(cache) 【櫻井よしこ 安倍首相に申す】「河野談話は間違い」主張を
【櫻井よしこ 安倍首相に申す】「河野談話は間違い」主張を


 外交に失敗する国は滅びる。これが、慰安婦問題に関連して、改めて強く感ずることだ。

 外交の失敗が日本の名誉を不当に傷つけ、国民の精神の萎縮(いしゅく)を招かないためにも、今こそ、日本は慰安婦問題の「事実」に誠実に対座すべきだ。

 米国下院本会議に出された、慰安婦問題で日本に謝罪を求める決議案を読んでみてほしい。同案は、1930年代から20万人の女性たちが「旧日本軍によって強制的に性奴隷にされた」と断じている。日本は同盟国の議会でいわれなき不名誉のふちに立たされているのだ。

 2月15日の米下院公聴会では、女性3人が証言した。その1人である韓国人女性は昭和19年、16歳のとき、友人に誘われて未明に家出し、国民服の日本人の男についていったと語る。汽車と船を乗りついで台湾に到着、男が慰安所の所有者だったと知った。男は彼女を電気ショックで拷問し、電話線を引き抜いて縛り上げ、電話機で殴ったという。彼女は売春を強制されたうえ、“ただの一度も支払いを受けなかった”とも語っている。

 真実とすれば、このひどい取り扱いは心底憎むべきものであり、女性には深い同情を禁じ得ない。

 だが、右の証言はどこで日本国政府や軍による拉致、強制につながるのか。自ら語ったように、彼女は友人と家出した。また、彼女らを台湾に連れて行ったのは慰安所の所有者だった。彼女の台湾行きに日本軍や日本政府が加担し、強制したのでないのは明らかだ。

 だが、ホンダ議員らは検証もせずに日本を断罪する。戦後補償問題に取り組むミンディー・コトラー氏も、公聴会で慰安婦問題とユダヤ人虐殺を同列に並べ、日本に、強制連行を否定することで「日米同盟の名誉を汚すのをやめよ」と糾弾した。

 女性たちの証言には、かつて、韓国内でも疑問符がつけられた。「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会・挺身隊研究会」による93年2月の調査に参加した安秉直ソウル大学教授は「証言者の陳述が論理的に前と後ろが合わない場合がめずらしくなかった」「証言者が意図的に事実を歪曲(わいきょく)していると感じられるケース」や「調査を中断せざるを得ないケース」があったと述べている(『闇に挑む!』西岡力、徳間文庫)。

 右の調査と同じ年、宮沢喜一政権は全力を挙げて調査したが、強制の事実は特定できなかった。そこで韓国政府の強い要請を受け女性16人の証言を聞いたが、個々の証言は、裏づけ調査どころか質問も許されず、全資料はいまも未公開だ。にもかかわらず、河野洋平官房長官が談話を発表、記者会見での応答も含めて「強制連行」を認めたのは周知のとおりだ。

 石原信雄官房副長官はその後、事実がないのに日本政府が強制を認めたのは、女性たちの名誉回復と、韓国側の強い要請故だったと繰り返し、述べている。

 根拠もなく、なぜ認めたのか、なぜ敢然と闘わないのかと、今、問うのは容易だ。ただ、当時それを言うことは内外の厳しい非難を浴びることだった。非難の嵐のなかで主張し続ける精神的勁(つよ)さと論理的整合性を、日本人は発揮できなかったのだ。日本外交は常に、眼前の妥協に走ってきた。事実に誠実に向き合い、長期的視点で主張する勇気を欠落させてきた。

 そして今も同様の傾向がある。決議案の間違いにも河野談話の間違いにも目をつぶり、河野談話の枠内で対処しようとする人々がいる。駐米大使の加藤良三氏は米下院への書簡で、日本国政府は謝罪を重ねてきたと説明はしても、事実関係の誤りは全く指摘しないのだ。

 知日派のマイケル・グリーン前NSCアジア上級部長も、強制性の有無を論じても「日本が政治的に勝利することはない」と述べる(『読売新聞』3月4日付朝刊)。

 たしかに、眼前の危機である決議案の成立を阻止するにはひたすら謝ったと強調し続けるのが良いのかもしれない。しかし、その後はどうなるのか。日本の不名誉がさらに深く重く歴史に刻み込まれていくだけだ。

 慰安所は現在の価値観では到底受けいれられない制度だ。私たちはその種の非人道的振る舞いや制度を決して繰り返させてはならないが、同時に、慰安所設置は当時の価値観の反映だったことも指摘すべきだ。しかもその種の制度を持ったのは日本だけではない。第二次大戦後でさえ、同様の仕組みを設けた国々がある。

 そうした中でとりわけ日本が非難されるのは、“軍や政府の強制”故だ。だが、強制の事実はなかったのだ。河野談話は明らかな間違いなのだ。この点を主張しなければ、問題の真の解決などあり得ない。安倍晋三首相はまさにこの問題の真実を見詰めようとしている。首相の勇気ある姿勢を私は強く支持するものだ。産経新聞