第四話「復讐への前奏曲(プレリュード)」
使徒の侵攻、零号機の自爆、サードインパクトによるジオフロントの消失… 数多くの厄災に見舞われてかつては廃墟と化しつつあった第三新東京都市は急速な勢いで復興していった。人材・資源・資金が次々とこの町に集まっていった。政府も第三新東京都市に対する投資を惜しまなかった。それもそのはずである。この町が完成しない事にはMAGIを中心とした日本全土の復興計画が始まらないからである。そして町の中央に巨大なビルが建設されつつある。それはネルフの後組織である「人類支援委員会」の本部となる予定であった。冬月は自分たちの権力を巨大な建造物で指し示す事に深い嫌悪感を覚えたが政府からの「好意」を明確に拒絶することもできず部下に愚痴をこぼすだけだった。
「まったく権力者というやつらはなぜああして目に見える形で自分達の力を誇示せねば気がすまないのだろうか…」
「まあ副指令は質実剛健な方ですからね…。けど本部ビルが大きいというのは悪いことではないですよ。」
と日向が答える。
「税金の無駄遣いだ。他にやらねばならない事はいくらでもあるというのにな…。それともう副指令はやめてくれ。公式記録ではネルフはサードインパクト時に組織ごと壊滅した事になっているのだからな。」
「はい。わかりました。冬月議長。」
冬月は人類支援委員会の初代の議長に就任する予定である。日向はその冬月を補佐する立場にある。むろん生き残ったネルフのメンバーは大部分がそのまま委員会に組み込まれる事になる。
工事は急ピッチで進んでいる。
「この調子なら後1ヶ月もすれば完成ですかね。かつてこの町を離れていった人達も戻りつつあるようですし、本部ビルが完成する頃には相当賑わいますよこの町は…」
その言葉に冬月は一瞬目を細めたがすぐに厳しい表情になり
「しかしそれすら長い道のりの最初の一歩にすぎん。」
「そうですね。」
「この町を中心として世界中の情報を収集しかつ分析し今の世界の限られた資源を効率よく分配し復興を可能な限り合理的に進行させる。MAGIなら可能な事だ。だが日本だけに的を絞っても最低でも五年はかかるとMAGIは試算している。これが世界全体を対象に復興計画を押し進めるとなると何十年かかるのやら見当もつかん。果たして私の生きているうちに完了するかどうか…」
「議長が全ての責任を背負い込むこともないですよ。それを何とかする為に各国にはそれぞれの政府が存在し、その為に国民は税金を払っているわけですからね。」
「確かにそうかもしれんな…。現状では我々には日本以外の国に対して干渉出来るような責任も権限もない。私もあまり先の事にとらわれずまずは自分の出来ることに全力を注ぐ事にしよう。」
「それがいいと私も思います。」
冬月はふと思いついたように話題を変更した。
「ところで子供達はどうしている?」
日向は一瞬考え込んだ。
食事と睡眠以外の時間は全て今の仕事につぎ込んで死ぬほど忙しいはずなのにそれでも冬月の頭の中からはシンジとアスカの事が離れないらしい。政府のお偉い方には決して理解も共感も出来ないことだろう。すでに利用価値を失った14歳の子供達にここまで固執する理由を…。冬月は誰にも話さなかったが崩壊した世界を復興させる事とかつて戦いに利用して深い心の傷を負わせてしまった子供達を幸せに導く事を自分の人生の最後の仕事と決めている事を日向は知っていた。
「ん…どうかしたのかね? 日向君。」
黙り込んだ日向にもう一度冬月は声をかける。
その声に日向は現実に引き戻された。
「……あ…すいません!子供達の事ですね。あれからアスカちゃんは第三中央病院の方に移されました。シンジ君も一緒です。宿舎を割り当てようとしたんですがアスカちゃんから離そうとすると狂ったように暴れるらしいので医師達も二人を引き離す方がかえってシンジ君の精神状態が危険だと判断してしぶしぶながら了承したそうです。」
「ふむ。でアスカ君の健康状態はどうなのだね。回復の見込みは?」
「最近では発作の起きる間隔がかなり長くなっているみたいですから少しずつ回復に近づいていると見ていいのではないでしょうか。脳波にも乱れはないようですし…。シンジ君にも少しは余裕が出来たみたいで今では仮眠室でちゃんと睡眠もとっているみたいです。」
「そうか………。」
「アスカちゃんはきっと元気になりますよ。シンジ君もついていることですしね。あの二人には誰よりも幸せになってほしいですからね。今まで不幸が続いた分誰よりも…」
『それが今は亡きかつての上官の…自分の思い人の最期の願いですからね…』
日向は遠くを見るような目をしてそう呟いた。
冬月は暖かみのある目で日向を見ていたが表情を引き締め直すと
「そうだな。だがさしあたり我々には見守る以外二人に出来ることはない。だからまずは我々に出来ることをするとしよう。今夜も忙しくなるぞ。覚悟しておけよ。」
「は…はい!」
そう答えて日向も表情を引き締め直した。
二人はたしかにやるべき事が数多くあった。
『今夜もまた徹夜かな…』と思い日向は心地よい緊張感に身を捕らわれつつあった。
こうして第三新東京都市に住む大部分の者は忙しい日常に身をまかせている。だがその中に時を感じさせない凍てついた空間に住む二人の子供がいた。
第三中央病院脳内神経外科303号室 患者名「惣流・アスカ・ラングレー」
アスカはいまだ眠り続けている。だがその頬はやや赤みを帯びており彼女の健康状態が幾分か良好になったことを示していた。
そしてアスカの側にはシンジが彼の指定席となった丸椅子に腰を下ろしじっとアスカの顔を見下ろしていた。
「アスカ……。」
シンジは彼女の名前を呼んでみる。
サードインパクトが発生して以来もう何万回この名を呟いたことだろう。
むろん返事はない。
分かっていることではあったがその事実は少年に落胆を与えざるえない。
「どうしてこんな事になってしまったんだろう……?」
少年は再び少女との思い出を邂逅する。
空母での出会い…。
ユニゾンの特訓…。
ミサトの下での共同生活…。
初めて彼女が自分を誉めてくれたチェロの演奏…。
そして初めてのキス…。
それらの全てがかけがいのない楽しい思い出としてシンジの脳裏にフィードバックされてきた。
「楽しかった…。 あの時には気づかなかったけど本当に楽しかったんだ。アスカと一緒にいられて…。」
シンジの瞳が潤み始めた。
「なのに…どうして……」
シンクロ率でアスカを抜いてしまったシンジ…。
シンジを誉め殺すアスカ…。
使徒に敗北したアスカ…。
シンジに悪態をつくアスカ…。
使徒に心を犯されたアスカ…
アスカを助けることが出来なかったシンジ…。
シンジを拒絶するアスカ…。
傷ついて家出したアスカ…。
それを探そうともしなかったシンジ…。
最後には廃人のようになってしまったアスカ…。
そんなアスカを汚してしまったシンジ…。
母と出会って偽りの再生を果たしたアスカ…。
エヴァ量産機によって陵辱され喰い殺されたアスカ…。
最期までアスカを見殺しにしてしまったシンジ…。
シンジの願いでもう一度現実に復活したアスカ…。
それなのに首を絞めてアスカを殺そうとしてしまったシンジ…。
再び心を閉ざしシンジを拒絶したアスカ…。
「気持ち悪い!」
その言葉が脳裏に響いた時シンジは嗚咽を漏らした。
「…ううっっ………ひっっくっ…うううっ……。なんだよ…。結局悪いのはみんな僕じゃないか…。自分の事しか考えないで…、アスカを傷つけて…、最後まで逃げ出して…。今だってそうだ!周りのみんなは「えらいわね」といって誉めてくれるけど本当はそんなんじゃないんだ!ただアスカに逃げているだけなんだ。そうやって現実をごまかしているだけなんだ! 失って当然だ! こんな馬鹿なにもかも失って当然だ! 畜生! 畜生! 畜生!」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その時再びアスカが発作を起こした。実に三日ぶりのことだった。
「ア…アスカァ………!!」
シンジはあわててアスカを抱きしめた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そうしているといつもなら数分でおとなしくなるのだが今回はなぜか一向にその気配を見せずさらに激しく暴れ続けた。
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」
アスカは右手を天に伸ばすように突き上げそう叫び続けた。
「いったいどうしたんだよ。アスカ!しっかりしてよ…」
監視モニターでその様子を見ていた医師達があわてて病室に入ってきた。普段なら発作の対処はシンジにまかせているのだが今回は一向におさまる様子を見せないので睡眠薬を注射しにきたのだ。今のアスカの健康状態では長時間の発作は危険だからだ。
医師が突き上げられた腕に注射器を当てようとした時シンジはアスカの唇がわずかに動くのを見た。
「…シ……ン………ジ……。」
蚊の鳴くような小さな声だったが確かにシンジにはそう聞こえた。
「ま…待って下さい!」
シンジは慌てて注射器を打とうとした医師の腕をつかんだ。
「!!」
「お願いです。もう少しだけ…もう少しだけこのままでいさせて下さい。」
医師は困惑の表情を浮かべた。
「しかし…このまま暴れ続けると彼女は危険なのだよ…」
「分かってます。けどアスカが僕の名前を呼んだんです!確かに呼んだんです。もしかしたらアスカの意識が戻るかもしれないんです。お願いです。もう少しだけこのままでいさせて下さい。」
「し…しかし…」
「お願いします!」
必死の形相でシンジは頼み込んだ。
医師はその表情を見て一つため息をつくと
「…わかった。ただし10分だけだ。それ以上は本当に危険なのだ。いいね…」
と念を押して注射器を引っ込めた。
「は…はい! すいません!」
シンジは医師に頭を下げると天に向かって突き上げられたアスカの右手を自分の胸元に引き寄せて自分の手でかたく握りしめた。
「アスカァ…。還ってきてよ…。僕はここにいるよ…。僕のこと嫌っても…憎んでもいいから還ってきてくれよ…。アスカ…アスカ…アスカァ……………!」
シンジは祈るようにアスカの名前を何度も呟きさらに強くアスカを抱きしめた…。
アスカは闇の中をさまよっていた。
「ハァ… ハァ… ハァ… ハァ… ハァ…」
もうどのくらい走り続けているのだろう。
あてもなくアスカはさまよい続ける。
逃げなければ……。
はやく逃げないとまたあいつらに犯される…。
ふと後ろを振り向いたアスカの表情が恐怖に凍り付く。
まるで天使を嘲弄するような醜悪なフォルムをしたハゲタカ達が翼を広げてアスカに襲いかかってきた。
「い…いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アスカは必死で逃げようとする。
だがハゲタカの一匹が素早く左側に回り込んで鋭い牙だらけの口を大きく開けてアスカの左目にかじりついた。
「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!」
アスカが甲高い悲鳴を上げる。
左目がえぐり取られそこにできた大きな窪みから血が滴り落ちる。
「あ…ああ……あああぁぁ……」
すると別の一匹が鋭い爪でアスカの右腕を真っ二つに引き裂いた。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
鮮血がほとばしる。あまりの激痛にアスカはその場にへたりこんだ。
「もうイヤ…! もうイヤァァァ……!!」
泣き叫ぶアスカ。
「う…あっ…あああ…あぁ…」
気がつくとハゲタカ達はアスカを取り囲むように地面に着地した。どの顔も大きく口を開けて笑っていた。まるでアスカを嘲笑うかのように…。
恐怖と苦痛に顔を引きつらせるアスカ。
「もう許して! もう許してよぉ〜!」
必死になって哀願するアスカ。その叫びが合図となったようにハゲタカ達は一斉にアスカに襲いかかった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
アスカに群がる九匹のハゲタカ達。やがて一匹もう一匹とアスカから離れていく。そして全てのハゲタカが飛び去った後にはかつてアスカと呼ばれた少女の肉片が散らばっていた。
「…………………………………………………!!」
アスカは再び目を覚ました。
自分の体を見回してみる。左目はちゃんとある。右腕も裂けていない。体にも傷一つない。
「畜生! まただ…!」
アスカはワナワナと体を奮わせる。
「いつまで続くのよ…こんな事が! なんでアタシばかりこんな目にあうのよ!いっそ殺してよ!いい加減アタシを楽にしてよ!もうイヤ…!もうイヤァァァ……!!」
アスカは頭をかかえこんで泣き叫んだ。
アスカは無限地獄に陥っていた。
ハゲタカ達に陵辱されその後すぐに再生する。
その繰り返し…。
エヴァ量産機に陵辱され喰い殺された時のイメージが強いトラウマとなってアスカの心にこびりつきこの無限地獄を作り上げたのだ。
それはギリシャ神話で永遠の罰を受けたティタン族の英雄プロメテウスの様だった。
だがその日常が変化した。
「え!?」
突如アスカの足下が崩れ落ちた。
「きゃあああああああ!!!!!!!」
必死になって地面にしがみつくアスカ。
足下はすでに奈落の底と化していた。
「あっ…あああ…あぁ…」
腕がしびれてきた…。
「何でよ!? もう終わったんじゃないの!? いつもと違うじゃないのよ!」
確かにいつもと状況が違っていた。
いつもはハゲタカ達に襲われるとしばらくして暖かい光がアスカを包み込んでアスカを守ってくれていた。その光につつまれるとハゲタカ達はアスカに近寄る事が出来ずあきらめたようにアスカから離れていくのだ。
その光のバリアはいみじくも外の世界でシンジがアスカを抱きしめている時だけ発生した。
だが今回はいつもと勝手が違った。ハゲタカ達に襲われてもいっこうに光のバリアは発生しなかった。それどころか再生した後もいきなり床下が崩れて奈落の底にアスカを引きずり込もうとした。
アスカは腕のしびれに耐えながら懸命に穴下をのぞき込んだ。
まるで底の見えない穴の先はあの世に通じているようにアスカには思えた。
「このままここへ落ちればもう楽になれるのかな……。そうなればもう苦しまなくてすむのかな…」
そう思うとアスカは自分を支えている腕の力が抜けていくのを感じた。
もう何もかもどうでもいいと思った時アスカと現実とをつなぐたった一つのか細いキーワードがアスカの頭の中で炸裂した。
「シンジ!!」
その名がアスカの脳裏に響いた時アスカはかろうじて踏みとどまった。
アスカの蒼い瞳に憎悪の災が燃えさかる…。
「冗談じゃない! このままおめおめと死ねるものか! 酷い目に合うだけ合って死ぬなんて惨めなだけじゃない! あたしはなんの為に生まれてきたのよ! 苦しんで苦しみ抜いて最期には惨めにおっ死ぬために生まれてきたとでもいうの! 畜生! そんなことあってたまるものか!」
アスカの自分を支える腕に力がこもっていく。
「そうよ。それにあたしが死んだらあいつはどうなるのよ! わかってるのよ。 シンジは誰でもいいのよ。一人でさえなければね…。だからあたしが死んだらあいつはあたしの事なんかきれいさっぱり忘れて他の女とくっつくに決まってる。そしてあたしに酷い事したことや都合の悪い過去は全ておっぽりだして自分一人幸せを手に入れるつもりなんだわ。畜生! そんな事絶対に許せるものか!」
アスカはかつてないほどの力が自分にわき上がるのを感じた。
「あたしはまだ死ねない! だってシンジがいるから…! シンジにあたしと同じ地獄を味合わせるまで絶対に死ねるものか…!」
アスカの中でシンジに対する憎悪がみるみると増幅されていった。
アスカは気づいていなかった。これはアスカが再び現実へ還る為の通過儀式にすぎないという事を…。心を壊し現実に怯え総てを拒絶したアスカ…。そんな彼女が現実へ還るために必要なものは「総ての不安をうち消すほどの現実に対する強い思い入れ」だけだった。
人の持つ感情の中で最も強い想いは間違いなく他者に対する「愛情」と「憎悪」である。
それはつねにコインの裏表のように表裏一体となって人の心に巣くう最も不可解な感情だ。
「もう一度会いたいヒトがいる」
その想いより強く現実の世界と自分とを結びつける感情は少なくとも「ヒト」の中には存在しない…。
かつてシンジがLCLの虚構の世界から生還した時と同じ現実への帰路をようやくアスカも探り当てる事に成功した…。
だがその時シンジが前者を選択したのに対してアスカは後者を選んだ。「愛」というものを知らぬ他人に愛されたことがない子供ゆえに…そして彼女の思い人が自分を愛してくれないと思いこんだが故にアスカは後者を選ばざるえなかったのだ。
だが手段でしかないはずのそのアスカの「想い」はすでにアスカの中で「神聖な誓い」として昇華されつつあった。元来一途で思い込みの激しい性格が故に…。
いずれにしてもアスカは目覚めた。
もう一度現実へ還る決意を確乎たるものとした。
彼女にとっての「神聖なる誓い」を果たすために…。
その時虚無の闇の中から白く細い手がアスカに差し出された。
アスカは頭上を見上げる。
そこには彼女の現実へ還るべき「理由」が存在していた。
「シンジ………。」
線の細い少年が不安そうな顔をしてアスカに向かって手を差し伸べていた。
アスカは躊躇うことなくその手を掴んだ。
救いの手としてではなく復讐の足がかりとしてではあったが……。
いずれにしてもようやくアスカは現実への生還を果たした。
かつてのシンジとはまったく逆のやり方で……。
「アスカ…!アスカ…!アスカ…!アスカ…!アスカ…!」
シンジは何度も何度も彼女の名前を呟いたが彼女の発作は一向におさまらなかった。
医師は腕時計を見た。
「そろそろ時間だ。」
一言そう言うと再び注射器を取り出した。
医師がアスカの腕を取ろうとしたその時異変が起きた。
「え!?」
アスカはかたく握られたシンジの手を自分に引き寄せた。
「わああぁぁぁ……!!」
シンジはもつれるようにアスカに倒れ込みアスカの胸に顔をうずめる結果となった。
自分の行為に顔を赤らめるシンジ…。だが次にアスカから放たれた言葉がシンジの羞恥心さえも一瞬にして吹き飛ばした。
「……ば…か…し…ん……じ……。」
弱々しい声だったが確かにアスカはシンジの名前を呼んだのだ。
シンジはアスカの顔を見上げる。その蒼い瞳が光に濡れている。アスカは泣いていた。
「ア…アスカ…い…今、僕の名前を呼んだよね!? も…もう一回呼んでよ!」
アスカはにっこりと微笑んで呟いた。
「バカシンジ! 還ってきたわよ…。」
「ア……ア…アスカァ…!! うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
シンジの涙腺は一気に爆発し堰を切ったように泣きはじめ強くアスカを抱きしめた。
アスカは黙ってシンジの頬を撫で始めた。医師達は気を利かせたつもりなのかそっと部屋から出ていった。
ひとしきり溜まっていたものを吐き出したらシンジは急に冷静になりはじめた。そしてアスカを上目遣いに見上げて恐る恐る質問した。
「あ…あの…アスカ……」
アスカは菩薩のような笑顔で微笑みかえす。
「なによ…バカシンジ?」
「そ…その……お…怒ってない…?」
あくまでアスカは笑みを絶やさない。
「だから何よ?」
「そ…その…僕はアスカに色々…酷い事をしてしまったと思うから…もしかして…アスカに憎まれてるかな…と思って………ご…ごめん…!アスカ…!本当にごめん!」
頭を下げるシンジを見てアスカは本心を極上の笑顔の下に隠したままシンジをからかうような口調でケラケラと笑い始めた。
「クスクス……あんたバカぁ〜!? そんなことあるわけないでしょう…」
『こいつ本当に馬鹿ね…! あたしにあれだけ酷い事しておいて怨まれないですむと本気で思っているのかしら…』
「そ…そう…!?」
不安そうに再びシンジは尋ねる。
「そうに決まってるじゃない。それにシンジのおかげだから…」
「えっ!?」
「だ…か…ら…、あたしが現実に還ってこれたのはシンジのおかげなんだから…」
『それだけは本当よ… シンジ…』
アスカはいきなりシンジの右手をつかんで自分の両手をそれに重ねた。
「ア…アスカァ……」
いきなりのアスカの行動に面食らうシンジ…。
「この手よ…。この手があたしを悪夢から引き上げてくれたのよ…」
『そして今度はあなたが悪夢を味わう番よ…シンジ…。』
あくまでも本心を偽りの笑顔の中に隠してシンジに微笑むアスカ。
「これからもよろしくね…バカシンジ…」
にっこりと微笑むアスカを見てシンジの中に熱いものが込み上げてくる。
『よ…よかった…アスカは僕を許してくれた…。僕はここにいてもいいんだ!アスカの側にいてもいいんだ!僕のしてきたことは無駄じゃなかったんだ…!…よ…よかっ……た…。』
シンジは自分を支配していたピリピリと張り詰めた緊張感が急激に体中から抜け落ちるのを感じた。
「ア…アスカ…ご……め…………ん……。」
そう言うや否やシンジはアスカの膝元にくずれ落ちた…と同時に小さないびきをかきはじめ熟睡した。その寝顔は安らぎに満ちていた。それはサードインパクトが発生していらいはじめてシンジが得た安寧の一時だった。
アスカがシンジを見下ろしている。すでにその顔からは笑みは消え激しい憎悪の災が蒼い瞳の中に燃え盛っていた。
『今だけ夢を見させてあげるわよ…シンジ。いずれあんたの幸せが絶頂に達した時にこそあんたにも味あわせてあげるわ…。あたしの味わった地獄の苦しみをね…』
アスカの口元が醜く歪んだ。
病室の外ではマヤが震えていた。彼女は見てしまったのだ。シンジを見つめるアスカの顔を…。同性であるが故にマヤは嫌でもアスカの瞳に宿るモノを知ってしまった。そして理解してしまった。アスカはシンジに復讐するために現実に還ってきたということを…。
つづく…
けびんです。
いや〜、どんどんとんでもない方向に話が進んでいるような…。
本当にこの二人はどうなってしまうんですかね〜(無責任な作者(^^;)
どうなるか僕にもわかりません(爆)
やっぱり“四”という数字がまずかったのかな…十三話(そこまで続けばだけど…)をアップする時は注意しないと…(全然関係ないよな…(^^;)
それにしても第四話を12月24日にアップしないでよかったなぁ〜。何しろこの日はクリスマスらぶらぶLAS作品が大量に投稿されてましたからね…(^^;(そうでなくてもLASの殿堂たるめぞんでは僕の作品は白い目で見られがちなんでしょうからね…。僕だってLAS人のはずなんだけどなぁ……。)
さて作中にでてきたプロメテウスについて少し補足します。プロメテウスとはギリシャ神話に出てくるティタン族の勇者(だったと思う。)です。ゼウス率いるオリンポスとティタン族が神々の覇権をかけて戦争しティタン族は敗れてしまうのです。その時ティタン族の勇者であったプロメテウスはゼウスより永遠の罰を与えれれてしまいます。それは岩山に鎖で縛られて毎日内臓をハゲタカに啄ばまれるというとんでもない刑です。内臓を失っても不死身であるプロメテウスは翌日にはまたすぐ再生するのでプロメテウスの苦しみは永遠に続くことになるのです(実際にはゼウスの息子であるヘラクレスに助けられてその苦しみから開放されるのですが…)自分はけっこうギリシャ神話が好きなので(その割には神様の名前はいい加減だけど…もしかしたらこの逸話の持ち主はプロメテウスでなかったかもしれない…)そういった逸話を今回のアスカちゃんの悪夢に使わせていただきました。(ああ…アスカちゃんの下僕のみなさん!石を投げないで下さい…)
それでは第五話でまたお会いしましょう。(^^;
けびんさんの『二人の補完』第四話、公開です。
どうにかアスカが帰ってきましたね。
こちら側に、
暗い思いと共に。
着々と復興しつつある街と
先の見えない二人です・・・・
辛いですよね。
さあ、訪問者の皆さん。
けびんさんに感想を送りましょう! メールは誰でもいつでも歓迎ものです(^^)