大麻の危険性はどのような根拠と出典に基づいて書かれたものか。取材してみると、これは麻薬防止センターが15年ほど前までアメリカのテキサス州にある某団体から輸入し、国内の教育関係者向けに販売していた薬物標本レプリカの説明書の翻訳であることが分かった。
Drug Prevention Resources, Incが販売している薬物標本レプリカ
有名私立大学の学生が大麻栽培や所持で逮捕される事件が相次ぎ、マスコミ各社は横並びで「大麻汚染」と銘打って連日のように本名や顔写真を報じている。学生が逮捕される度に大学の当局者たちが記者会見を開き、深々と頭を垂れてお詫びの弁を述べている。だが、学生が大麻で逮捕されてニュースのトップ項目にまでなってしまう先進国は日本だけだろう。英国のガーディアンは、大学生の大麻取締法違反事件よりも、日本のメディアの大麻事件報道そのものを記事にし、『名門校の学生が、たまに大麻を楽しんだという暴露話をヘッドラインにすることはまずない−日本という国でない限り』と書いている。(意訳は筆者/注1)
取り調べを担当する刑事たちは、大学には通報しないと言って逮捕された学生を安心させることがしばしばあるが、マスコミが本名や顔写真や大学名を報道することで事件が大学当局に知られ、その結果、退学処分となって学籍を失う事例が多い。学生たちは大麻そのものよりも逮捕と報道によって大きなダメージを受けている。
大麻取締法には、大麻の種の所持や売買、大麻の使用を罰する規定がない。だから、それらを規制できるよう法改正が必要だという論調も見られる。
だが、大麻取締法には、種の所持や売買、大麻の使用を禁ずる規定がないどころか、そもそも「目的」がない。薬物を規制する法には、大麻取締法のほか、覚せい剤取締法、あへん法、麻薬及び向精神薬取締法、麻薬特例法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)があるが、大麻取締法以外は各第1条で法の目的を明確に示している。ところが、大麻取締法には目的が書かれていないのである。同法の第1条は大麻の定義である。(注2)
なぜ大麻は禁じられているのだろうか。大麻取締法には目的が規定されていないので法文からは分からないが、「大麻汚染」報道では、大麻の害悪として、大麻を使用すると凶暴性を引き起こすといった説明がなされる場合がある。
日本では、大麻の危険性について、大麻取締法を所管する厚生労働省の外郭団体である財団法人、麻薬・覚せい剤乱用防止センター(以下「麻薬防止センター」と略)が国民に周知している。麻薬防止センターは1987年に閣議での了承を得て設立された公益法人であり、専務理事職には厚労省OBが就任している。
麻薬防止センターの事業は第一に「乱用薬物の精神・身体に与える影響等に関する正しい知識の普及啓発」だという。(注3)その「正しい知識」の普及啓発活動として、麻薬防止センターは、厚労省などからの補助金で運営されている。麻薬防止センターのウェブサイト、『「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ』には、規制薬物の危険性について記述があり、それらの情報はパンフレットや冊子としても頒布されている。大麻に関する情報は下記のウェブページに書かれている。
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大麻とは
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大麻常習乱用者の特徴
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大麻の身体的影響
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大麻の身体的影響(詳細)
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大麻の精神的影響
英語原本コピー表紙
では、麻薬防止センターが国民に周知しているこれらの大麻の危険性は、どのような根拠と出典に基づいて書かれたものか。取材してみると、これは麻薬防止センターが15年ほど前までアメリカのテキサス州にあるDrug Prevention Resources, Inc(注4)という団体から輸入し、国内の教育関係者向けに販売していた薬物標本レプリカの説明書の翻訳であることが分かった。
その薬物標本レプリカの説明書の翻訳は、「薬物乱用防止教育指導者読本」として冊子化され、これもまた麻薬防止センターが啓発資料として販売していた。だが、麻薬防止センターが現在販売している薬物標本レプリカは国内で製造したもので、当時の英文説明書原本は既に保存しておらず、今やコピーしか残っていない。そして、厚労省は、私が指摘するまでこのアメリカ製薬物標本レプリカの説明書が我が国の公的大麻情報の出典であることを把握すらしていなかった。
麻薬防止センターが輸入していた薬物標本レプリカと、厚労省への情報公開請求で入手した日本の公的大麻情報の原本は下の通りだ。
写真1(Drug Prevention Resources, Incが販売している薬物標本レプリカ)
写真2(英語原本コピー表紙)/写真3(目次)/写真4(本文1)
写真5(本文2)/写真6(本文3)
『「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ』に書かれている大麻情報は、この英文の翻訳そのものである。ではその内容は医学的に正しいのだろうか。そこには大麻がいかに危険な薬物であるかが縷々述べられているが、医学的な根拠を示すよう求めたところ、厚労省麻薬対策課の情報係長(2007年10月当時)は、「まあ、根拠はないんでしょうね」と、あっけらかんと答えた。
ここ最近の「大麻汚染」報道のなかで、11月8日、TBSのニュースキャスターという番組に、元麻薬取締官で、現在は麻薬防止センターの指導員を務める浦上厚氏が出演し、大麻を使用すると凶暴になるといったコメントをしていた。『「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ』にも、大麻精神病として、大麻を摂取すると「理由のない自殺企画や、衝動的に他人に乱暴をはたらくなど粗暴な行動が現れる」と書かれている。果たしてこれは医学的に確認された事実だろうか。
個人的に使用する少量の大麻所持を容認しているオランダでは、大麻愛好者たちが凶暴化して問題になっているだろうか。やはり大麻を非犯罪化している欧州諸国ではどうだろう。むしろ、2004年にポルトガルで開催されたサッカーのワールドカップでは、フーリガンの暴徒化を抑止するためアルコールを規制する一方で、大麻については公に容認している。2004年から少量の大麻所持を非犯罪化したイギリスでは、大麻の危険性を検証した上院科学技術委員会の顧問、レスリー・アイヴァーセン博士の著書「マリファナの科学」のなかで、神経科学者のソロモン・H・スナイダー博士は次のように述べている。
「娯楽目的での大麻の吸引には有害なケースもあるが、コカインやアルコール、タバコほど危険なものではない。」(注5)
またアイヴァーセン博士自身も次のように言う。
「マリファナはその使用者をリラックスさせ、気持を落ち着かせるが、アルコールはときとして攻撃的で暴力的な行動を引き起こす。」(注6)
「一部の科学者は大麻が有害であることを証明しようという道徳的方針のもとに研究を行っている。おおげさな警告が発せられ、大麻は染色体異常やインポテンツ、不妊、呼吸器疾患、免疫系反応の抑圧、人格変化、また永続的な脳損傷をもたらすきわめて危険な薬剤だと吹聴された。こうした警告のほとんどはその後まやかしであることがわかったが、ホリスターによるバランスのとれた論評(1986、1998)やL,ズィマーおよびJ.P.モーガンによる愉快な著作『マリファナの神話、マリファナの事実』(1997)では、これらの警告の多くが次々と効果的に論駁されていった顛末が記されている。」(注7)
元麻薬取締官で現麻薬防止センター指導員の浦上氏と、アイヴァーセン博士やオランダ政府のどちらが正しいのだろう。
11月11日。麻薬防止センターに電話取材した。
(下に続く)
英語原本コピー本文1
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