「ゾハール」


 ゾハールとは、アラム語の「ジハラ(輝き)」から派生した言葉で、そのため「光輝の書」とも訳される。
 1280年から86年にかけて、スペインのカタロニア地方のゲロナ市のゲットーに突如出現した。
 それは、1冊だけの本ではない。複数の小冊子の断章で、それがバラバラになった形で発見された。
 カバリスト達は、この「ゾハール」を読んで仰天した。何しろ、カバラの秘密の奥義ともいうべき知識が、ぎっしりと詰め込まれていたのだから。
 言うまでもなく、この本は、秘伝書とされ、珍重された。この本が印刷されるようになったのは、やっと16世紀になってからである。しかも、もともとバラバラになった形で出てきたこの本は、なかなか1冊の本には、まとめられなかった。この「ゾハール」の完全な全集が出るのは、やっと20世紀に入ってからである。

 この「ゾハール」の著者は、紀元150年頃に活躍したユダヤ教神秘主義者のシメオン・ベン・ヨハイだとされる。しかし、最近の研究で、これは否定されている。本当の著者として、一番有力なのは、モーゼス・デ・レオン(1250〜1305)なるラビである。
 「ゾハール」は、2〜6世紀に成立したと考えられる「創造の書」より、思想的にも発展しており、それより古いとは考えられない。また、新プラトン主義の影響も顕著である。さらに、書誌学者達は、その文法上のミスからも、13世紀以前のものとは考えられないと言う。

 「ゾハール」の内容を、一言でまとめるなど、不可能である。量があまりに膨大なのだ。さらに、内容は、暗喩と寓意に満ちており、素人がいきなり読んでも、チンプンカンプンのアホダラ経にしか見えないであろう。注釈書が無ければ、まず理解できまい。

 ゾハルは、「大ゾハル」と「小ゾハル」の2種のテキストが長らく利用された。無論、これは全集ではない。
 「大ゾハル」とは、16世紀にマントウアとインマヌエルなるカバリストがまとめた物で、10種類の写本をもとに最良の手稿を選別し、各章ごとに配列しなおしたもので、別名を「章別ゾハル」と呼ぶ。
 もう一つの「小ゾハル」は、クレモナとエリアーノによって、6種類の写本を編集したものである。

 こうした「ゾハール」に収録されている章本の中でも特に重要なものが、以下の5つである。
 「隠された神秘の書」
 「大聖集会」
 「小聖集会」
 「エロヒムの家」
 「魂の革命の書」
 最初の3つは、主に創造の神が発展してゆく段階と神による天地創造を語る。これは、象徴と暗喩の塊で、おそろしく難解ではあるが、かの「生命の樹・・・神から流出する創造の過程」を理解しようと思ったら、必読にして要研究の重要な書物である。
 「エロヒムの家」は、主に霊を解説した書であり、天使、悪魔、四大精霊について記されている。
 「魂の革命の書」は、盲人イサクの神学を語った本だ。
 当然のごとく、魔術師にとって重要なのは、生命の樹の理解と直接関わる前三者の「隠された神秘」、「大聖集会」、「小聖集会」である。これらは、かのマグレガー・メイザースによって、「ヴェールを脱いだカバラ」と言う題で英訳され、これの日本語版も国書刊行会より出版されている。

 他に重要とされる章本に「モーセ五書に関する詳細な注釈」、「真の羊飼い」、「補説」、「新ゾハール」などが挙げられるが、どれを重要視するかは、流派や立場によって異なる。

 「ゾハル」が画期的とされる理由は、いくつもある。
 一つは、これまでバラバラだったカバラの各流派の教義を網羅的に取り上げ、統一させたこと。
 輪廻転生の思想を持ち込んだこと。
 そして、「命題(テーゼ)」と「反定位(アンチテーゼ)」を「第三の原理(ジンテーゼ)」によって調停させたことである。「創造の書」において、「第三の原理(ジンテーゼ)」は、宇宙の生成論に応用されただけだが、「ゾハール」においては、完成した形を持つ形而上学として扱われている。もっと、分かりやすく言うなら、これら3つの原理の働きによって、創造の「流出」の過程を説明しているのである。・・・・まだ分かりにくい? つまり、「男性原理(父)」と「女性原理(母)」の対立を、「第三の原理(子)」で調停し、中和させる、という考え方を明示したのである。
 ここにおいて、「男性原理」は、聖四字名のヨッドに、「女性原理」はへーに、「第三原理」はヴァウに当てはめられている。
 これは、しばしば、キリスト教の三位一体思想と混同されがちだが、あきらかに異質だ。
 キリスト教の「父」は厳格、「子」は慈しみ、「聖霊」は慈悲深い全てを包み込む原理、である。
 それに対し、カバラでは「父」は忍耐、「母」は粛厳、「子」は慈悲をあらわす。
 そう、「生命の樹」のシンボリズムそのものなのである。


「ヴェールを脱いだカバラ」 マグレガー・メイザース 国書刊行会
「カバラ Q&A」 エーリッヒ・ビショップ 三交社
「カバラ」 箱崎総一 青土社