「あー、おそらく折れていますね」
医師は息子の負傷した腕を一見して骨折と診断。今回はその場であっさり治るケガではなかったようだ。応急処置的に副木で固定したら、ほかの病院でレントゲンを撮ってきて欲しいというので、再び息子をクルマに乗せて近くの診療所へ向かった。そこでX線写真を撮ってもらうと、上腕骨の肘関節近くに亀裂が入っていることが分かった。完全骨折や複雑骨折でなかったことは不幸中の幸いだが、骨折には変わりない。しかも利き腕だ。
「骨にヒビが入ってるってさ」
「じゃあ、どうなんの?」
負傷した腕を固定してしまえば、痛みはあまりないらしく、息子はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「治るまでは体育もサッカーもできないね。それに、字を書くのもごはんを食べるのも、左手で練習しないと……」
「えー。足じゃないのに、サッカーもできないの?」
「その状態で転んだら危ないだろ? でも、左手を使うと頭がよくなるんだよ」
こんなときこそ、ネガティブなことばかりでなく、ポジティブなことを言ってやるのも大事だ。
「サッカーにしても野球にしても、天才って言われる人には左利きが多いんだよ。だから、今のうちいっぱい左手を使っておきな」
「へぇ、そうなんだ……」
単純な息子にこの一言は効いたらしく、なるべく人に助けを求めず、左手一本でどうにかしようと本人なりに努力を見せていた。
それはそれとして、島では噂が広まるのはあっという間で、今回の騒動もその日のうちに、校区(=学区)の異なる友人にまで知れ渡った。すると会う人会う人、「鹿児島へ行って診てもらったほうがいい」と、十人中十人に勧告された。地元の人たちの強いアドバイスでもあるし、それなりの経験に基づくものでもあるようなので、多少交通費はかかるものの、「安心を買う」意味でも鹿児島の病院へ連れていくことにした。
ケガをしたのが金曜日だったため、翌週の月曜日に朝一の高速船で鹿児島へ渡るべく、妻と息子を港まで送りに行った。本来の目的そっちのけで、息子はやたらとはしゃいでいる。ケガをして落ち込んでいた気持ちが、都会へ出ることで晴れるなら、それはそれで意味のあることかもしれない。意気揚々と高速船に乗り込む息子たちを見送ると、あとは妻からの連絡を待つばかりとなった。