7月号の更科氏のコラムに出てきた【アスキー文化】という言葉がわからないという人がいたので、この言葉を多用する人間としては説明せねばなるまい。
一口にアスキー文化といっても、二系統ある。パソコン系の雑誌とゲーム系の雑誌から生まれた二つの流れだ。
パソコン系の雑誌である本誌アスキーは、アスキー編集長の遠藤氏や現インプレスの土田氏達が作り上げた。パロディ版アスキーを代表とする技術を前提にしたパソコンギャグ文化、カレー屋のアジャンタを代表とする辛いモノ文化、「Yoのけそうぶみ」に代表される少女憧れ文化などがまとまって【アスキー文化】を形成した。初期のアスキーネットでは、アジャンタOFFなどがあり、アスキー文化ファンクラブの様相を呈していたという。しかし、この方面の文化は現在ではあまり影響力がないといっても過言ではない。
現在、【アスキー文化】と呼ばれるものは、ゲーム系雑誌の文化だろう。これは現アクセラの小島氏達(「小島組」と呼ばれる)が作っていたゲーム系の雑誌を発祥とする。アスキー初のゲーム雑誌ログインというのはパソコンゲーム雑誌でありながら、パソコンゲームとぜ〜んぜん関係ないバカな記事を掲載していた。ログインのバカ記事は「ヤマログ」という記事が発祥で、これはパソコンをよく知らない伊藤ガビン氏と金盥鉄五郎氏たちが始めた純粋バカ記事で、その後もいろいろとバカ記事が続く。これを【ログイン文化】としておこう。
そのログインから、ファミ通が独立。ファミ通は、現アクセラの塩崎氏が率いていたが、ここはログインとはまた色が違っていた。現在ではファミ通が一番大きな勢力となっているので、今、アスキー文化のイメージを作っているのはファミ通だろう。ファミ通出身の人間といえば、現在大活躍中のスタパ斉藤氏がいる。昔の【ログイン文化】はどうなったかというと、元ログイン編集長の河野氏が率いているテック編集部に受け継がれている。
ログイン、テック、アイコンのバカ記事をまとめた「株式会社アスキー第二編集統括部バカ記事大全」という書籍が出ているが、アイコンのバカ記事というのは、少々流れが違うので注意。アスキーの雑誌はスタッフライティング(編集者自ら記事を書く)が主体で、各雑誌の色は内部から生まれていた。しかし、アイコンは外部発注が主体であり、それと福岡編集長の有名人好きによって、アイコンの色が生まれたのだ。
その後、ファミ通の中からいろいろな文化も生まれているが、それはまたいずれ。
掲載=PUREGIRL 1998年9月号(ジャパン・ミックス刊)