ふるさとは不思議人間をして語らしむ
■木々を飛び渡る九州最後の後継者がいる
死ぬまでやる ほっほっほーっ。 宮崎・北郷町 佐師正利さん
宮崎県北郷町に、木から木へと渡り歩く九州最後の男がいる。
佐師(さし)正利さん(71)。高さ約8メートル、建物でいえば2階建てを超える若杉のてっぺんまで登ると、両手両足で幹を抱き込み、ぐわんぐわんと木を揺らす。幹が細いのでよくたわむ。その反動を利用して、3メートル先の隣の杉へひょいと飛び移るのだ。
「50年近く登ってますが、怖いと思ったことは一度もないですわ」
佐師さんは23歳のときから杉の苗木を作ってきた。苗木となる新芽を採るため、1日200本近い杉に登るが、いちいち木を降りる時間がもったいない。で、木から木へ飛び渡るのだ。
40年ほど前までは、85戸あった地元集落のほとんどの人が木渡りをした。高さ15メートルから20メートルの空中を行き交うことも日常茶飯事。トイレ休憩の間さえ惜しみ、“黄金の雨”を降らせると、下から「何か、湿っちょる」といぶかる声が聞こえたそうな。
そんな伝統の技も「危険な割に稼ぎがない」とやめる人が相次ぎ、今では、熟練の腕で「横綱」と呼ばれた佐師さんだけが残った。
「いい仕事ですよ。わしは死ぬまでやる」。会社員の長男(41)に後を継がせたい。「いい話だけ聞かせて、何とか、だまかそうとしとるんですわ。ほっほっほーっ」。佐師さんは樹上で「ほれ、ほれ」と両手を放し、ピースサイン。身軽な無形世間遺産は、心も軽やかなのであった。
【写真説明】宮崎・北郷町 佐師正利さん
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