院内暴力対策はA4一枚のマニュアルで
【第54回】
和田耕治さん(北里大医学部・衛生学)
医師や看護師への暴言・暴力、女性看護師へのセクハラやストーカー、コンビニ受診、治療費踏み倒し―。
数年前から、医療現場ではいわゆる「モンスター・ペイシェント(患者)」問題が深刻化し、医療従事者たちを疲弊させている。その中でも、特に目立つのが一部の患者による暴言・暴力だ。今月も、新潟市内の病院に入院していた患者が、廊下で女性看護師4人を約1時間にわたって土下座させ、病院の業務を妨害したとして逮捕された事件が報道された。
全日本病院協会が2007年12月から08年1月にかけて全国2248病院を対象に行った調査では、1106病院から回答が寄せられ、うち576病院で医療従事者が患者やその家族から暴言や暴力を受けたと答えている。件数は延べ6882件にも上り、その内訳を見ると、暴言などの「精神的暴力」3436件、殴るなどの「身体的暴力」が2315件、「セクハラ」が935件。このうち397件は警察に通報されている。医療機関内での暴言・暴力が増えている原因は何なのか。そして医療機関はどんな対策を取ればよいのか―。院内暴力対策に詳しい北里大医学部の和田耕治さんに聞いた。
―新聞やテレビなどで、立ち去り型サボタージュなどによる医師不足、医療現場の疲弊が報道されていますが、患者の暴言・暴力も要因の一つとなっているようです。これらはなぜ増えているのでしょうか。
1999年ごろから医療事故の報道が増え、医療に対する不信感が強くなってきたこと、医療現場の医師や看護師の絶対数が不足して待ち時間が長くなったこと、患者側の権利意識・消費者意識が高くなったことなどが原因だと考えられています。
―厚生労働省は2001年10月、国立病院・療養所向けに出した「医療サービスの向上に関する指針」で、「患者には原則として姓(名)に『さま』を付する」よう求めています。患者側の権利意識・消費者意識が高まった背景には、この影響もあるのでしょうか。
医療業界が「患者中心の医療」に軸足を移す流れの中で、「さま」付けは浸透していきました。しかし、現場の医療従事者からは「『さま』付けにしてから、患者の消費者意識が高くなったと感じる」という話をよく聞きます。これも患者からの不当なクレームが増えた原因と考えられています。そこで、最近は以前のように「さん」付けに戻す動きも始まっています。
―医療技術の進歩によって、患者が医療に対して過剰な期待感を持つようになったという指摘もありますね。
患者が医療従事者に怒りをぶつける背景には、確かに過剰な期待もあると思います。かつては「仕方がない」とあきらめるしかなかったケースでも、医療の進歩で「どんな病気でも、病院に行けば治る」「治らないのは医師の腕が悪い。治療方針が間違っていたせいだ」と考える人が増えていると感じます。
■「組織で医療従事者を守る」強い姿勢を
―和田さんが考える対策について、具体的に教えてください。
院内暴言・暴力対策の目的は、医療機関で働く医療従事者と善良な患者を守ることです。ごく一部の患者からの暴力などによって医療従事者が疲弊することは、医療全体の質の低下につながります。99%の患者は善良な市民です。一部の悪意を持った患者に振り回され、本業がおろそかになってはいけません。
以前は、看護師が患者に文句を言われたり、セクハラ被害を受けたりしても、「あなたが悪いんじゃないの」「若いからじゃないの」などと、身内に見放されることもありました。また、暴力を受けて110番通報しても、後で院長や上司から「なぜ警察なんか呼んだんだ」と怒られてしまうこともあります。このような態勢では、医療従事者のモチベーションは下がり、上司や組織への不信感も募るばかりです。
現状の問題点としては、院長や理事長など組織のトップが実態を把握していないため、対策に二の足を踏んでいるケースが多く見受けられることです。無記名アンケートなどで、院内でどのくらい被害があるかという実態を知ることが最優先です。
過去にわたしたちが行った調査では、半年間に24.1%の医師が何らかの暴言を1回以上受けていました。看護師はもっと多いと考えられます。
実態を把握したら、次は対策に取り掛かる。ここで最も大切なことは、医療機関のトップが「組織として医療従事者を守る。あらゆる暴力は許さない」という方針を明確に打ち出すことです。そして、その上で、実用的なマニュアル作成、ロールプレーに取り掛かるのが望ましいと思います。
■分厚いマニュアルは役に立たない
―実用的なマニュアル作成について教えてください。
最近では、院内暴力対策として分厚いマニュアルを作る医療機関も増えていますが、いざ暴力行為が発生したときに、めくって調べている時間はない。分厚いマニュアルは、役に立ちません。
対策を前向きに考えている医療機関や担当者には、A4用紙一枚のシンプルな緊急時対応マニュアルを作ることをお勧めしています。マニュアルには、暴言・暴力行為を3−5段階にレベル分けし、その医療機関の具体的な対応指針や連絡経路を記入します。これを医療機関内の各電話のそばに張っておくだけで、トラブルが発生したときに迅速な対応が取りやすくなります。そして、実際に暴言・暴力行為があった場合は、マニュアルに沿って、必ず相手(患者)よりも多い人数で対応するように心掛けてください。
多くの医療機関では、時間、予算、マンパワーの余力はありません。しかし、時間や予算などをかける必要はありません。マニュアルに沿って、何度かロールプレーを実施しておくとよいでしょう。
―そのほか、暴言・暴力対策について何かアドバイスがあれば、お願いいたします。
いくら暴言・暴力が増えてきたからといって、「何でもかんでも患者が悪い」というわけではないと思います。接遇マナーの改善、意見箱の設置、クレームに対するフィードバックなど、医療機関側がやるべきこともたくさんあります。
最近、意見箱を設置する医療機関が増えていますが、箱のそばに紙や鉛筆がなかったり、設置場所が分かりづらかったりと、きちんと機能していないこともあります。意見箱を設置しても、都合が悪い内容については、組織のトップまで伝わっていないケースも多々あるようです。必ずトップが自ら開けてすべての意見に目を通し、患者に「どのように改善したのか」をフィードバックするようにしましょう。
また今月、新潟市内の病院で入院患者が看護師4人を土下座させたという事件が報道されましたが、基本的に土下座はしない方がいいと思います。「とりあえず土下座すれば、この場をしのげる」と思うかもしれませんが、土下座をしたら、相手はさらに大きな要求をしてくる可能性もあります。組織で対応し、不当な要求に安易に応じることは避けましょう。
これまで述べてきたように、暴言・暴力に関しては、既に有効な対策が存在しており、既に解決したという医療機関もあります。あとは、対策を実行に移すかどうかです。繰り返しになりますが、トップが明確な指針を打ち出し、組織として対応することが最も重要です。
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