異国を思わせる民族的な曲調からクラシックの要素を交えた作品、さらにはゲーム音楽に至るまで多彩な楽曲を作り出し、歌い続ける音楽家・志方あきこさん。多言語を使い、一つの楽曲に200を超えるコーラスを重ねることもある独自の手法が、幻想的な世界を生み出す。そんな志方さんにお話を伺った。【お茶の水女子大・佐藤悠】
「音楽を一刻一秒でも長く続けるにはどうすればいいか。それを模索しているうちに、運良くこの場にたどり着いたんです」
志方さんは、自身の歩みを振り返る。自らのホームページで楽曲を発表したり、自費制作のアルバムを発売したり……。そんなささやかな活動を続ける中で、アルバム「廃墟(はいきょ)と楽園」が、日本最大のインディーズダウンロードサイトmuzieで24カ月連続1位を獲得した。以降、ライブなど活動の幅を広げ、05年には葉加瀬太郎氏の目に留まり、彼が音楽総監督を務めるレーベルからメジャーデビューを遂げる。「一番遠い世界だと思っていた場所。自分でもびっくりです」
進路を意識した時に、何らかの形で音楽を続けたいと考えた。表現したい風景を音で表し、常に頭の中に流れる音に携わりたかったからだ。しかし、音楽で成功を収めることの厳しさも目の当たりにしていた。
「もちろん親には反対されました」。親をはじめとしたいろいろな人々の期待や願いを感じた。それらすべてを裏切って自分のやりたいことだけを押し通すのは無責任ではないか、と思ったという。「自分のやりたいことと親の願い。自分の希望を無理に通しても、理解しあえないのは悲しいです」
考えた末、音楽とは別に経理の勉強も積んだ。もし失敗しても別の道で自立できる努力を見せることで、周囲の人たちに納得してもらおうと思った。「今では、音楽を仕事にしていると胸を張って言えます」。大きな目を細めて、ほほ笑んだ。
志方さんの楽曲の代名詞ともいえるイタリア語をはじめとした多言語のコーラスは、18日発売のアルバムにも見られる。民族調のメロディーに合わせて歌われる言語や、文化への思いを尋ねた。
「言語の響きってありますよね。イタリア語なら陽気で明るい、ドイツ語ならかっちりした縦の流れ」。言語や楽器の響きから、それを用いる別の国の人々や文化を想像していくという。
「音が文化への入り口なんです」と語る志方さんは、自らの楽曲を聴いた人にも、その窓を作れればうれしいと笑った。
「クラシックや異文化は、あまり触れる機会がない人も多いですよね。もったいないと思うんです」。でも、と真っすぐな目で付け加える。「文化はそこで生きる人の中で脈々と受け継がれてきたもの。それを一時で理解し、伝えられるとするのは、その文化に対する冒〓(ぼうとく)だと思うんです。だから、自分が面白いなって思うエッセンスを抜き出して取り込んでいるんだという意識はいつも忘れずにいます」
趣味も仕事も「音楽」と言い切る。「その曲にとって一番いい形は何かって考えていると、つい自分を苦しい方へ追いこんでしまう。そのたびに『前も苦しかったのに頑張れたから』って、その苦しさが毎回更新されています」
手を合わせて、おちゃめに笑ってみせる。音楽や楽曲について語る時、きらきらと輝く目元が、大好きな音楽に携われる喜びを伝えていた。
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■人物略歴
東京都出身。01年ミニアルバム「緑の森で眠ル鳥」をインディーズリリース。05年アルバム「Navigatoria」にてメジャーデビュー。18日に3作目のメジャーアルバム「Harmonia」を発売。28日に九段会館でコンサート。詳細はhttp://shikata‐akiko.com/で。
毎日新聞 2009年3月13日 東京夕刊