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犯罪仲間を募る携帯電話の闇サイトで知り合った男3人が、金目当てに家路を急ぐ通りがかりの女性をさらって殺害した事件で、名古屋地裁は2人に死刑、1人に無期懲役を言い渡した。
3人は顔を合わせてから3日後に犯行に及んだ。女性の命ごいにもかかわらず、粘着テープで顔や首をぐるぐるまきにし、金づちでめった打ちにするという残虐な犯行だ。「何か組みませんか」「強盗でも」というメールの軽いやりとりと、残忍きわまりない凶行の落差に言いしれぬ戦慄(せんりつ)を覚える。
法廷ではののしり合って仲間に責任を押し付けようとした。拘置所から知人を通じて、ブログに被害者を侮辱するような話を載せた被告もいる。
娘と2人暮らしだった母親は極刑を訴え、その思いに応えた32万近い署名が集まった。
いくら憎んでも憎みきれない犯罪である。母親の処罰感情の強さも痛いほどにわかる。被告の命を奪う死刑は究極の刑罰であり、その適用は慎重のうえにも慎重でなければならないが、死刑制度がある以上、この名古屋地裁の判断は今日、多くの人が納得するものではなかろうか。
判決は、犯行の残虐性などとともに、ネットを通じて集まった匿名性の高い集団の犯行が、発覚しにくく模倣の恐れが高いことも考慮した。
日本の刑事裁判の中での今回の判決の意味は重い。1人を殺害した犯行について、2人を死刑、自首したもう1人を無期懲役にした厳しさである。
最高裁は83年に死刑を適用する際の判断基準を示し、四半世紀にわたって裁判で使われてきた。基準は犯行の罪質、動機、殺害方法、殺された人の数、遺族の被害感情などの9項目。これに基づいて、やむを得ない場合には死刑の選択が許されるとしてきた。
もちろん事件の態様は個々に異なり、基準を機械的に当てはめれば自動的に結論が出るというものではない。
とくに被害者が1人の場合は、慎重に判断されてきた。東京都江東区のマンションで会社員の女性が殺され、遺体が切断されて捨てられた事件の判決が先月あった。東京地裁は、死刑の求刑に対して「計画的でなかった」として無期懲役を言い渡した。
だが、今回は違う。近年の厳罰化の傾向を表したものといえそうだ。
年に千人以上が殺人容疑で逮捕されている。一審での死刑判決も十数件ある。死刑の判断については、プロの裁判官たちも悩み抜いてきた。
5月から裁判員制度が始まる。裁判員に選ばれた国民も同じ悩みに直面する。凶悪犯罪の抑止や社会正義の実現のためにはどういう選択をすべきなのか。一つ一つの裁判に真剣に向き合いながら、死刑という刑罰も考えていきたい。
運転中の原子力発電所に初めて差し止めを命じた一審判決から3年。原発の耐震力が争点となった裁判の控訴審で、住民敗訴の逆転判決が出た。北陸電力・志賀(しか)原発2号機の運転差し止めをめぐる民事訴訟である。
名古屋高裁金沢支部は、原子炉の安全は保たれているとして「住民らの生命、身体、健康を侵害する具体的危険性は認められない」と言い切った。
06年3月の金沢地裁判決は正反対だった。想定を超えた地震動が原発事故を起こす恐れがあることに触れ、「周辺住民が許容限度を超える放射線を浴びる具体的危険がある」と、住民らの訴えを認めていたのである。
いま運転中の原発はすべて、78年にできた政府の耐震設計の指針をもとに揺れを想定し、それに耐えうる設計になっている。この指針の妥当性に一審判決は疑問を投げかけたわけだ。
その半年後、指針が28年ぶりに改定された。この訴訟とは関係なく、政府が見直しを進めていたものだ。新指針は、より強い地震にも耐えられるよう求めている。
一審敗訴の後、北陸電力は周辺の活断層を調べ直し、2号機だけで1200カ所を超す耐震補強をした。そのうえで新指針にもとづいて点検し、「安全性を確認した」と主張した。
これを全面的に受け入れた今回の判決は、新指針の妥当性を司法として初めて認めたものともいえる。
しかし、この判決を「日本の原発は地震がきても大丈夫だ」というお墨付きととらえ、安心してはならない。
ここ数年、旧指針の想定を超える地震が相次いでいる。05年には宮城県沖地震が東北電力・女川原発を、07年には能登半島地震が志賀原発を、新潟県中越沖地震が東京電力・柏崎刈羽原発を、それぞれ襲った。
また、新指針の下、電力各社などが進めた調査では、原発周辺の活断層の数や規模の見直しが目立ち、すべての原発で想定される揺れが引き上げられた。それでも電力各社は、設計時に耐震性の余裕をもたせているとして「安全上の問題はない」と報告している。
本当にその通りなのか、経済産業省原子力安全・保安院と原子力安全委員会が二重の検証をしている。志賀2号機についてはすでに両方から「合格」の結論を得ているが、全国の原発では検証作業がまだ続いている。
こうした検証は、1回で終わらせてはならない。地震をめぐる科学は日々進歩し、その知見は更新される。現時点で安全とされた判断が将来も通用するとは限らない。保安院は今、原発の耐震度を定期的に見直すシステムづくりを進めている。常に最新科学にもとづく安全性を確保したい。
今回の判決に気を緩めず、耐震チェックを繰り返すことが大切だ。