過去に全財産を寄付しました
それがどうした~♪僕ドラえもん~♪この話は最後に
電車に乗っていると
何故だか分からないのですが、必ずお年寄りや、妊婦さんが前に立ちます(;^_^A
席を譲りそうな顔してるんでしょう。期待通りに譲ります(笑)
他の席が空いて座ると、またお年寄りや怪我人や妊婦さんや小さい子供やら…他にも席はたくさんあるのに私の前で立ち止まるんですよね。
だから電車でまともに座ったことないんです(笑)
体調が悪かった時にも
もっと具合の悪そうなお年寄りが足を引きずりながらやってきたんです。
私の前で訴えるような目で見てるんですね(^_^;)
気づかぬ振りしちゃいました。そしたら向い側のお席の男性が譲ってあげていましたので、嬉しく思っていたのですが、その男性は私に不満をぶつけてきました(^_^;)
私の前に立ちはだかり、「年寄りに席譲れよ」と。
大切なのは
席を譲ることじゃないのに…。
「このお年寄りを助けなきゃ」っていう優しい心があるのに、何故、他人を責めるのかなぁ。
せっかくの美しい心も台無しです
人助けが出来る
体力や、精神状態、時間やお金やその他もろもろ、人助けしようにも自分自身の余裕がないと出来ないことが多々あります。
「何とか助けたい」誰もがそう思うようなことでも、出来る時と出来ない時があるのです。
出来る時に出来る人がやったらいいんじゃないでしょうか
人を助けられる環境にある自分を素晴らしいと思い
人助けさせて頂くことに感謝する気持ちが大切
過去に孤児院や戦争の犠牲者に寄付をしていましたが、
「何故、皆さん私のように全財産を寄付出来ないのですか?」なんて
一度も思ったことはありません。
そんなことが出来る自分を素敵に思い
人助けを「させて頂けることに感謝」をしています。
出来ない人を責めることは
「出来ることへの感謝」が無いのだと思います。
オリンピック選手の方も
代表になれるだけの努力をした自分を素晴らしいと思い
代表になれるまでの環境に感謝し
代表になれなかった人を責めたり見下したりしては駄目なのだと思います
■できることへの感謝か…
なるほどなぁ
正直、そういう風に考えたことはなかったなぁ。
僕は子供時代、ミッションスクールで育ったもんで、
汝の敵を愛せよ とか 奉仕することの喜び とか、わりと頭にしみ込んでいるのですけど、
できることへの感謝、こういう考え方はなかったです、
なるほどなぁ。