「官の逆襲」を擁護する社会主義者
五十嵐仁『労働再規制』ちくま新書
最近の「日雇い派遣」の禁止などの「官の逆襲」をテーマにしたものだが、そんな話は新しくもない。本書の特異な点は、これを肯定的にとらえていることだ。著者は法政大学の大原社会問題研究所の所長。これは戦前に創立された由緒ある労農派マルクス主義の牙城で、著者も新日本出版社や大月書店から本を出している。版元の筑摩書房もマル経の本を毎月のように出しているから、内容は読まなくてもわかる。
本書は「日本は格差社会だ」とか「小泉改革が格差拡大の犯人だ」といった通俗的な話を、新聞やテレビなどの二次情報の切り貼りで繰り返す。「格差社会」の根拠は、なんとNHKの番組「ワーキングプア」だ。著者は「研究所」の所長だというのに、一次情報はまったく出てこない。もっとも、一次情報を見るとOECD統計のように著者の憶測とは逆のデータしかないので、故意に無視しているのかもしれないが。
ただ最後に出てくる規制改革会議と厚労省の官僚の対立はおもしろい。たしかに労働問題に「情報の非対称性」を持ち出す規制改革会議のタスクフォースの見解は奇妙だが、それに対して「交渉力の非対称性」を持ち出す厚労省官僚の論理はもっと奇妙だ。そもそも経済学にそんな概念はない。交渉力はつねに非対称なものだからである。それを「行政が補完するために労働基準法がある」のだそうだ。なるほど、官僚はそういうふうに考えているのか。
しかしこれは、いま雇用されている労働者の話だ。解雇規制を強めれば、雇用コストは高くなるので、企業は正社員の雇用を減らし、失業者や非正規労働者が増える。失業者の交渉力はゼロだが、厚労省はそれを救済する気はない。彼らの視野には(天下り先である)労働組合の既得権しかないからだ。要するに、著者のような社会主義者には雇用は労働需要と供給によって決まるという高校レベルの経済学も理解できないのだ。
これ以上、相手にするのもあほらしい。まったく売れていないから、幸い影響力もないだろう。著者が八代尚宏氏などの経済学者を罵倒する一方で、天下り学者を評価しているのも、中学生なみの知能どうしでお似合いだ。日本の官僚機構は社会主義だからである。