
同じテキストをなんどもぐるぐると繰り返すことを、「サイクルを回す」あるいは「サイクル法」といいます。英語を知識にとどめておかず、使える技術にするためには、一回理解しただけではなく何回も同じことを反復することが絶対に必要です。学校で何年も英語をやり、かつ成績もよい人が英語を使いこなせないのは、この繰り返しが致命的に欠如しているからです。英語を深く内在化することを目的とするトレーニングはすべて反復作業を伴います。この「音読パッケージ」の他、短文暗唱=瞬間英作文、ボキャビルなどがその代表格です。
しかし、その繰り返し方にもやり方があります。例えば、100の短文があり、これを100回読めといわれた場合どうやるでしょうか?ひとつひとつの文を100回ずつ順に読んでいきますか?これは実に単調で、エネルギーを要し、かつ実りの少ない方法です。
こうした場合サイクル法を使うのが最善の方法です。まずは全文を10回ずつよんで最初のサイクルを終えます。そして、第2サイクルに入ります。それが終われば、第3サイクル、第4サイクルと繰り返し10サイクル回して合計回数を100回にするのです。100回という回数を分割して繰り返すことにより、単調さは大幅に軽減できるし、なにより、文を覚えるためであれ、文から構文・文法的エッセンスを吸収するためであれ、その成果が全く違います。「結局100回やらなければならないんじゃ同じことだよ。」と落胆した方は数字の圧力に負けて食わず嫌いになっているのです。実際にトレーニングを始めてみれば、サイクル法がいかにスムーズで効率的であるか実感できるでしょう。
1.セッションの実際の手順
音読パッケージでは一つのテキストをサイクル法で仕上げていきます。最初のサイクルの、1セッションの手順を解説してみます。このセッションで扱う英文はオスカー・ワイルドの「幸福の王子」の冒頭の一節です。

準備
まず英文をよみしっかりと読み解いてください。もちろん翻訳などの訳を参考にしても構いませんが、日本語をみて「ああ、こんな意味か」といいかげんな読みで済まさないで下さい。文構造を完全に把握して、意味、使い方が曖昧な単語は辞書を引いて確認してください。音読では英文を100パーセント理解していることが前提になります。
1.テキストを見ながらのリピーティング―5回
テープの英文を聴き、ポーズ部分で同じ英文を繰り返していきます。この際、テープの英語の発音、イントネーションをできるだけそっくり真似てください。また、単なる音にならないように口から出す英語が頭の中で意味とイメージを結ぶように心がけます。
例えば、High above the city, on a tall column と言いながら、高い石柱の上から町を見下ろす視点をイメージし、stood
the statue of the Happy Princeとリピートしながら王子の像が立っている影像を頭に浮かべてください。
これを5回繰り返します。
2.音読―15回
次にテープを使わず、テキストの音読を行います。既に5回のリピーティングで、音声的な残像として耳に残っているモデルの英語の発音、イントネーションを忠実に再生するつもりで音読します。このステップは音読パッケージの核の部分なので、15回の音読の間にしっかりと英文を自分の中に落とし込んでください。
序盤の数回は、まだ音声面に気を取られ、英文構造、意味の把握が十分でないかもしれません。回数を繰り返すうちに文構造、意味を徐々に自分のうちに落としこみ、15回の音読が終える時は完全に理解しながら発話実感を伴った読みが実現することを目指します。英文を暗記しようとする必要はありません。
文構造、意味がすんなり入ってこない文、フレーズには特に注意を払います。頭で理解できても音読のような肉体的作業でスムーズに入ってこない部分は自分の弱点です。音読ですんなり入らないものはリスニングしても聴き取れないものです。こうした個所はペースを落とし、食べ物をよく咀嚼するように読むことも行ってみるといいでしょう。こうした、「もつれ」をとくために必要にペースを落とすことはかまいませんが、15回の反復終了時には自然な音読ができるようにします。必要なフォローアップのために、反復回数を増やしてもいいでしょう。
3.テキストを見ないリピーティング―5回
再びリピーティングを行いますが、今度はテキストを見ません。テキストを見ながらの5回のリピーティングと15回の音読で英文に十分になじんだはずです。文構造・意味の理解、発話実感を伴って、ポーズ間に滑らかに英語を繰り返してください。音読パッケージでは、このテキスト無しのリピーティングが仕上げのステップでになります。テキスト無しでリピーティングを正確に行うためには、完全な聴き取りと英文の理解・消化が必要だからです。
ただ、初心者や英語の回路がほとんどできていない人には、第1サイクルの30回のセッションでテキスト無しのリピーティングを完成させるのは難しいでしょう。しばしば、立ち往生してしまったり、単語やフレーズの脱落や間違い、イントネーションの狂いなどが起こり、さらに自分ではそれに気づかないということもあります。次のような不正確なリピーティングです。
(モデル)High above
the city, on a tall column,
(リピーティング)High above city tall column,
(モデル)stood the statue of the Happy Prince.
(リピーティング)statue Happy Prince stood.
(モデル)He was gilded all over with thin leaves of fine gold,
(リピーティング)He gilded all over thin leave fine gold,
このようなリピーティングを強引に続けていると、ブロークンイングリッシュを覚えてします恐れさえあります。テキスト無しのリピーティングが困難な時は、無理にやろうとせず、テキストを見ながらのリピーティングを行ってください。テキスト無しのリピーティングの完成は第2サイクル以降で実現すれば結構です。
4.シャドーイング−5回
締めくくりはシャドーイングです。ポーズ付きではないノーマルのテープを聴いて流れてくる英語の音声に、一瞬遅れてついていってください。イントネーションの崩れや、単語・フレーズの落ち、間違いに気をつけます。
テキスト無しのリピーティングと同じくシャドーイングも初心者には難しいですから、不安定なら、テキストを見ながらのシャドーイングか音読で代用します。
以上が音読パッケージの、第1サイクルの1セッション分の全手順です。一まとまりの英文をこの手順で終えたら次の文に進み、また次へと進行しテキストの最後の英文を終えれば第1サイクル完了です。


英語を内在化するためのトレーニングはみな一定の反復作業を伴います。音読はその中でも反復回数がもっとも多いトレーニングです。そのため音読そのものを敬遠したり、やるにしてもいいかげんな回数で切り上げてしまう人が多いようです。「英語を身につけるには、何度も音読するのが効果的である。」と聞いた時、多くの人はこの「何度も」を3,4回かせいぜい10回以内の回数と思い込むようです。残念ながら桁が違います。人間は物事を自分の都合のいいように解釈したがるものですが、本当に英語の力をつけたければ適性回数を行う必要があります。
私が示した30回という回数にげんなりした人もあるでしょうが、一定の長さを持つ英文を深く自分の中に取り込み、そこから英語上達に役立つエッセンスを吸い上げたいと望むならこれくらいの回数が絶対に必要です。これは有酸素運動の効果に例えることができます。ジョギングやウォーキングのような有酸素運動で、減量などの効果を得たい時、一定の時間運動を続けなければならないことが知られています。運動をはじめて15〜20分くらいはグリコーゲンが燃やされていて、脂肪の燃焼が始まるのはその時間が過ぎてからなのだそうです。つまり、減量を成功させるためには運動を20分以上続けなければならないというわけです。音読の効果にも似たところがあるのです。
わたしはこの30回という回数をいいかげんに持ち出したわけではありません。私自身の指導経験から、音読効果を確保するためのミニマムな回数として割り出してきたのです。私自身が音読を本格的に開始したのは、国弘正雄氏の著書で「只管朗読」を知ってからです。氏の教え通り、私は中学生のテキストで音読にとりかかったのですが、回数についても本に書かれていた通り一冊500回を忠実に守りました。実際には100回×5のサイクル法で行いました。実際、この中学テキストの音読で私は本格的英語トレーニングの好スタートを切ることができました。
この経験から、わたしが英語を教え始めた時、生徒に私と同じ100回×5サイクルの音読回数を課したのですが、みな途中で根を上げてしまいこれを実際にこなせる人はほとんどいなかったのです。そこで私は100回を80回にしてみましたが、それでも生徒はついてこられません。さらに生徒の要請に従い70、60、50と回数を下げていきました。効果はまずまずでした。ところが回数を下げつづけ、20回になったとき効果ががくんと落ちてしまったのです。回数を30回に戻した時、効果は再び安定しました。それ以来私はミニマムの音読回数を30回に設定しています。

最初のサイクルの音読パッケージを終えたら、第2サイクル、第3サイクル・・・とサイクルを回していくのですが、このサイクル回しには2つの方法があります。均等方式とピラミッド方式です。
均等方式は、30回なら30回を単純に繰り返していく方法です。私は中学の英語テキストを音読した際は、均等式を用い1サイクル100回の音読を5回繰り返したわけです。しかし、淡々と同じ回数の音読を何サイクルも繰り返すのは単調で非常な根気を要し、その負担から挫折もしやすいので、現在では均等式を用いるのは英語回路がまったく備わっていない初心者に対し、それも最初の数サイクルに限定して用いることが多くなってきています。
ピラミッド方式は、サイクルが深まり、テキストの内容の消化が進むに連れ、反復回数が少なくなる方式です。肉体的にも、心理的にも負担が少なく、トレーニング効果も良好なので現在ではごく初心者を除き、この方法で音読パッケージを行うことを薦めています。サイクル回しの実際の進め方をこのピラミッド方式を使って紹介しましょう。
ピラミッド方式によるサイクル回しの実際
第2サイクルに入っても、1〜4の手順は変わりません。ただ、各ステップのステップの反復回数が少なくなります。第1サイクルで30回という回数をこなしているので、さほど間を置かず回ってくる第2サイクルでは英文がずっと理解しやすく、口にも落ち着きやすくなってきているからです。第1サイクルと同じ手順の中でモデル回数と注意ポイントを示してみます。
●第2サイクル手順モデル
1.テキストを見ながらのリピーティング―3回程度
第1サイクルで地ならしをしていますからこれくらいの回数でいいでしょう。モデルの英語の発音、イントネーションをもう一度確認しながら。
2.音読―10回前後
しっかりと文構造・意味を把握しながら、英文が自分の中に落ち着き、次のテキスト無しのリピーティングが安定してできる準備が整う回数を音読してください。
3.テキストを見ないリピーティング―3〜5回程度
第2サイクル以降のメインパートです。英文をしっかりと把握しながら、正確かつスムーズなリピーティングが連続して3回程度できたら仕上がりです。
4.シャドーイング―3回程度
フォローアップとしてシャドーイングを行います。
このように反復回数は20回前後に減ります。第2サイクル以降ではテキスト無しのリピーティングをハイライトとして、スムーズで正確なリピーティングが反復回数の中に3回くらい含まれることを心がけます。言い換えれば、第2サイクル以降の各セッションのトレーニングは、連続3回程度の安定したリピーティングめがけて行うということです。
ただ、まだ英語の回路ができていない間は第2サイクルでもテキスト無しのリピーティングが難しいかもしれません。その際は気にせずテキストを見ながらのリピーティングを行ってください。英文の落ち着きや、テキスト無しのリピーティングに問題がある人は20回より回数を上げた方がいいかもしれませんが、むきになって何十回も反復する必要はありません。多くても30回以内でいいでしょう。リピーティングの完成は次のサイクル以降に譲ればいいのですから。
次に第3サイクルに移りますが、安定したリピーティングを3回完成することを目標にするのは同じです。反復回数はさらに少なくなるでしょう。スムーズなリピーティングが3回くらい含まれるなら、15回程度でいいでしょう。
●第3サイクル手順モデル
1.テキストを見ながらのリピーティング―2〜3回
2.音読―6〜8回
3.テキストを見ないリピーティング―3〜5回
4.シャドーイング―2〜3回
テキストを見ないリピーティングも楽にできるようになってきたでしょう。続いて第4サイクルに進みます。反復回数はいっそう減り、10回程度です。この回数はその後のサイクルでももう減らしません。これより少ないとあまりに淡白になって定着度が落ちるからです。
●第4サイクル以降手順モデル
1.テキストを見ながらのリピーティング―2、3回
2.音読―4、5回
3.テキストを見ないリピーティング―3、4回
4.シャドーイング―1、2回
この10回程度の反復で合計回数が100回程度になるまでサイクルを回します。サイクル回し全体の一例は次のようになります。
30回+20回+15回+10回+10回+10回+・・・=100
1セッションあたりの反復回数は自分なりのアレンジで多少変動しても結構です。大切なことは次の3点です。
1.第1サイクル30回のミニマム回数を守る。
2.サイクルを回して合計の100回前後反復する。
3.テキストの音読パッケージが仕上がったとき、ポーズ付きのテープをかけたとき、テキストのどの英文のどの部分だろうと、完璧にリピーティングができる状態になっている。
このようにして音読パッケージを完成するとテキストの英文の相当部分を暗記してしまっているでしょう。しかし、それは結果として起こった暗記であり、副次的なことです。音読パッケージの目的は英文を表層的に記憶することでなく、英文を支える英語的エッセンス(構文・文法・語彙・レトリックなど)を吸収し自分の中に沈めていくことです。ですから、一時的に暗記した英文はしばらくすると忘れてしまいますが、一向に構いません。取り込んだ英語のエッセンスは確実にあなたの内部に堆積していくからです。
音読パッケージの手順は、テキストが変わっても基本的に同じ手順で行います。一つのテキストが終わると新しいテキストに変え、徐々に難しい英文に移って行きますが、トレーニングの内容は同じです。かなり高いレベルになるまで(TOEIC800を越えるあたり)まで上に挙げた例に従うことをお薦めします。