大規模災害や事故の際、負傷者の治療の優先順位を決める「トリアージ」が九州でも浸透しつつある。2005年の福岡沖地震や大分市の造船所で26人が死傷した1月のタラップ落下事故では、駆けつけた医師らが行った。だが、市民の多くは「『避けられる災害死』を出さない」という意義を知らず、「早く診ろ」と判定に不服を訴えることも。医師は「市民の協力なしには救える命が救えない」と理解を求めるが、容易ではない。
「選別」を意味するトリアージは、医師たちが負傷者を救命不可能の「黒」、緊急を要する「赤」、治療を遅らせても影響がない「黄」、緊急処置が不要な「緑」に色分けし、札を付ける。効率よく、多くの命を救うための取り組みだ。
大分市の南日本造船大在工場での1月の事故。大分三愛メディカルセンター(同市)の玉井文洋医師は現場に急行、負傷者の搬送順位を決めるトリアージをした。死者2人と重軽傷者24人が次々と病院へ運ばれた。
「ショックが大きすぎたのか、負傷者が叫ぶこともなく静かだった」。こう振り返る玉井医師だが、一方で、救急隊が「何で何もしないのか」と責められる声を聞いた。
救急隊はトリアージで、死亡した男性に黒色の札を付けた。「黒」と判定されれば、医師たちは別の負傷者を診る。しかし、同僚がシートに寝かされたままの姿を見た作業員は「助かるやつを優先するんだ…」とやりきれない思いを口にした。
福岡沖地震では福岡市内の病院で行われたが、「緑」と判定された人が腹を立て、札をちぎり、再び判定を求めるケースもあった。判定に従わない負傷者が増えれば混乱は避けられず、市民への周知は欠かせない。だが、現状では医療者でさえ正確に理解していないこともあるという。
大分県内の医療者や消防職員向けに毎月、学習会を開く玉井医師は、市民向けの啓発は今後の課題と指摘する。ただ「周知しすぎると、負傷者が重傷を装って『演技』する恐れもあって悩ましい」とも打ち明ける。
災害医療に詳しい九州医療センター(福岡市)の小林良三救急部長は「多くの人に意義を知ってもらうため、行政との連携が必要」と訴えるが、手付かずの状態という。
(社会部・田中伸幸)
=2009/03/21付 西日本新聞朝刊=