「泣きたくなるほど美しい印象だ」。一九三三年五月、ナチスから逃れ、日本に上陸したドイツの建築家ブルーノ・タウトは京都郊外の桂離宮を訪れた感想を日記に記した。
「高雅な釣り合い」「眼(め)を悦(よろこ)ばす美しさ」。数々の絶賛の言葉に理想の建築を発見した感激がうかがえる。後に桂離宮と比べられるのは、アテネのアクロポリスのみと断言しているほどだ。
東京では近代建築を見て回ったが「性格というものがまるでない」「眼の文化は全く姿を消している」と点は辛い。装飾過多の日光東照宮を「いかもの」と罵倒(ばとう)したのもこの年のことだ。
酷評が続く建築見学の中で「非常にすぐれている」と高く評価した建物があった。吉田鉄郎が設計した東京中央郵便局だ。「吉田氏は最高の力量を備えた建築家だ」とも記している。
日本郵政は、この建物の一部を残し高層化する計画だった。鳩山邦夫総務相が「トキを焼き鳥にするようなもの」と待ったをかけたのは当然だろう。結局、保存部分を二倍に広げて、登録有形文化財を目指すことで決着した。
完全保存ではなく「はく製」で残す方式だ。この保存論争で声を上げるべきは文化庁ではなかったのか反省してほしい。経済性一辺倒の開発計画から脱し、歴史や景観を考えるきっかけともしたい。