電機、自動車など春闘相場の形成に大きな影響力を持つ金属労協に加盟する大手製造業の賃金交渉に関する経営側の集中回答で、主要企業は一斉に賃上げ要求に応じず「ゼロ回答」を示した。
労働側がベースアップ(ベア)を要求しなかった二〇〇五年以来、ベアゼロ回答は四年ぶりである。さらに一部では定期昇給の一時凍結にまで踏み込むなど、労働組合にとって厳しい結果に終わった。世界同時不況による急激な業績悪化の荒波にのまれたといえる。
深刻な不況下で行われた主要企業の春闘交渉は、多くの労組が企業の相次ぐ人員削減に対し、雇用維持を重視するのと引き換えに定昇実施の一時凍結などを容認する戦術に転じた。
電機メーカーの経営側と各社の労組で構成する電機連合は春闘の終盤、「雇用安定と創出に向けて最大限の努力を行う」などとする共同宣言を発表して折り合いをつけた。
ベアゼロや定昇の凍結は、個人消費の冷え込みにつながりかねず、景気回復が遅れる恐れもある。かといって失業者が増える事態になれば、景気はますます落ち込むことになる。社会の不安定化も懸念される。労働側が賃上げより雇用を重視したのは妥当な対応ではないか。
連合は当初、今春闘の基本方針として雇用維持も賃上げも求めて交渉に臨んだ。物価上昇を考慮し、内需を拡大させるには賃上げが必要と主張した。
その理屈は分からないではないが、米国発の金融危機によって日本でも大企業を中心に予想を上回るスピードで業績が悪化した。こうした中での賃上げ要求は、現実離れしたものだったと言わざるを得ない。
一方で交渉の主導権を握った経営サイドの責任は重い。景気悪化の底は見えず、業績後退が雇用環境に悪影響を及ぼす事態はこれからも続くとみられる。一層の経費削減を迫られる会社も増えてくるだろうが、最優先すべきは雇用の安定である。
雇用関連で積み残された課題は多い。労働時間を短縮して仕事を分け合うワークシェアリングをどうするのか、具体化への本格議論はこれからだ。大量解雇が相次いだ非正規労働者問題への取り組みも、道筋はまだ見えない。
今後、交渉が本格化する地方や中小企業でも、雇用問題が最大の焦点になろう。労使ともに非正規労働者を含めた雇用の安定に向け、最善の策を講じる必要がある。
銀行の資本増強を支援するため、日銀が総額一兆円規模を上限に返済の優先順位が低い劣後ローンを引き受ける方針を打ち出した。株価下落などで銀行の自己資本が目減りし、貸し渋りに走るのを防ぐのが狙いだ。
中央銀行が民間金融機関の資本支援に踏み込むのは極めて異例の措置である。米国発の金融危機が日本の銀行に与えているダメージの深刻さを物語っているといえよう。
金融支援では、既に政府が公的資金による資本注入制度を復活させている。優先株の引き受けが中心だが、国の経営介入を嫌い二〇〇八年度内の活用は三行にとどまる。
日銀は経営への関与度が小さい劣後ローンの引き受けで、財務内容が悪化した銀行が資本増強しやすい環境を整える。
これによって銀行の資本増強手段は、自力調達、政府の資本注入、日銀の劣後ローンと三つの柱ができることになる。金融機関にとって選択肢が増えるのは評価できよう。
特にこれから〇九年三月期決算で企業の業績悪化が拡大すれば、株価がさらに下振れする恐れがある。金融安定化に向け、日銀が前もって安全網を補強する措置とも受け取れる。
だが、リスクも大きい。もし支援する銀行が破たんしてローンが返せなくなると、日銀は大きな損失を被ることになる。中央銀行として国際的な信用が揺らぎ、円相場の動向などに悪影響を与えかねない。
金融危機以降、日銀は銀行の保有株や企業が発行する社債の買い取りなど、リスク覚悟の措置に相次いで踏み切っている。いずれも異例の対応である。非常時の政策としてやむを得ない面はあるが、くれぐれも財務の健全性と使命達成のバランスを忘れないでもらいたい。
(2009年3月21日掲載)