[トップページ] [平成11年上期一覧][The Globe Now][338 金融]
_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_ _/ _/ _/ _/ Japan On the Globe (78) _/ _/ _/ _/ _/_/ 国際派日本人養成講座 _/ _/ _/ _/ _/ _/ 平成11年3月13日 7,109部発行 _/_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/ _/_/ The Globe Now: 戦略なきマネー敗戦 _/_/ _/_/ ■ 目 次 ■ _/_/ _/_/ 1.日本の反省 _/_/ 2.第二の敗戦 _/_/ 3.アメリカに貢ぐ _/_/ 4.飲兵衛と酒屋の不適切な関係 _/_/ 5.飲兵衛と縁を切った仕出し屋・ドイツ _/_/ 6.本当に反省すべきは _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■1.日本の反省■ とくにレーガノミックス以降のアメリカは、「供給力」を上 回る国内需要を放置し、そのギャップを貿易赤字で埋めるとい う、まったく「規律」もしくは「節度」を欠くマクロ経済運営 に終始していた。そしてアメリカは、みずからの経済運営を反 省する代わりに、不当にも(ほんとうに、心からそう思う!)、 批判の矛先を日本へ向けた。そのひとつが、日本への「内需拡 大」要求であり、もうひとつが「市場開放」(のちに「規制緩 和」)要求にほかならない。[1,p112] アメリカの対日批判に呼応して、内需拡大、市場開放の大合唱が 国内にも沸き上がり、その中で86年4月に有名な「前川レポート」 が出された。自分勝手な貿易黒字を反省し「内需拡大」「市場開 放」に努力して、黒字減らしを行おうという趣旨である。 しかしそのレポートには、どれだけ内需拡大すれば、黒字が解消 するのか、具体的な数字がなかった。これを計算した飯田経夫氏は 次のような驚くべき結果を得た。 同年(1985年)の貿易黒字は約500億ドルだったが、それ をゼロにするために必要な内需拡大幅は、何と金額で83兆円、 成長率で32%という結果がでた。実質成長率はいまではたか だか3%(当時でも5%程度)どまりだから、それと32%との差 は、言うまでもなく物価上昇率にほかならない。[1,p116] この無理な内需拡大をやりすぎて、バブルを招いてしまった、と いうのが、飯田経夫氏の結論である。 ■2.第二の敗戦■ バブル経済とその崩壊こそは、戦後日本の最大のつまづきであっ た。 あるシンク・タンクの推定によれば、89年から92年にか けて、株式の時価総額420兆円、土地等の評価額380兆円 が減少したという。この金融資産のロス、計800兆円は、国 富の11.3%に相当し、第二次大戦での物的被害の対国富率、 約14%にせまる数字である。[2,p6] 読者の周囲にも、バブル期に高額のローンを組んで住宅を買った が、その後、住宅価格が暴落して、巨大な借金ばかりが残った、と いう人がいるであろう。その被害は空襲で自分の家を焼かれるのと、 経済的損失という面では、同じなのである。さらにバブルは、国民 の心理を荒廃させた。 ところが、かつては標準的住宅の「目安」とされていた年収 の六倍をはるかに超える地価の暴騰で、購入価格そのものが現 実的範囲を越え、逆にその保有の有無が大きな資産格差に直結 してしまった。持てる者はさらに借り入れ金によるアパート経 営、マンション投資などに走り、社会の断絶はいっそう広がっ た。「取り残された」と感じた人々の不満は、バブル紳士の度 外れた行動を目の当たりにして、深く沈潜し、広範に広がった [2,p112] バブルとその崩壊が、「第二の敗戦」と呼ばれるゆえんである。 ■3.アメリカに貢ぐ■ この第二の敗戦が、冒頭の飯田経夫氏の分析のように、アメリカ の言い掛かりを丸飲みした結果であるとすれば、それはまさに「戦 略なき敗戦」ということになる。この点をより実証的に論じたのが、 前節に引用した吉川元忠氏である。 吉川氏は、85年9月のプラザ合意(日米独の協調介入で、1ドル 240円台から140円台に下降させた、後述)後、日本の公定歩 合が常にアメリカより3%低い所に設定されてきた現象を「写真金 利」と呼んでいる。[3] この金利差によって、日本の生命保険会社などの機関投資家がア メリカの国債を買い、アメリカの貿易赤字と財政赤字が埋められ、 ドルも買い支えられる、という構図である。 この構図にしたがって、87年10月から、89年5月まで、2 年3ヶ月にわたって、日本は2.5%という超低金利政策をとった。 当時、GDP成長率は5%に達していた。国内経済を考えれば、金 利を上げて、景気の過熱を防ぐべき所だ。しかし超低金利は放置さ れ、過剰な資金が株や土地に向かって、空前のバブルを引き起こし たのである。[2,p82, 3] 前川レポートやアメリカの主張する「内需拡大のよる貿易黒字削 減」という実行不可能な方針は、表だって反論できない「空気」と して、超低金利政策を後押しした、と言えるだろう。 この「空気」に乗せられ、国内経済の安定よりも、アメリカの貿 易赤字と財政赤字を埋め、ドルを支える事を優先した結果がバブル なのである。 ■4.飲兵衛と酒屋の不適切な関係■ しかし、なぜ大蔵省は、バブル発生を放置してまで、ドル防衛に 協力したのか。簡単に言えば、日本のメーカーがアメリカに輸出し て貿易黒字を作り、その黒字で邦銀や生保が米国債を買うという構 造がある。たとえて言えば、呑んだくれの飲兵衛(アメリカ)が収 入以上に酒を買い、金が足りない分は酒屋(日本)に「つけ」にし てもらっている、といった所だ。 ところが、その売り買いも、つけも、飲兵衛の家の通貨(ドル) 建てである。通貨を安くされては、酒の値段があがって、酒屋は酒 が売れなくなり、今までのつけは価値が減ってしまう。 81年から85年の5年間に日本の対米黒字の累計は1200億ドル、 その半分が米国債に流れたと推定されている。85年のプラザ合意は、 飲兵衛の家計が破産寸前なので、町内で相談して、ドルを240円 から140円に下げさせた。これによる酒屋の為替差損は、約3. 5兆円に達したと見られる。4人家族として平均すると、酒屋のつ けが一瞬で、約12万円目減りした計算となる。[2,p71] しかし、酒屋はこれに懲りて、飲兵衛との関係を精算することは できなかった。飲兵衛への売上げを失い、つけをパーにする事が怖 かったからだ。その後も、米国債の入札時期になると、大蔵省は生 保に暗に購入への圧力をかけたという。米国債を買わなければ、ド ルが暴落する、そうなれば、今までの貸付が消えてしまう。そう言 いつつ、新たに貸付を増やして来たのである。 吉川氏によれば、92年から95年までに発生した為替差損(つけの 目減り)は、累計約29.3兆円(4人家族平均では約98万円)。 バブル後の景気浮揚のために政府が使った予算の真水(実効)額が 30兆円程度と見なされるので、ほぼ帳消しにされたという。酒屋 の中でどんどん金を使って景気をよくしようとしても、外部のつけ が目減りしてしまうので、一向に商売は繁盛しない。 飲兵衛が今や年収(GDP)の2割も「つけ」として貸しながら、 それがどんどん目減りして、商売はあがったり、というのが、バブ ル崩壊後、現在まで続く不況の姿である。同時に飲兵衛の方は、同 じく年収の2割のつけを抱えながら、飲めや歌えの景気の良さを続 けている。この「不適切な関係」は永久には続かない。 ■5.飲兵衛と縁を切った仕出し屋・ドイツ■ 酒屋とは違って、仕出し屋(ドイツ)の方は飲兵衛との関係を早 々と見限った。87年10月19日、わずか一日で米国の株価が2割 も落ち込むブラック・マンデーとなったが、この引き金を引いたの がドイツであった。アメリカの要請を断って、独自に金利を引き上 げたためである。 この仕出し屋の縁切りのあと、酒屋の日本は一軒で飲兵衛の家計 を支えるはめとなり、87年10月から無理な超低金利政策をとって、 バブルを招いてしまったわけである。 ドイツの戦略は、浪費家の飲兵衛の発行するドル圏から脱却する ことであった。EU諸国が共通通貨ユーロを創設したのは、この戦 略の一環である。 吉川氏は、ユーロはドルのように構造的な経常赤字という病を持 たない健全な通貨であるとする。円をユーロとリンクさせて、「ユ ーロ=円」という安定的な通貨を作り出し、それを基盤として、ア ジアには「円経済圏」を作っていくという戦略を勧めている。その 是非は別としても、このような主体性のある戦略で、国益を守り、 世界経済の安定的発展にも寄与するという姿勢が我が国にはない。 ■6.本当に反省すべきは■ 冒頭に引用した飯田経夫氏は、あとがきで次のように述べる。 それにしても、近年の日本の論壇では、日本人はもっと「個 性的」でなければならず、「創造的」でなければならず、「独 創的」でなければならないということが、耳にたこができるほ どくどく指摘される。それにしては、たとえば「規制緩和」論 にしても、世で行われる議論の、何と画一的なことであろうか。 「個性」「創造性」「独創性」の必要性が、かくも画一的に唱 えられるというのは、まさに最大のパラドックスでなくて何で あろうか。[1,p203] アメリカの対日批判をそのまま受け止めた「内需拡大」、「規制 緩和」を求める「反省」の大合唱の結果が、バブルとその崩壊であ った。そして昨今は、「グローバル・スタンダード」論に基づく反 省である。このパターンは、敗戦後のアメリカからの東京裁判史観 の押しつけで、「軍国主義批判」「民主主義を」という進歩的知識 人の「反省」の大合唱から続いている。 いったい日本は、いまの時点で、何をほんとうに反省しなけ ればならないのであろうか。[1,p203] それは、ドイツが実行したような、「冷静な事実の分析に基づい て、自らの戦略を描き、実行していくという主体性」を我々が失っ ている、という事ではないだろうか。 [参考] 1. 「日本の反省」、飯田経夫、PHP新書、H8.12 2. 「マネー敗戦」、吉川元忠、文春新書、H10.10 3. 「『戦略なき国家』の悲劇」、吉川元忠、月刊日本、H11.1
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