培培養細胞にがんウィルスを感染させると、細胞が形質転換(トランスフォーム)して、テミンとルービンが見出したがん化した細胞の集団、フォーカスと呼ばれる状態になります。ところががんを作るラウス肉腫ウィルスには近縁のウィルスが混在していることがわかりました。この近縁ウィルスはフォーカスを作らないし、感染した細胞には何の変化も見えません。最初に私に与えられた仕事は、これを除き、単一のきれいなウィルスにすることでした。
混在ウィルスの方が10倍も多い。それを取り除くために、ウィルスをどんどん薄めていき、培養皿にフォーカスが1個しかできないようにする工夫をしました。このような条件で混在ウィルスが入らないようにして、そのフォーカスの細胞からがんを作るウィルスを回収するという考え方でした。ところが驚いたことに、このような単一のフォーカスの細胞からはラウス肉腫ウィルスが回収できないのです。何度やってもだめでした。そこで試しに、ここに、混在ウィルスを入れてやったら、ラウス肉腫ウィルスがたくさん出てきたのです。
一番簡単な解釈はラウス肉腫ウィルスは、それだけでは増殖できず、増殖を助けるウィルスが必要だということです。助けるウィルスをヘルパーと名付けました。
ラウス肉腫ウィルスは、細胞をトランスフォームするが自分は増殖しない。増殖する遺伝子を失くして、かわりにトランスフォームする遺伝子が加わっているのではないかと漠然と考えました。
向かいの部屋にいたガンサー・ステントが、バクテリアでの話をしてくれました。ファージがバクテリアのゲノムの中へ入り込んで雲隠れしている(溶原化=潜在状態)時に、薬剤や紫外線などで増殖を促すと、自分の遺伝子をバクテリアのゲノムの中に置き去りにして、その変わりにバクテリアの遺伝子を取り出してくることがあるというのです。ラウス肉腫ウィルスの場合も、ウィルスが宿主細胞に入り、そこからがんになる遺伝子をもらう代わりに、増殖する遺伝子を置き去りにしたのではないか、こういうヒントをもらえる研究者が近くにいてくれるところがアメリカの強みです。
63年にラウス肉腫ウィルスは増殖のためにヘルパーを必要とするという論文を発表し、その最後にウィルスが細胞内で、遺伝子を取りかえているかもしれないと書きました。ここから、ウィルスにはいくつかの遺伝子があるという考え方がはっきりしたり、細胞内にがん遺伝子(オンコジーン)があるという発見がなされることになるのです。
この研究への反響は大きく、世界中で評価されましたが、ここで問題は、ラウス肉腫ウィルスがRNAウィルスだということです。ウィルスが細胞の染色体に入るには、DNAでなければならない。この問題の解決には、70年のテミン、ボルティモアによる逆転写酵素の発見を待たねばなりませんでした。 |
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ラウス肉腫ウィルスの電子顕微鏡写真。
丸く見えるのがウィルス。細胞(培養細胞)の中に見つからないのは、ウィルスは細胞から出ていく時に、細胞の膜を使って外被膜を作るからである。
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ラウス肉腫ウィルスがニワトリの培養細胞をトランスフォームし、できたフォーカス。
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(図1) 形質転換(トランスフォーム)した細胞は、正常細胞と違って増殖を続けて積み重なり、フォーカスを形成する。容易に識別できるので、定量も可能である。
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(図2) ラウス肉腫ウィルスとヘルパーウィルス。
ラウス肉腫ウィルスは、細胞を形質転換させるが、ウィルス自らを増殖させることはできない。ウィルスの増殖にはヘルパーウィルスが必要だ。
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