イタリアの医療制度では、98年7月25日可決の法案により、例え、滞在許可書のない不法滞在者であっても、公共医療機関において、治療を受ける事ができ、また医師は治療を施すことが義務とされています。
これにより、不慮の事故などで病院に運ばれた場合は勿論の事ですが、例えば、懐妊や腫瘍、その他で治療やケアが必要な人は、病院に入る前に、不法滞在者特別治療制度の申請に、各市町村にある保健所に出向き、期限付きの保険証を受け取る事で、治療に必要な期間の殆どの費用が無料となります。
また、交通事故や急病で運ばれた場合は、動けるようになった時点で保健所に行くか、もしくは代理人を立てて手続きをすれば、他の正規の滞在者と同じように、治療費の免除・検査や薬の少なくない割引が受けられるというものです。
が、イタリア現政府(北部同盟発議)は、増え続ける不法滞在者取締り・医療費削減政策の一環として、不法・正規に関わらず、公立医療機関は、全ての人に平等に治療を施す義務がある事を前提とした上で、救急医療機関の医師に対し、不法滞在者が急患として運ばれて来た際は、治療を施した後、警察に告発する事を任意で要請する。とした発議を下院において、2月初旬に可決させました。
しかし、下院での可決から一ヶ月以上経ったこれまでに、この規定に対し医療機関から積極的な協力が無いとして、任意ではなく、義務付ける方向で発議の再検討が行われています。
公立カレッジ病院(筆者撮影)
この事態に対し、3月11日。イタリア医師連合(日本で言う医師会のようなもの:医師労働組合)から、正式文書で、この発議に対する『NO』が提出されました。
その内容ですが、
『不法滞在者の告発を義務付けられる事は、我々の人間性・職業的道徳に対する侮辱以外の何物でもない。我々は医者であってスパイではない。
この規制は、我々の職業に対する締め付け以外の何物でもなく、医師とは、人の健康を守り、助ける事であり、それは、性別、財産の有無、肌の色、話す言葉、信じる宗教如何に関わらず全ての人において平等になされるべきものである』
とした上、この発議には、従えないとするものでした。
が、この医療機関への要請と共に、2月6日、下院において可決された事柄の中に、<不法滞在は犯罪行為である>とした前提で、外国人滞在者に対する現行の安全規定の見直しがなされた為、、医療機関に置けるこの項目についても、この発議が上院でも可決される事になれば、不法滞在者と承知の上で、告発義務を怠った医療機関や医師に対し処罰を加える事ができる。として、現政府(北部同盟主体)は、この発議内容に対する変更の意志はない、としています。
しかし、医師会の正式抗議文書を待つまでもなく、各都市の医療現場や地方自治体からも、この発議に大きな疑問や非難の声が上がっており、南イタリアのプーリア州(旧ユーゴスラビアから毎年夏になるとプーリアの海岸を目指したボートピープルが毎日漂流し、移民や不法滞在者は、州内でも取り分け大きな問題となっている場所です)では、この動議が、下院にて可決されるのに先駆け、州内の医師連合と州議会の合意の元―――
「プーリア州内の緊急医療機関においては、例え、この規定が国会を通過しても導入はしない。また緊急医療の場においてだけでなく、各地区における日常的な医療を担うホームドクター・保健所などにおいても同等である」
と、いう声明が出され、更に、州内の合意を無視して不法滞在者に対し不当な扱いをした医師に対しては職場からの異動を命ずる事ができる。という一項目を付け加えています。
また、中国人移民の大きなコミュニティを抱えるトスカーナ州プラート県においても、中国移民を含む外国人の外来が、この規定が囁かれるようになってから、目に見えて激減した事を懸念し、
『プラート県内の医療機関の全てに置いて、この規制は導入せず、例え、不法滞在者であっても告発される事はない』
とした、イタリア語・中国語・アラブ語・英語など、数ヶ国語で書かれたサイト表示をし、また保健所などにチラシを配布したり、ローカルなニュース番組で頻繁に告知を流すなど、不法移民が躊躇(ためら)う事無く、医療機関に出向むき治療が受けられるよう配慮しています。
このように、多くの心ある医師や医療機関は、今後も、この発議に強く反対していく意向を固めているようです。
公立カレッジ病院
私ごとですが、先週、お世話になっている公立病院の医師の検診がありました。その折に、公立カレッジ病院(トスカーナ地方では一番大きな病院です)の外来外科病棟の責任者であるB教授との雑談の際に、この話が出たのですが、
「私の職業は医師であり、それ以外の何物でもないです。あなたと初めてお会いした時にもお話しましたが、医師と患者との間に一番大切な事柄は、『信頼』です。それ以外は、何も無い。
医者である私が、どういった立場の人間であろうと、患者を治療する事だけに専念し、患者との間に信頼関係を築く事ができるのが、民主主義国家においての医療のはずです。特に公共医療機関においてこの事柄は、最優先されなければならない。私も、この発議に反対する運動に参加するつもりなんですよ」
私は、ここイタリアで、何度も入院・手術をくり返しました。
特に、06年に腫瘍を取り除く為、顎から頬にかかる(顔)の手術をした際には、術前に、公立・プライベートを問わず、何人もの医師に逢いました。
それは、単に名声や評判や病院施設の見事さなどではなく、自分がこの人だと納得し、信頼できる医師に、どうしても執刀して頂きたかったからです。
そうして、コネ社会のイタリアに置いて、コネでも紹介でもなく、単なる偶然から、めぐり逢わせて頂けたB教授でしたが、このお話を伺って、私は、間違った人(医師)を選ばなかった。と、また確信が持てとても嬉しくなりました。
【追記】06年の統計では、イタリア総人口の約5%を占めていた移民人口ですが、ルーマニアなどがEUに統合されて以来、07年、08年の2年間だけで、移住者の数が飛躍的に伸び、08年の統計では、400万人、総人口の6.8%を占めるまでになっています。
が・・・この数字はあくまで、正式に滞在許可を取った人の総計ですので、実際には、この他に、100万人近い不法滞在・未登録者がいると見られています。
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