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仕事を失った人の生活を支え、職業訓練を受けながら新たな仕事を見つけてもらう――そんなセーフティーネット(安全網)を非正社員へ広げる動きが具体化してきた。
衆議院で可決された雇用保険法改正案では、契約満了で仕事を失う人が失業手当をもらうのに必要な保険の最低加入期間を、1年から半年に緩めた。保険の対象者も、1年以上雇われる見込みのある人から半年以上へと広げ、非正社員でも入りやすくする。
ただし、これで新しく対象になるのは、週20時間以上働き雇用保険に入っていない492万人のうち、148万人だ。野党側はさらに広げるよう求めていたが、見送られた。
代わりに、失業手当を受けられない人への就業・生活支援を充実させることで与野党が合意した。与党はさっそく、裏付けとなる1.6兆円規模の新たな雇用対策を打ち出した。
年度末には多くの非正社員が、契約切れで職を失うと見込まれる。その前に法律を改正し、雇用保険に入れない人への支援策も整えるのが現実的だ。与野党の合意を大いに歓迎したい。
今後は、この雇用保険未加入の人に対する就労・生活支援策を、本当に効果があがるものにできるかどうか。これが大事なポイントになる。
というのは、政府は似たような制度をすでに昨秋から始めているが、ほとんど利用されていないからだ。
職業訓練中に毎月10万〜12万円を貸し、就職するか、しっかりと訓練を受ければ、貸付金の大半は返さなくていいという仕組みだが、3月18日時点で利用者はわずか13人。相談も約900件にとどまる。
貸し付けには連帯保証人も必要になる。家族の世話になっていない、年収200万円以下といった要件もある。厚生労働省は途中で、年齢を問わずアルバイトを認めるなど条件をゆるめたが、効果はでていない。
この反省を踏まえ、新たな支援策には、使いやすい仕組みになるよう大胆な発想が要る。与党には、貸し付けではなく、手当の給付にするよう求める声がある。野党は、所得や資産に関係なく支援する法案を出している。
働く意欲がない人にまで手当を配るのでは納税者の理解は得られないが、逆に条件を厳しくしすぎて、困っている人に届かなくては意味がない。どうすれば実のある安全網になるのか。政治の知恵の出しどころだ。
ねじれ国会のもとでの政治の停滞に国民はうんざりしてきた。だが、与野党がきちんと話し合えば政策を進められることを、今回の雇用対策は示している。国民生活にかかわりが深く、緊急性の高いテーマについては、与野党が協力して政策論議を深める。そんな一歩にするよう期待したい。
かつてない世界的な同時不況が、今年の春闘を方向づけた。
前半戦の主要メーカーによる集中回答では、定期昇給をやっと確保したところが大半だ。電機大手では、経営側が定昇の凍結という事実上の賃金カットを提案する動きも広がった。
8年ぶりのベースアップを正面に掲げた連合の作戦は、経済環境から考えて無理だったということだろう。
たしかにベア要求には、昨年前半に高まった資源インフレに対して、実質賃金を回復するという大義名分があった。ところが、春闘方針をまとめていく途中の昨年9月に、米国発の金融危機が起きて環境が一変した。
輸出が激減して、日本を代表するメーカーが軒並み大赤字へ転落し、非正規の雇用が切られていく。「労使の主張がこんなに隔たった春闘は見たことがない」といった声が聞かれるなか、組合側は「雇用と定期昇給を維持」という線へ後退していった。
やはり、環境の急変がはっきりした段階で、非正規を含む雇用確保へ方針転換すべきだった。ベアにこだわって、雇用に使うべきエネルギーが分散してしまったのは残念だ。
とはいっても、雇用を守るための模索も始められており、この点は今後も大切にしたい。
連合と日本経団連は1月に雇用の安定・創出に向けた異例の共同宣言を出し、3月に入って舛添厚生労働相に対し、政労使で協議を始めるよう提言した。週明けには、「日本型のワークシェアリング」を進めていくことで政労使が合意する予定になった。
失業の急増を防ぐため、仕事と賃金をどうやって分かち合うかという当面の対策が、まずは3者協議のテーマになる。減産しても雇用を減らさないような企業に対して、人件費負担の一部を助成するといったものだ。
これで雇用不安を抑えると同時に、雇用のあり方を全体として組み替えていく出発点にしてもらいたい。
戦後の高度成長を支えた日本的な雇用関係は、この20年間で大きく変わった。産業のサービス化が進み、少子高齢化で働く世代が減り始め、不安定な非正社員が3分の1を占めるようになった。グローバル化により、外国の労働者との競争も激しくなった。これらに合わせて、働き方・人の使い方も変えていかなければならない。
たとえば非正社員の問題では、雇用の安全網を整備すると同時に、「同一労働・同一賃金」へ向かうべきだと指摘されて久しい。だがこれを進めると、日本的な正社員の年功賃金制を大きく変えなければならなくなることが、行く手を阻んでいるようだ。
難問への挑戦になるだろうが、今後の政労使の協議のなかで、じっくりと取り組んでいってほしい。