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更新日:2008年9月10日(水)
特集

10月号特集3 ロシア・サッカーはどこへ行くのか―グローバリズム・ナショナリズム・フーリガニズム―



大平陽一 天理大学准教授

プロフィール:1955年三重県生まれ。東京外国語大学大学院修士課程修了。天理大学准教授。ロシア映画史専攻(ただし、サッカー観戦の合間に)。幼少の頃より、サッカーが世界に開かれた窓であった。
*本稿は,2008年5月に行われたスラブ研究センター公開講座での講演内容を要約したものである。

全体構成

(1)サッカー界におけるグローバリズム
(2)サッカー界におけるナショナリズム
(3)サポータの存在意義
(4)ロシア・サッカー界における警備
(5)サポータの無自覚

(1)サッカー界におけるグローバリズム

 ユーロ(欧州選手権)におけるロシア代表のめざましい活躍の背景にロシア経済の好調があることはまちがいない。今度の好成績で、ロシアのサッカー関係者でもっとも有名な人物はヒディンク監督になったのだろう。しかし、それまでロシア・サッカー界一の有名人だったは、イングランドの強豪《チェルシー》のオーナー、アブラモビッチである。ヒディンクの破格の年俸を支払っているのは、実はサッカー協会ではなく、アブラモビッチだというのは公然の秘密だ。オランダ人がロシア代表の監督をつとめ、彼を招聘したロシアの富豪がイングランドのクラブのオーナーである。このことからも、欧州サッカー界におけるグローバリズムがどれほどのものか想像がつく。

 近年、クラブ・レベルにおいても、大富豪や大企業がサッカー・ビジネスに参入した結果、資金力をましたロシアの主要クラブは、競うように外国人選手買い漁っている。しかし、サッカービジネスにおけるグローバル化をヨーロッパ全体に認識せしめたのは、むしろロシアの富豪や企業の海外進出であった。ほかならぬ、アブラモビッチによるイングランドのサッカークラブ《チェルシー》の買収と成功がその流れを決定的にした。

 ロシア企業の海外サッカーへの進出としては、準国営企業のガスプロムがドイツの強豪シャルケ04と結んだスポンサー契約が大きな話題になった。天然ガスの最大の輸入先ドイツにおいて従来あまり芳しいとは言い難かったブランドイメージを引き上げるのが目的だった。シュレーダー元首相が仲介の労をとり、パイプライン敷設問題にも好影響を与えることが期待されているというのだから、プーチン政権のエネルギー外交の一翼を担っていたのだろう。

 周知の通り、プーチンの大統領就任後、権力は新興財閥からシロヴィキと呼ばれる治安組織出身のエリートへと移った。サッカー界においても政府系の企業が買収したゼニート、CSKA、ディナモ・モスクワが新興財閥系のスパルタク、FCモスクワを圧倒しつつある。ロシア一の富豪デリパスカも、ヴラジカフカスのクラブ、クバニを手放した。地元への貢献が目的だったのだろう。あっさりウクライナ人実業家への売却したようだが、ロシア連邦のチームをウクライナ人が所有することにも、ネーションの相対化が見てとれる。

(2)サッカー界におけるナショナリズム

 しかし、コーカサスのサッカー界には、グローバル化に逆行するかのような流れも認められる。民族主義だ。ロシア人の側の排他的人種主義が、同じくらい排他的な民族主義を彼の地に根付かせてしまってしまったことは、周知の通りである。
 
 サッカーはネーションの枠を軽々と乗り越える一方で、ナショナリズムと結びつきやすくもある。たしかに、スタジアムで地元チームに声を合わせて声援を送る時、偶然居合わせたに過ぎぬ観客たちを結ぶファシズム的ともいえる一体感は、「想像の共同体」が実体を持つかのように錯覚させかねない。

 美学者の多木浩二は、現代スポーツにネーションという虚構の枠組みを無化する可能性を見る。例えばテニス選手は、個人として世界のトーナメントを渡り歩いており、国別対抗戦の時代は過ぎ去ったとその世界的性格を指摘する。確かにテニス選手はネーションからは解放されたのかも知れない。しかし、賞金を求めて世界をさすらう彼らの姿は、資本にしばられた現代の角兵衛獅子のようにも見える。ファンはテレビでしか選手の姿を拝むことはできない。

 そんなテレビ観戦では暴動の起こりようがない。フーリガニズムの原因のひとつが「メディアによって現代スポーツの体験が間接的な経験に変質していること」への反発にあるとの指摘は、心ならずもスポーツを愛してしまった者として首肯せざるをえない所がある。しかし、メディアを介しての観戦しかありえないのなら、スポーツを見る必要などないのではないとも思う。

 そんな私でも、今年3月、ロシアリーグ成立以来はじめてチェチェン共和国のグロズニィで行なわれたテレクのホームマッチの記事を読むと、辟易とする。テレクは紛争のため一時消滅していたものの2001年に再組織されたが、保安上の理由から、ロシア共和国スタヴロポリ地方を仮の本拠地にしていた。それがようやく今年からチェチェン国内での公式戦が久方ぶりに許可されたのである。この間にチーム名には暗殺された親ロシア派の初代大統領アフマト・カドゥイロフの名が冠されていた。彼はテレクの初代会長でもあったのだから、それも当然かも知れない。

 しかし、現会長も第3代大統領ラムザン・カディロフ、アフマトの次男だと聞かされると、サッカーは政治の道具でしかないのかという思いにとらわれる。実際、現大統領はインタビューでチェチェン共和国の未来にとってテレクが果たすべき使命について蕩々と語り、テレビ中継にゲスト出演したスポーツ大臣は、テレク以外の話題には一切コメントしなかった。サッカー・ジャーナリストのウトキンの言葉を借りれば、「まるでテレクの中にしかサッカーなるものが存在しないかのように」。

(3)サポータの存在意義

 それにしてもサッカーがまずはビジネスとして、時として民族主義の依り代として存在している欧州サッカーの現状に直面する度に、私のようなファンなど無意味な存在にすぎぬことを痛感させられる。しかし、グローバル化にともなって、選手や監督が国境を越えて絶えず移動し、経営陣にさえ外国人が流入している昨今のサッカー界で、クラブのアイデンティティを保証してくれるのは、代々応援し続けてくれるサポータの存在しかない。

 豊富な資金で外国人選手を獲得し、好成績をあげながら、FCモスクワの人気が一向に上がらないのは、母体であったチームの分裂、経営陣の交替、名称の変更といった紆余曲折の過程で、ファンを切り捨ててしまった結果にほかならない。

 元首相でディナモ・モスクワの最高顧問としてサッカー界における発言力をましているステパシンは、2部落ちし、売りに出されているトルペド・モスクワと人気のないFCモスクワを合併すればよいと提案するのだが、この提案は実現しそうもない。なぜなら、FCモスクワのオーナー、プロホロフは、サッカーチームを、やはり自分が所有しているCSKAのバスケットとアイホッケーの2つのチームをひとつのクラブに統合する構想を持っているからだ。
 チーム運営の一本化は、経営者にとっては当然の方策だろうが、総合スポーツクラブCSKAに愛着を持つ人々はどう感じるだろう? オーナーが同じだからといって、今さらFCモスクワを応援し始めるだろうか?

 ロシアの強豪クラブはJリーグとは比較にならないほど大きなスポンサーに恵まれている。にもかかわらず、ロシアリーグの4強―ゼニート、スパルタク、CSKA、ロモチフ―のうちの2チームCSKAとスパルタク・モスクワはホームスタジアムがない。FCモスクワの使っているストレリツォフ・スタジアムは小さく、みすぼらしいスタジアムだ。その凸凹のピッチで高給取りのアルゼンチン人選手たちがプレーをしているのだ。クラブにその資金がないわけではないのだから不可解というしかない。

 1990年代まで、今のFCモスクワと同じように、全く人気がなかったロコモチフに多くのサポータがつくようになったのは、成績が上がったのもさることながら、グローバル・スタンダードを満たす自前のスタジアムを建設したことが大きかった。

(4)ロシア・サッカー界における警備

 スタジアムの設備と並んで、クラブ、協会のサポータに対する態度が端的、直接的に現われるのが、試合のときの警備の姿勢だろう。この点、ロシアの警備体制は異常だ。4月に行なわれたサトゥルン対ゼニート戦での警備を例に引いてみよう。
 この試合は、熱狂的なゼニート・サポータを警戒して、隔離されたアウェイシートが1500席用意され、民警3000人、兵士600人、特別任務部隊310人、警察犬32頭−合わせて犬が32頭と、犬の訓練士を含め人間が3942人動員された。駅からスタジアムまで兵士がずらりと並んで人間回廊が作られていて、スタジアムにはその間を歩いて行くしかない。しかし、スタジアムに入ってみると、あに図らんや、アウェイ・シートには空席が目立ち、結局、酔っぱらいが45人拘束されたに過ぎなかったという笑い話であった。

 だが、昨年4月のゼニートとのアウェイゲームを応援に出かけたスパルタク・ファンの受けた扱いとなると、笑って済ませることはできない。特別列車でペテルブルグに着いたサポータたちは、すぐさま民警によってバスに乗せられ、寒空の下、柵で囲われただけの空き地に試合直前まで隔離された。トイレも用意されず、食べ物も水も与えられなかったサポータたちは、キックオフの時間に合わせてバスに再び乗せられて、スタジアムに運び込まれた。

 だが、こうしたロシアの警察の人海戦術がトラブルを未然に防いでいるとは言えそうにない。概して民警は高圧的な態度をとるばかりで、適切な試合の運営という意識に欠けているし、その訓練もなされていないと、スパルタク・モスクワの警備責任者セルゲイ・ノジュニンは指摘する。

 西欧においては、警察による警備はかえって観客の暴力を誘発すると考えられている。フーリガニズムに悩んだイングランドが、民間のスチュワードによる保安体制をとったことでトラブルを激減させることができたというのは周知の事実だ。これに対し警察官に警備を任せているイタリアでは、サポータとのトラブルが絶えない。警察官がサポータ同士の喧嘩に巻き込まれて死亡した事件、逆に警察官がサポータを誤射して死に至らしめた事件などのために相互不信が募っている。ロシアにおいても、警察に対する不信感が根強いように見受けられる。

 インフラの未整備、非人間的な警備体制、そしてチケットの高騰と、サポータなどなきがごときクラブ側の姿勢には経済的な理由があるのだろう。一部の人気チームはともかく、ほとんどの試合では空席が目立ち、一試合平均の観客数はJリーグの約3分の2にも及ばない。
 一説には、入場料収入は営業収入全体の1割にまで落ち込んでいるとされる。しかし、それでもうなぎのぼりの放送権料が補ってあまりあるから、痛くもかゆくもない。今年はガスプロム・メディア所有のNTV−plusが100億円で、独占放送権を獲得した。この金額は、Jリーグの放送権料の約2倍にあたる。

 ロシア一の人気チーム、常にスタジアムが満員のゼニートにしても、本拠地のキャパシティが約2万人なのだから、観客動員が平均4万5000人を超え、入場料収入が総収入の31%に達する浦和とほぼ同じ約70億円の予算が組めるのは、スポンサーやオーナーによる補填があるからにちがいない。スパルタク・モスクワのフェドゥン・オーナーが昨年インタビューで明かしたところでは、彼のチームの場合、営業収入は営業費用の6割にしか達していないという。

 それより何より、「演劇と同じで、観客がいてこそのサッカーだろうに」というガッジィ・ガジエフの嘆き―かつてサンフレッチェ広島で指揮を執り、その後はロシアリーグのベテラン監督として尊敬を集めている―は、現場の切実な声だろう。財政的には豊かになっても、ロシアのサッカー文化はむしろ後退している。メディアを通じた経済活動による実体のないスポーツは、もはやスポーツと似て非なるものではないか?

(5)サポータの無自覚

 しかし、その一方で、サポータの側にも大いに問題があることも否定できない。様々な組織が結成されているが、クラブのアイデンティティを保証するのは今や自分たち以外にはないという認識にも、新しいサッカー文化を作り上げようという使命感にも欠けた圧力団体にとどまっている。しかも、マッチョ賛美の男性中心主義を脱し切れぬフーリガニズムがファンをスタジアムから遠ざけてしまう。

 最近も、コーカサスでスパルタク・モスクワのサポータが事件を起こして大きなスキャンダルとなった。4月にガバルダ・バルカル共和国の首都ナリチクで行なわれたスパルタク・ナリチク対スパルタク・モスクワの試合を観戦するため、バスを仕立ててにはるばる出かけた若者数十人が地元住民とトラブルを起こしたのだ。試合前日にガバルダ・バルカル共和国に着いた一行は、観光地として知られるエリブルス地区のホテルに投宿したが、その日の深夜、地元住民に襲われ、拳銃やナイフによる傷を負ったのだという。

 こう書くと、モスクワのファンが、民族主義者から暴行を受けたように思われるかも知れないが、事実は異なる。発砲された拳銃はモスクワのサポータの所有していたものであったし、何より、翌日のスタジアムでの彼らの抗議行動には目に余るものがあった。アウェイ・シートで挑発的に放尿し、ナリチク・サポータの横断幕に火を放ったのである。

 経済の地域格差が背景にあるのだろうか、その後も地方都市でモスクワやペテルブルグのフーリガンの傍若無人な態度が引き金になったトラブルが、それもフーリガンが加害者になるのではなく被害者になる事件が続いている。
 この深刻な事態に対して、サッカー協会は通り一遍のコメントを発表するだけ。スパルタク・モスクワもコーカサスでの試合を禁止するようヒステリックな調子で協会に求めたに過ぎない。マスコミはマスコミで騒ぎを煽るばかりで、事実を伝えようとはしない。サッカー・ジャーナリストのウトキンは、真相を知っている者はメイルで教えてほしいとブログで訴えなければならなかった。

 そんな騒動の中で、ウトキンはスパルタク・モスクワの警備主任ノジュニンのブログに出会う。初老の警備責任者は、クラブはサポータに対してオープンでなくてはならないと信じ、ブログを公開しているのだが、エルブルスで起こった事件の際も、ヒステリックなマスコミ報道よりも彼のブログが客観的な事実を伝えてくれると、ウトキンは書いている。
 被害者が、クラブ側の把握できぬ未組織サポータであった上に、試合の行われるナリチク市から離れたところで事件が起きたにもかかわらず、ノジュニンはエルブルスに急行し、被害者のために病院の手配やモスクワの家族との連絡をつけるなど、着々と仕事をこなしていった。そのプロセスが、彼のブログの淡々とした記述からは読み取れる。

 結局、ナリチク事件の全貌を伝えるにあたって、マスコミはノジュニンへのインタビューという方法に頼るしかなかった。そのインタビューの中で、少なくとも自分の考えでは、「法的ではないにしても、倫理的責任をクラブは負う」と彼は言明する。その後、彼のブログに対する書き込みの中に、「あなたは人間的に接してくれる唯一のクラブ関係者だ」との一節を読むことができるが、今のところノジュニンは例外的な存在でしかない。しかし、彼のような人がいなければ、どれだけ代表チームが活躍したところで、ロシアに真のサッカー文化が根付くことなどあり得ないだろう。









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