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社説

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高齢者施設火災―福祉行政と防災の貧しさ

 亡くなったお年寄りたちは、さぞかし無念だったろう。

 群馬県渋川市の高齢者向け住宅「静養ホームたまゆら」で起きた火災は、10人の命を奪う惨事となった。

 建て増しを重ねたこの施設は、複雑なつくりになっていた。法令上の設置義務はないが、スプリンクラーや自動火災報知機もなかった。出火当時、施設にいた職員は1人だけだった。これでは、体の不自由なお年寄り全員を避難させるのは難しかったろう。

 悲劇で浮き彫りになったのは、いくつもの不備がからんだ施設のありようである。経営者には命を預かっている自覚が十分あったのか。警察や消防には、火災の原因となぜ被害が拡大したかを徹底的に究明してもらいたい。

 今回の火災でさらに驚くのは、入居していたうち15人が東京都墨田区から生活保護を受給していたことだ。

 東京など都市部では低所得者向けの高齢者施設は空きがない。そのお年寄りの受け皿に、こうした地方の施設が使われてきたのが実情のようだ。

 しかもこの施設を運営するNPO法人は、群馬県に有料老人ホームとしての届けを出していなかった。それでは行政の目もなかなか届かない。施設の関係者はこんな事情を明かす。「届けると設備基準などを満たすための投資が必要で、利用料に跳ね返る」

 墨田区は結果的に無届けの施設を、お年寄りに紹介していたことになる。

 しかし区ばかりを責めるわけにはいかない。施設が地元から遠く離れていては、お年寄りに好ましくないとわかっていても、身近に受け入れ先がなければ仕方ないだろう。無届けであれ、こうした施設がなかったら、行き場のないお年寄りは救えない。

 「無届けの施設を廃止しろ」と言うだけでは問題は解決しない。

 同じような無届けの老人施設は全国で350を超すという。政府や自治体はまず、こうした施設の運営や設備、介護、防火の体制を緊急に点検する必要がある。

 1人で動けない人がいる施設であれば、たとえ今の法律で義務づけられていなくても、スプリンクラーや火災報知機の設置を検討すべきだ。

 費用負担を施設側だけに求めていては設置は進むまい。行政がもっと必要な助成をしてはどうか。国や地方の財政事情は厳しいが、ことは人の命にかかわる。

 施設の数を増やす手だても、もちろん考える必要がある。優先順位は高いはずだ。

 介護の必要な単身のお年寄りはこれから増える一方だ。今こそ高齢者向け施設のあり方を社会全体で見直し、体制を整えなくてはいけない。

 急速な高齢社会の安心と安全を確保する覚悟が求められている。

テロとの戦い―中東民主化へ支援強めよ

 イラク戦争開戦から6年がたった。

 米国のオバマ大統領は就任後、イラクからの米軍撤退計画を発表し、シリアやイランとの対話姿勢を示した。

 開戦以来、数十万のイラク人の命が失われて一時は400万人が難民化し、米兵も4千人以上が死んだ。途方もない犠牲と破壊の末、イラクは真の「戦後」に向けた転機を迎えている。

 しかし、中東全体に目を向ければ、テロとの戦いはほとんど改善に向かっていない。

 9・11同時テロの首謀者で国際テロ組織アルカイダを率いるビンラディン容疑者は、いまもインターネットを通じて反米欧の聖戦を訴えている。イスラエル軍のパレスチナ侵攻、中東各国の政権腐敗や強権支配を材料に、民衆の不満や怒りをあおるのが定番だ。

 そんな宣伝に対抗するには、やはり国民が政治に参加し、平和的に社会を改革できる民主主義の仕組みを作り、定着させるしかない。一朝一夕にできることではないが、これが王道であるのは間違いないだろう。

 ブッシュ前政権も民主化を掲げた。一部の国で議会選挙が実施されはしたが、十分なものではない。そして、パレスチナ選挙で和平推進派のファタハが敗れ、イスラム過激派のハマスが勝利すると、米欧はハマスの政権を認めなかった。以来、中東民主化の掛け声は、すっかり影を潜めてしまった。

 民主的な選挙をすれば、民衆に根を張るイスラム政治勢力が勝つのは当然の成り行きだ。だから、民主化は中東の安定化につながらないという見方がある。しかし、非民主的な体制や地域の紛争が続く限り、過激派が国民の不満を吸収する構図も続く。この矛盾をどう乗り越えるのか。

 アルカイダはイスラム勢力の選挙参加を「聖戦への裏切り」と非難する。ハマスやレバノン議会に議席を持つヒズボラは、アルカイダと対立する。ふたつの組織はイスラエルとの武闘路線を続けつつも、社会福祉事業などを通じて民衆の心をつかむ面も併せ持つ。

 選挙に積極的に参加する勢力を政治に取り込み、中東和平などでも責任を持たせることが大事なのだ。回り道のように見えても、これがアルカイダのようなテロ組織を孤立させる最も確実な「テロとの戦い」だ。

 今年はイラン、アフガニスタン、レバノン、アルジェリアなどで大統領選挙や議会選挙が相次ぐ。来年1月までにイラクとパレスチナでは議会選挙が予定されている。この時期、国際社会は中東の民主化を支援する姿勢を明確に示す必要がある。

 米国は中東で動こうとしているように見える。アフガニスタンやパレスチナなどで教育や女性の社会進出などで援助を続けてきた日本は中東の民主化への支援に積極的に取り組むべきだ。

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