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温暖化と科学技術―太陽を長期戦略の柱に

 「電子計算機」というものが世界を変えそうだ。そんな予感はあった。

 だが、テーブルの上に置いたりバッグに入れて持ち運んだりできるパソコンが、こんなに広まるとは思いもよらなかった。まして、インターネットで情報が飛び交い、電子メールで連絡をとりあう時代が来るなんて。

 これは、団塊世代の多くが若いころを振り返ったときの偽らざる実感だろう。科学技術にとって40年間がどれほど大きな歩幅か。それは、ちょっと昔を思い起こすだけで実感できる。

■科学の潜在力に期待

 今世紀半ば、すなわち40年ほど先までには、地球を暖める二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出を世界全体で半分に減らす。これが、いま主要8カ国(G8)が世界の合意点にしようとしている筋書きである。

 この目標を満たすには、省エネルギーの水準を高めるだけでは間に合わない。石油や石炭を燃やさなくとも済む新しいエネルギー源が欠かせない。頼みの綱は科学技術の進歩だ。

 この時間幅で想像を超えるものを生みだす潜在力が科学技術にはある。それを忘れてはならない。

 新しいエネルギー源を考えるとき、40年前の電子計算機に相当するのがいまの太陽電池だ。これも現在の技術だけをみて未来を語ってはいけない。数十年先に大化けして、世の中を大きく変えることがありうるからだ。その可能性を念頭に置いて、開発予算を投入していくべきだろう。

 いま広く使われている太陽電池は、半導体の結晶シリコンでできている。硬いパネルに加工するので、屋根に置いたり空き地に並べたりする。

 だが、「第2世代」といわれる次世代型のなかには、曲げても大丈夫なプラスチックに半導体の微粒子をくっつけるタイプがある。工夫すれば、日傘でも衣服でも車のボディーでも「小さな発電所」に変えられる。そこで生まれる電気は、各種の機器の充電にも使える。こうして、日々の暮らしのエネルギー自給率を少しずつ高めていくことができる。

■エネルギーを分散型に

 これは集中型のエネルギー社会に風穴を開けるに違いない。大量の燃料を輸入してそれを巨大な発電所で燃やし、送電網を通じて電気を配給するシステムの転換だ。身近なところで電気を起こすので、送電ロスもほとんどない。エネルギーの地産地消である。

 もし日本が率先して太陽光による分散型エネルギー社会をつくれば、それが世界にも広まり、産油国などにエネルギー供給の根っこを握られている世界経済を変えることにもなる。

 太陽光発電には、広い面積をとるので量を稼げないという欠点がある。政府の原子力立国計画も、太陽電池を東京の山手線の内側に敷き詰めても原発1基分にしかならないとする試算を紹介している。この点では、原子力が当面の脱温暖化の助けになるだろう。

 だが長い目で見れば、太陽光にも大規模発電という選択肢はある。太陽電池を並べる発電施設を海に浮かべたり、国際協力で砂漠に造ったりすることはできるはずだ。宇宙空間で太陽光を受けるというアイデアもある。これができれば、巨費を投じる宇宙開発の成果を社会の基盤技術として生かすことにもなるのではないか。

■未来型産業をひらく

 太陽電池の開発には、未来型の技術を切りひらく効果もある。

 いま市販されている太陽電池の主流は、太陽光のエネルギーの10〜20%を電気に変えているにすぎない。今世紀半ばまでに実用をめざす「第3世代」では、この効率を50%以上に高めるのも夢ではないといわれている。

 その有望株に「量子ドット」を使うタイプがある。量子ドットとは、電子を閉じ込める極微の箱のようなものだ。次世代エレクトロニクスの鍵を握るとみられている素子である。

 今日のエレクトロニクスはそろそろ曲がり角にさしかかっている。半導体チップの回路を細密にすることで性能を高めてきたが、配線があまり微細になると従来の回路技術が通用しなくなるからだ。いま不況の直撃を受けている電機業界が再び世界市場へ躍り出るには、次世代の技術で先行することが欠かせない。太陽電池の開発は、その流れを後押ししてくれる。

 このように太陽光は、ただ脱温暖化の切り札になるというだけではない。自立型の地域社会を育て、先端技術の開発に拍車をかけ、世界経済の不安定要因も小さくする。これから力を入れるべき科学技術の中心に位置づけてよいものだろう。

 政府は、科学技術政策を方向づける科学技術基本計画で、「長期戦略を明確にして取り組むもの」として五つの国家基幹技術を選んでいる。宇宙輸送システム、次世代スーパーコンピューターなどとともに高速増殖炉も名を連ねるが、太陽光はない。

 国家基幹技術の選定では安全保障上の意義も重んじられているようだ。ただ、最近では「気候の安全保障」という言葉にみられるように、安全を脅かすものを温暖化から資源枯渇、感染症などまで幅広くとらえるようになっている。そう考えると、太陽光発電が私たちの安全に果たす役割は大きい。

 いまこそ科学技術政策の柱に「太陽」を加えるときである。

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