抜擢されたというわけだ。
2004年にはサンチョとは異なる試みも始めた。道の駅とわだのファンを集める会員制である。チラシなどを通じて会員登録を促した。登録すると、安売りのチケットや情報誌などを送付する仕組みだ。「がっちりつかもう200人」を掛け声に始めた会員制だったが、ふたを開けてみると2006年までの2年間で会員はたったの6人。「そのうち事務局スタッフが4人だったから、実質2人だけ。道の駅とわだは支持されていなかったのです」
この会員制にもてこ入れを図る。それまで登録に名前と電話番号が必要だったのだが、メールアドレスの登録だけにとどめた。また抽選で当たるプレゼントも用意した。当たり前だが、大幅に会員が増加。今では2000人を超える会員数となる。
「はちみつやにんにくをプレゼントしたら大幅増加につながりました。だいたい何を用意すればどれくらい増えるのか分かるようになったので、今はむしろハズレネタをやっています」
このハズレネタというのは、スローライフを推奨する冊子などのことだ。はちみつなどの実物に対して応募が増えるのは当たり前だが、スローライフのようなメッセージにはそれほど応募が増えない。「ですが、それでも毎月20人〜30人の登録があるんです」
苫米地さんはこうしたメッセージを発信することが重要だと考える。道の駅には地元名産の「南部裂き織」を体験できたり、会員と地元農家が一緒に漬物を作ったりする取り組みも実施している。
「物販という“事業”と、消費者を巻き込んだ“運動”を組み合わせることが重要だと考えています」。モノだけ販売していても価格競争に陥ってしまうだけ、スローライフのメッセージにしても、体験コンテンツにしても、十和田の特産品を購入してもらうには苫米地さんたち供給者サイドの気持ちを消費者サイドと共有することがポイントだと考えているのだ。
●デジタルサイネージにもチャレンジ
ところで、デル スモールビジネス賞で獲得した賞金2万5000ドル(3月23日現在、日本円で240万円前後)は何に使ったのだろう。実は賞金の一部を「デジタルサイネージの実験に使っている」という。売り場の一部エリアに24インチの液晶ディスプレイを設置し、そこに道の駅とわだに関連するコンテンツを映しているのだ。
「デジタルサイネージで、利用者に対して効果的な情報発信ができれば」。ただ、いきなり設置しても最適なレイアウトなどが分からない。まずは、実験的に液晶ディスプレイを配置して、効果を見定めているというわけである。
「24インチのディスプレイって机の上に置くと大きいんですが、売り場だとちょっと小さいんですよね。デジタルサイネージ用にはもっと大きなものを使わないと」と笑う苫米地さん。ITを活用した「事業と運動」――雪解けの十和田で春の訪れを感じた。
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