2009年3月16日

今年４２歳になるマイク（スタントン・投手）は、
貫禄のある柔和な顔に、貫禄のあるおなか。
僕と同じノンロースター・インバイティーで、
メジャーのキャンプに招待されている、という状態です。

僕と違うのは、彼がメジャー１９年目の大ベテランだということ。生き馬の目を抜くようなこの世界で、それほど長く投げ続けてきた彼の体力・技術・精神力には敬意を表するばかりです。
なんてったって、メジャーデビューが１９８９年。それ以来、大きなカーブを中心に、さまざまな球種を投げ分けながら、今年はついに、カブスのキャンプに行き着きました。
大学まで投手経験はなかったといいますから、遅咲きで、しかもやたらに長く咲き続けている、玄人好みの渋い花です。

通常ノンロースター・インバイティーの選手は、どこか焦っていたり、不安だったりで、カットされることを恐れているのがありあり。しかしマイクは悠然と構えて、やるべきことをやり、なるようにしかならない、という現実を体現しています。
投手と野手は練習が違うため、普段なかなか接点がないのですが、僕とは歳が近いからか、ちょこちょこ話をします。

このキャンプに入ってしばらくした時も、
「今の使われ方や出場機会に不満はないか？大丈夫か？」と
気遣ってくれたことがありました。
「今までと違って、４０人枠にすら入ってないから。だからじっと
我慢するしかないよね」そう言った僕に、
「そうだな。我慢。うん。我慢するしかないんだ。その通りだ」と、
深くうなずいていた彼。
僕ごときは何を言っても説得力がありませんが、彼ほどの経験があれば、ノンロースター・インバイティーとはいえ、不満があれば、多少は融通をきかせてもらえるかもしれません。
しかし、控え目に我慢強く、じっと今の立場をわきまえている姿は、誰でも学ぶべきところが多いことでしょう。

今日も悠々と、落ち着いたピッチングを見せたマイク。
しかし試合後の彼はちっとも落ちついていませんでした。
電話を片手に、
「もしもし、もしもしっ？おう、どうだった？ちゃんとホームプレートの上を通ってきた、そのボールを打ったのか？うんうん！そうかそうか！初試合おめでとう！よかったよかったっ！ママにかわってくれる？」

どうやら息子さんの、初めての野球の試合が行われた模様。
自分の野球では泰然としていられるベテランでも、やっぱり息子の野球となると、じっとなどしていられないのです。
気になって気になって仕方ないのでしょう。

僕は、洗うたびに縮んで、もうすぐへそ丸出しになる
マイクのＴシャツが、気になって気になって仕方ありません。

アリゾナ州メサにて　田口壮　

2009年3月15日

クラブハウス・デューというのは、クラブハウスで選手の世話をしてくれるクラビーさんたちに払うチップのことです。シーズン中はまた違う制度があるものの、春のキャンプ中、特に遠征先では、都度都度払うのが決まり。相場はだいたい１０ドルから１５ドル、といったところでしょうか。相手チームのクラブハウス・マネージャーに、現金で支払います。

チップは「心づけ」ですから、若くて給料の少ない選手は、別に払わずとも許されますし、年俸の高い選手は、やはり払う額もケタが違ったりします。
僕はカージナルスでの１年目、自分の球場でクラブハウス・デューを払おうとしたところ、
「ほとんど（メジャーに）いなかったんだから、いらないよ」
と、優しく断られたことがあります。その時はありがたかったのですが、今思うと、「ほとんどいなかったんだから」って、悲しい言葉のような気がする。

ともあれ、それはシーズン中の出来事。春は毎回きっちり払います。が、ここで問題が。

たとえば昼食なども、シーズン中ほどきっちり用意されてはいません。
ジュースとスープだけ。なんてしょっちゅうだし、相手先が近いので、本拠地で練習をして、ユニフォームに着替えてから試合に出向くと、相手チームのクラブハウスで洗濯物が出ることもありません。
つまり、洗濯もしてもらわず、スープも飲まなかったとして、でも、ジュースを２本飲んだとする。
それで１５ドル払って帰ってくると、ジュース１本７００円くらいする、ということです。
ぼったくりバーで、座っただけで何万円、というのに似ています。
細かい奴だとお思いでしょうが、そのとおりです。僕はケチではありませんが細かいのです。

過去７年を過ごしたフロリダキャンプでは、遠征先がどこも遠かったため、洗濯物から食事から、すべてを相手チームのクラブハウスでお世話になっていました。
だからこそチップを払うことに何の疑問もなかったのですが、すべてが近場で済んでしまうここアリゾナでは、チップを払うたびに、食事やサービスの単価計算をしてしまう、いやらしい僕が出現してしまうのです。

アリゾナ州メサにて　田口壮　

2009年3月14日

クラブハウスの食事が合わず、門倉投手が四苦八苦している、というのは以前書きました。それ以来も彼の涙ぐましい努力は続き、ピーナッツバターと蜂蜜をパンにつけて食べる、というところまできました。
パンはみんながぐっちゃぐちゃに触っているので、消毒もかねて念のため焼く、というところも僕と一緒。
「うまいっす、これ！でも、ピーナツバターって喉が渇きますよね」
少しずつ、少しずつの順応に、本人ももちろん、僕もなんだかとても嬉しい。

言葉も文化も違う国の、これまで目にも口にもしたことのない食べ物たち。
でも、これをクリアすることも、アメリカ野球の一部です。
嫌い、と一言で終わらせて、自分だけ日本食を持ち込むことは、
中西部などに比べればたやすいでしょう。でも、何とかここに馴染みたい、という彼の気持ちが日々伝わってきて、つい食事中は注目してしまいます。

そして今日のランチどき。優しそうな目をさらに細めて、なんだかちょっと得意そうに、門倉投手がやってきました。手には何かを載せた皿を持っています。
（田口さん！見てください、この、僕のチャレンジを！）
表情がそんな風に語っています。
「なんやなんや？得意げやなあ？」
「そうです！これです！」
持ってきたのはサルサ・ロハと、チップス。

さまざまなサルサソースがある中でも、一番ポピュラーなロハ（赤い）は、トマトやたまねぎ、香菜、にんにくなどをざっくり切って混ぜ合わせたもので、僕の大好物。家でも鼻歌を歌いながら時々作ります。
それをサルサチップスですくうように乗せて、食べる。うまい。ビールのつまみに最高です。しかし門倉投手にとっては未知の食べ物。果たしてどうなるのでしょうか？

「ザク・・・っ・・・もぐもぐ・・・・」
思わず見つめてしまう僕。
「大丈夫です！おいしいです！これは食べられます！」
「よかったやんか！」
またひとつ、ハードルをクリアしました。小さな一口。大きな一歩。

そう、大抵のものはおいしくいただけるはずなのです。
何も知らないごく小さな子供のほうが、とりあえず口に入れます。
しかし、年齢が上がるほどに経験が邪魔をして、見た目やにおいを敬遠したり、舌触りを不気味に思ったりするのでしょう。

食事ばかりでなく、もしかしたら僕たちは、自分の尺度を当てにするほどに、異文化に対しての違和感を高めてしまうのかもしれません。

アリゾナ州メサにて　田口壮　

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